夢路いとし・喜味こいし「長年の勘」

いとし：奈良県の大宇陀町へ参りました

こいし：この辺りは、万葉集なんかにもよく歌われてましてね

いとし：私知ってますよ。この大宇陀を歌った歌

こいし：ホー、どんな歌？

いとし：（山本リンダの「ねらいうち」を唄う）♪ウダダ　ウダダ　オーウダダ♪

こいし：それのどこが万葉集や！山本リンダの歌を無茶苦茶に唄ととんねやないか

いとし：吉野川を下れ

こいし：・・・だいたい君が万葉集なんかわかるわけないわな

いとし：吉野川を下れ

こいし：・・・教養なんかあれへんもんな

いとし：吉野川を下れ

こいし：なんやその、吉野川を下れて！？

いとし：なんやはないでしょう。舞台に出る前に打ち合わせしたやろ

こいし：なにを？

いとし：漫才をやってる途中で、お客さんに知られては困ることでお互いに言いたいことがあったら、野球のブロックサインのように合図を送るて打ち合わせしたやろ

こいし：そやったそやった

いとし：「吉野川を下れ」いうのは、もうちょっとゆっくり喋れいう合図やないか

こいし：すっかり忘れてました

いとし：すぐ忘れよりまんねん。ほんまにアホでっせ

こいし：アホてなんや、アホて！

いとし：若草山に登れ・・・若草山に登れ

こいし：了解

いとし：この「若草山に登れ」いうのは、「今日はお年寄りのお客さんが多いから、わかりやすくはっきり喋れ」いう合図でんねん

こいし：そんなもんお客さんにバラしてどないするねん！二人だけの秘密の合図なんやから

いとし：法隆寺の鐘を鳴らせ

こいし：はあ？

いとし：法隆寺の鐘を鳴らせ

こいし：法隆寺の鐘を鳴らせて・・・そんな合図の打ち合わせ、出る前にしましたか？

いとし：これは君への合図と違ごて、ラジオを聞いてくれてるうちの嫁はんへの合図やねん

こいし：このラジオを聴いてる嫁はんへの合図？・・・で、法隆寺の鐘を鳴らせにはどんな意味があるの？

いとし：「今夜は帰るの遅くなりそうやから、飯作らんでもええで」いう意味があるねん

こいし：・・・公共の電波を使こて、そんな個人的な合図送るな！

いとし：私ら二人だけがわかる合図いうのは、他にもたくさんありましてね

こいし：あるね。言葉で合図を送るんやなしに、目と目でウインクをしあう合図もありますねん

いとし：これはお互いに「愛してるよ」いう合図でして

こいし：なんでやねん！「漫才のテンポを上げよ」いう合図や！で、相手の背中をトントンと叩き合う合図がありまして

いとし：これは「今日のお客さんはいいお客さんや」いう合図です

こいし：お尻を叩き合う合図もあります

いとし：これは「今日のお客さん質悪いなあ」いう合図です。この人、さっきから私の尻よう叩きまんねん

こいし：一回も叩いてるか！

いとし：これ以上は教えられません。あとは企業秘密ですから

こいし：・・・大層な、我々これ企業か？

いとし：立派な企業やないか。社長の私がいて、従業員の君がいるねんで

こいし：なんで私だけが従業員やねん！

いとし：我々は漫才のベテランやから、合図なんか作らんでも長年の勘だけで漫才は十分やれるの違うかと、お客さんは思われるでしょう

こいし：そらお客さんはそう思うやろ

いとし：ところがベテランのくせに、私は勘というのが全然当たりませんねん

こいし：腐るほど漫才しとるのにな

いとし：今日でも私の勘では、気持ちよく爽快に漫才ができるぞと、そう思てたんです

こいし：気持ちよく爽快に漫才が

いとし：ところが、やっぱり私の勘当たってまへんねん

こいし：というと？

いとし：今背中に貼ったバンソウコウが剥がれかけてるねん。それが気になって気になって、気持ちよく爽快に漫才ができるかいな

こいし：出る前にちゃんと貼っとけ！

いとし：ほんと、私の勘はあきまへんわ。そやからやっぱり合図がいりますねん。すまんけど君、背中トントンと叩いてくれるか

こいし：背中トントンと？皆さんお分かりでしょ。今日のお客さんはいいお客さんやいう合図ですわ

いとし：そやないねん。剥がれかけてる背中のバンソウコウを叩いてくっつけたいねん

こいし：勝手にせい！

いとし：私らはあかんけど、その道のベテランには、長年の勘がすごく働く人ていますね

こいし：いますよ。私の知り合いで二十五年間宝石商をやってるのがいるんやけど、長年の勘が凄いね

いとし：どうすごいの？

こいし：客が店に入ってきただけで、この客は宝石を買う客か、ひやかしだけの客かすぐわかるいうね

いとし：その宝石商て、なんばの駅の南でやってる店違うか？

こいし：そうそう

いとし：その店、入ったことある

こいし：相手にしよらんかったやろ

いとし：・・・それどういう意味や？

こいし：長年の勘で、宝石を買う客か買わん客かすぐわかるんやで

いとし：わかってるわいな。で、その店へ私が入ったんや

こいし：相手にしよらんかったやろ

いとし：ほな私は、ひやかしだけの客やというんかい！

こいし：ごめん、君が入ってきて、相手にせんいうことないわ

いとし：当たり前やないか

こいし：店に置いてあった宝石、みな隠しよったやろ

いとし：・・・それどういう意味や！？

こいし：その宝石商の友達、いつも言うとるもん

いとし：何を？

こいし：帰った後、店の品物が無くなっているという客のタイプは、長年の勘ですぐわかるて

