夢路いとし・喜味こいし「代用品はつらいよ」

こいし:奈良県の当麻町へやって参りました。いい町ですね

いとし:皆さん、こいっさんの顔を見てやってください。笑ってはいますが、どこか元気のない顔でしょ。実は・・・

こいし:言うな。お客さんには関係ない

いとし:ええやないか・・・実はここへ来る途中で財布落としよりましてね

こいし:落としましたんや

いとし:結局財布は見つからなかったんですが、落とした時の取り乱しようというか、慌てふためきようは見てて情けないぐらいでしてね

こいし:誰かて慌てふためくやろ、10万円近い金を落としたんのや

いとし:またそういう嘘つく。財布の中は1万8000円の現金とテレホンカードと630円て書いたタクシーの領収書が入ってただけやろ

こいし:・・・なんで君がそこまで詳しい知っとんねや?

いとし:しもた!・・・しょうがない、正直に言お。実は君のポケットから財布が落ちたんを見て、私拾たんや

こいし:拾たら、すぐに私に渡してくれんかい

いとし:すぐに渡したら君、喜ぶがな

こいし:私が喜んだらいかんのかい!

いとし:私、君の喜ぶ顔とうちの嫁はんが物をおねだりする顔だけは見たないねん

こいし:・・・まあええわ。とにかく財布返してくれ

いとし:いや、今もう無いぞ

こいし:今もう無いて、ネコババするんか?

いとし:失礼なことを言うな!正直に警察へ届けたから無いて言うとるんや

こいし:なんでわざわざ警察に届けないかんねん!お礼が欲しかったら1割ぐらいやるやないか

いとし:君くれるの1割やろ。警察届けて落とし主が見つからなんだら、そのまま貰えるねんで

こいし:落とし主ここにおるやないか!・・・なるほど、それでやな

いとし:なにが?

こいし:私が警察へ紛失届を出しに行ことする度に「時間が間に合わん、時間が間に合わん」てやめさせたん

いとし:わかりますか

こいし:・・・まあええわい。これが終わったらすぐ届けに行く

いとし:帰りの電車の時間が間に合わんで

こいし:もうええちゅうねん!

いとし:しかし、落とし物と言えば、この前うちの嫁はんがヒスイの指輪を落としよりましてね

こいし:ホー、ヒスイの指輪を

いとし:私が40年前に買うてやったものですけど、それを嫁はんが白魚のような指にはめてて落としてね

こいし:あの嫁はんの指、あれ白魚か?

いとし:40年前は白魚やったんや。それがキスになり、イワシになり、ドジョウになり、オコゼになっただけやないか

こいし:トシをとりゃ変わるわな。しかし、白魚のような指からやったらはめてすべり落ちることもあるやろけど、オコゼのような指から落ちるか?

いとし:落ちたんはヒスイの石だけで、台座は指に残ってたんや

こいし:なるほど、台座から石が外れて

いとし:そう。台座が落ちて石が残っててくれたら良かったのにと、嫁はんくやしがってまして

こいし:そんなことあり得るかい!

いとし:嫁はんのやつ「台座はあるのやから、新しい石買って」なんて言い出しよってね

こいし:おねだりをしよるわけやな

いとし:私、君の喜ぶ顔とうちの嫁はんが物をおねだりする顔だけは見るのも嫌でね

こいし:それはええちゅうねん!・・・けど、40年間も持ってくれてた指輪やないか。新しい石を買うたれや

いとし:そやから私言いましたがな

こいし:どう?

いとし:よっしゃ、エメラルドにダイヤに真っ赤なルビーにメノウ、なんでもみな買うたる

こいし:偉い大きく出たなあ。けど台座は1つしか無いのやから、何か1つに絞らなあかんわけや

いとし:そやから私は、エメラルドのエとダイヤのダと真っ赤なルビーのマとメノウのメをとって、枝豆を買うたろ言うたんや

こいし:枝豆?

いとし:枝豆のサヤからプチっと出てくるあの豆。嫁はんが落としたヒスイと色も大きさもよう似てるねん

こいし:なんぼ似てても、枝豆を指にはめられるか?

いとし:ええやないか、食べられる指輪や。食べたら補充くらいしたるがな

こいし:・・・君とこの嫁はん、あきれて物も言えなんだやろ

いとし:そやから私、嫁はんに言うたった

こいし:どう?

いとし:「言うとくけどな、あんたは誰が見てもええとこの奥さんやで」

こいし:・・・そうかなあ

いとし:「ええとこの奥さんの場合。例え指にはめてるのが枝豆であっても、人はヒスイに見てくれるねん」

こいし:それはあるわな。まさか枝豆はめた奥さんておらんもんな

いとし:「反対にこいっさんの奥さんは誰が見ても下品なおばはんやろ」

こいし:・・・あのな、ちょっとな・・・

いとし:「下品なおばはんの場合。例え指にはめてるのが本物のオパールの指輪であっても、人は南京豆をはめとるなとしか思てくれへんねん」

こいし:やかましいわ!自分の嫁はんのおねだり断るのに、なんでうちの嫁はんを出されないかんねん。・・・しかしそれにしても、ヒスイの代用品が枝豆では、ちょっと嫁はんがかわいそうやな

いとし:君がそんなこと言えるか?

こいし:なにが?

いとし:君とこ、嫁はんがミニバイク乗る時、ヘルメットの代用品に古い電気釜、頭に被らせてるやろ

こいし:アホな!

いとし:しかし、代用品と言えば、昔のモノが無かった頃を思い出すね

こいし:思い出すね。君とこ昔、お膳の代用品にみかん箱使こてたやろ

いとし:君とこ、タンスの代用品に、タンスの絵を紙に書いて壁に貼ってたやろ

こいし:絵に書いたタンスが代用品になるか!あれは部屋を豪華に見せる為や

いとし:昔はラジオだけでテレビが無かったから、漫才も代用品が使えたもんでしてね

こいし:そうそう。例え私が病気で倒れても、私の代用品が喜味こいしとして呼ばれた仕事に行けたがな。顔が知られて無いだけに、替えが効くわけですわ

いとし:そうや、顔が悪うて声が悪かったら、誰でも君の替え玉になれたもんや

こいし:・・・あのな

いとし:あとは舞台で私の賢い喋りにあわせて、アホになってたらそれで君の役が果たせたわけや

こいし:ええ加減にせいよ!舞台で賢いこと言うてるのはいつも私やろ!

いとし:ということは、普段は君は賢いこと言わんということでええのやね

こいし:もうええちゅうねん

いとし:ところで君に代用品のことで頼みたいのやけどね

こいし:というと?

いとし:うちの嫁はんの兄の代用品になってほしいねん

こいし:君の嫁はんの兄さん?

いとし:その兄というのは、小さな町工場をやってましてね。町工場いうてもマッチをを作る工場と違いますよ

こいし:町とマッチの違いぐらいわかっとるわい!町工場は町を作る工場やろ

いとし:アホな!機械の部品を作ってるんですが、その工場の従業員が明後日、結婚式を挙げるんです

こいし:従業員が結婚式を

いとし:それで、兄はヒヒンに招かれてまして

こいし:馬として招かれたんか!?

いとし:ヒヒンやない主賓に招かれまして

こいし:えらい違いや

いとし:ところが兄は3日前寝込んでしもて、出席できへんがな

こいし:主賓が式に出席せなんだら、恰好がつかんがな

いとし:そこで君に兄の代用品として、その結婚式に主賓で出席して欲しいねん

こいし:なんで私がそんな代用品せないかんねん。ほかに誰でもおるやろ

いとし:というのは、君は嫁はんの兄にそっくりやねん

こいし:そっくり?