いとし：私は宝石泥棒か！言うとくけど私は、嫁はんに指輪を買うて帰ってやるつもりで、その店に入ったんやで

こいし：ホー、嫁はんにプレゼントしてやる指輪を買いに？

いとし：そうや。それやのに、相手にしてくれへんねん

こいし：それは失礼やないか。あいつの長年の勘もええ加減やね、買うつもりで来てる客に、初めから相手にせんなんて

いとし：いや、最初は相手にしてくれてたんや

こいし：というと？

いとし：私が「三万円ぐらいでないか？」言うたとたん、急に相手してくれんようになったんや

こいし：オモチャ屋へ行け！誰が相手にするかい！

いとし：私の友達に、ひよこの鑑定士を五十年やってるのがいるねん

こいし：ひよこの鑑定士というと、オスとメスをより分ける？

いとし：そう。なんと一時間に五千匹をより分けるねんで、長年の勘というのはすごいねえ

こいし：それは勘というよりも、長年の技術や

いとし：いや、そらひよこのお尻をちゃんと見てより分けるんなら、長年の技術ですよ。その友達、ひよこの背中だけ見てポイポイより分けるねん。そやから速い速い

こいし：背中見ただけでねえ。で、ちゃんとオスとメスをを間違わずに分けてるんかい

いとし：長年の勘というのは凄いねえ、それで五割はちゃんとおうてるで

こいし：おうてないやろ！ひよこはオスとメスしかおらんねや。めちゃくちゃに分けても五割はあうわ

いとし：長年の勘というと、ぱっと頭に浮かぶのが、ベテラン刑事の勘やね

こいし：たたき上げの刑事は、長年の勘だけが頼りやからね

いとし：そう

こいし：ちょっと君、こちらへ来なさい

いとし：はあ、なんでっか？

こいし：私、こういう者だ（警察手帳を見せる姿）

いとし：警察手帳・・・警察官の制服でもない、普通の格好をした人が人を呼び止めて警察手帳を見せるということは・・・あんた、警察手帳の街頭販売員さん？

こいし：なんでやねん！刑事や

いとし：けいじさん？

こいし：そうや

いとし：うちの兄もけいじでんねん

こいし：兄さんが刑事？

いとし：そう、山田けいじ言うて、自転車屋やってまんねん

こいし：名前がけいじかい！

いとし：で、刑事さんが、この私に何の用でんねん

こいし：お前さっきからずっと、ここの家の中を覗いてやったやろ

いとし：見られてましたか

こいし：なんで覗いとったんや

いとし：目で覗いてましたけど

こいし：そらわかっとるわい！何の為に覗いとったんやと聞いてるねん

いとし：家の中を見るためですけど

こいし：おちょくっとんのかい！この家へ盗みに入る為の下見をしとったんやろ

いとし：この家へ盗みに入る？とんでもない

こいし：隠しても、長年の勘でお前がコソ泥やいうことわかるねん

いとし：私がコソ泥やて

こいし：コソ泥独特のムードが漂っとる。それが長年の勘でわかるねん

いとし：しかし、私がこの家に盗みに入るやなんて

こいし：隠すな！わしは三十年間刑事をやってきとるんやぞ

いとし：それ威張ってまんのか？それとも卑下してまんの？

こいし：なんで卑下せないかんの？

いとし：普通やったら、三十年も刑事やる前に上へあがってまっせ

こいし：わし現場が好きやねん！

いとし：工事現場がでっか？

こいし：なんで刑事が工事現場で働かないかんねん

いとし：しかしおかしいでんな。普通、刑事さんいうたら、犯罪が起きて犯人を捕まえるのが仕事ですやろ

こいし：それがどうしたんや

いとし：犯罪も起きてないのに。私を捕まえて「盗みに入ろとしてたやろ」なんて、刑事がやりますか？

こいし：犯罪を未然に防ぐのも我々の仕事や。言うとくけど、このわしは刑事である前に警察官でもあるねん

いとし：警察官である前に、不細工なおっさんでもありまんな？

こいし：やかましいわ！とにかく名前を聞こ、名前を

いとし：私の名前でっか？

こいし：なんちゅうねん

いとし：ジェームス・ジャクソン

こいし：・・・お前がそんな横文字の格好ええ名前のわけ無いやろ！

いとし：嘘やってわかりますか？

こいし：すぐわかるわ

いとし：さすが、長年の勘でんな

こいし：長年の勘がのうてもわかるわ！ほんまの名前を言うてみい

いとし：石川次郎吉ですが

こいし：・・・長年の勘でいくと、この名前はどう考えても盗っ人や。お前、この家に盗みに入るつもりやったんやろ！

いとし：そんなことするわけがおまへんがな。言うときますが、この家、私の家でっせ

こいし：私の家・・・自分の家をなんで覗かないかんねん

いとし：帰りが遅なって、嫁はんが怒ってへんか様子を見るために覗いてまんねや。そんなこと、漫才師のこいっさんなんかしょっちゅうでっせ

こいし：他人の事は言わんでええねん

いとし：表札を見なはれ、石川次郎吉て書いてますやろ。ここは私の家である証拠ですやろ

こいし：・・・ほんまや、ウウッ（泣く姿）

いとし：何を泣いてまんねや？

こいし：間違いなくわしはあんたがコソ泥やと思てたんや。それが、あんたはこの家の人やろ。長年の勘が鈍ったかと思うと、寂しいて寂しいてな

いとし：安心しなはれ刑事さん

こいし：というと？

いとし：確かに私はこの家のもんです

こいし：そやろ

いとし：けど今、よその家へコソ泥に入ってきての帰りでんねん

こいし：あかんわ！