いとし:顔も声も品もみな悪いねん

こいし:・・・あのな

いとし:とにかく、君さえ代用品になってくれたら、みなが喜ぶねん

こいし:そやけど、結婚式の主賓いうたら挨拶せないかんやろ

いとし:どんな挨拶したらええかは、私が今から教えるから、その通り言うてくれたら、式場では完璧に兄本人として通せるはずやねん

こいし:で、どう挨拶したらええの?

いとし:山田さとし君、町子さんおめでとう

こいし:山田さとし君、町子さんおめでとう

いとし:そんな喋り方では代用品は務まらんがな。兄は声は君と一緒で汚いけど、喋る時声が震えるねん

こいし:そない言うても、震える声を出せ言われて出せるもん違うで

いとし:わかった、ほなこうしよう。君、挨拶する時、電気あんま機を背中にあてながらしてくれるか、ほなあれ、自然と声震えるねん

こいし:アホな!結婚式場であんま機あてながら挨拶できるか!わかった。震える声の練習しとくわ

いとし:それから兄は「し」という言葉が「す」と言う言い方をして。「ました」を「ました」といわずに「ましたぁん」と言う言い方をして、「なになにが」言うときには「なになにがが」となるねん。よう覚えといてや

こいし:ややこしいなあ!けど、なんとか喋り方のクセは勉強しよ

いとし:喋り方だけ違うで。兄は喋る時、10秒に1回頭掻いて、7秒に1回唇なめて、5秒に1回瞬きして、3秒に1回鼻すするねん

こいし:にぎやかな兄さんやなあ!

いとし:ほな君、ちょっとここでやってみるか

こいし:ようやらんわ、そんなん!

いとし:でも本番ではできる限りそれに近づけてや。代用品やとバレたらみんなに失礼やからな

こいし:バレなんでも失礼やろ!けど、結婚式に出席できるとなると、いろいろ楽しみもあるわな

いとし:楽しみというと?

こいし:酒が飲める、酒が

いとし:酒飲んでしもたら困るで、兄は酒が飲めんのやから、飲んだら君が代用品やということバレるがな

こいし:ええ、ええ、酒は我慢しよ。しかし、結婚式となれば豪華な肉料理や魚料理が並ぶがな。それを楽しみに行こ

いとし:言うとくけど君、結婚式の料理、野菜以外は食べんといてや

こいし:なんで?

いとし:兄は採食主義者で通っとんねん。肉や魚を食べたら、君が代用品やいうことバレるがな

こいし:ほな私は、何を楽しみで代用品をやらないかんねん

いとし:それから、これだけはきっちりと言うとくからね

こいし:なんや?

いとし:兄は料理を食べんかわりに、出た料理はきっちりと自分で折箱に詰めて持って帰るねん

こいし:ホー

いとし:で、その折箱を必ず私の家へ持ってくるというクセがあるねん。それ忘れんといてや、バレるから

こいし:やかましいわ!なんで私がそこまで気使こて、君の嫁はんの兄さんの代用品を務めないかんねん

いとし:そんな冷たいこと言わずに頼むわ。君が代用品を務めてくれんことには、寝込んでる兄の顔が立たんようになるねや。頼むわ

こいし:それを言われると、代用品を務めんわけにはいかんねや

いとし:ほな明後日、すまんけど北海道へ行ってや、頼むで

こいし:北海道?

いとし:そや。結婚式は従業員の実家のある北海道であるねん

こいし:で、その旅費は?

いとし:君持ちに決まってるやないか

こいし:なんで代用品で行く私が、自分で旅費持たないかんねん。北海道の往復て高いで

いとし:けど、兄はその旅費を君に払えん理由があるねん

こいし:どんな理由や?

いとし:兄が寝込んでしもたワケいうの。結婚式の祝い金と旅費であまりに費用がかかるから、悩んで寝込んでしもたんや

こいし:・・・あのな

いとし:お祝い金もちゃんと渡しといてや、代用品がバレたらあかんから

いとし:もうええわ!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?