正司敏江・玲児「料理のいろは」

玲児:今日は、京都の北の方へやって参りまして

敏江:キンペ町へやって来ました

玲児:京北町や!

敏江:なんでやねんな。北の京と書いたらペキンやで

玲児:そうや

敏江:ここは、京の北と書くから、キンペやないか

玲児:京北町でんねん!しかし、京都もここまで来ると、空気がおいしいですね

敏江:そんなにおいしいか

玲児:おいしいね

敏江:よう噛んで食べや

玲児:噛めるか!この町を流れる、上桂川の鮎はおいしいらしいね

敏江:私、鮎好きやわ

玲児:鮎は香りの魚。香魚とも言いまして、スイカの香りがしましてね

敏江:スイカの香りがするのは、若鮎だけよ

玲児:ほな、トシいった鮎は?

敏江:線香の香りがするねん

玲児:するかい!・・・しかし、若鮎なんて言葉よろしいね

敏江:私もよく、人から、若鮎のようやて言われましてね

玲児:敏江ちゃんが、若鮎のようやて?

敏江:私てピチピチしてるでしょ?ピチピチ!ピチピチ!(飛び跳ねる)

玲児:無理やり飛び跳ねるな

敏江:私、ピチピチしてないか

玲児:敏江ちゃんのピチピチしてるのは、足だけ

敏江:足だけ

玲児:足はピチピチ、腹はチャプチャプ、頭はランランラン

敏江:しょうもないこと言いな!

玲児:鮎と言うのは、塩焼きがおいしいね

敏江:天ぷらもおつなものですよ

玲児:鮎寿司も結構やね

敏江:ジャム付けて食べるのもうまい

玲児:うまいわけあるか!しかし、鮎に限らず、料理をおいしく食べるには、まず、材料の新鮮なことが大切やね

敏江:魚は新鮮やないといかん

玲児:野菜も新鮮さが第一

敏江:古漬けも新鮮さが第一でっせ

玲児:なんでやねん!古漬けは古い方がええねん

敏江:果物も新鮮さですよ

玲児:果物も新鮮さです

敏江:近藤勇も新鮮組ですよ

玲児:なんの話をしとんねん!新鮮な材料が揃えば、美味しくするのもせんのも、あとは料理人の腕次第やね

敏江:料理人の腕、これは大切です

玲児:修行がいるわな

敏江:♪包丁一本 おこしに巻いて♪

玲児:おこしに包丁を巻いてどないするねん!さらしに巻くねや

敏江:♪さらしに巻いて 旅に出るのも イタチの修行♪

玲児:板場の修行や!

敏江:♪待ってて フナさん♪

玲児:コイさんや!

敏江:わしゃ鯉嫌いやねん

玲児:・・・コイさん言うても、魚の鯉と違ごて、大阪では、一番下の娘のことを、コイさん言うねん

敏江:一番下の娘のことをコイさん?

玲児:そうや

敏江:ほな、その下に、もう一人娘が産まれたら、そのコイさんはどうなるの?

玲児:コイさんの下に娘がかい・・・ほなそのコイさんは、上へあがるのやから、コイノボリさんて呼ばれるねや

敏江:ええ加減なことを言うな!

玲児:板前さんは、毎日が修行修行でしてね

敏江:お前は、毎日が女、女やのう

玲児:いらんこと言うな!

敏江:で、どうして料理人のことを、板前さんて言うのかわかるか?

玲児:料理人は、毎日、まな板の前にいるやろ、そやから板前さんや

敏江:なるほど、ほな、毎日お金の前にいる銀行員さんは、ゼニ前さんかいな

玲児:ゼニ前さんて!

敏江:毎日私の左にいるお前は、左前さんやな

玲児:誰が左前やねん

敏江:ほんで、お前の今の嫁さんは、封筒前さんやな

玲児:封筒前?

敏江:お前が家に金入れへんから、毎日、内職の封筒貼りやってるいうやないか

玲児:そんなことやらせてるか!

敏江:なんでやらさへんねん!私が嫁さんの時には、金入れずに、私に「稼げ稼げ」言うとったくせに

玲児:いらんこと言うな!

敏江:たまには反省せいよ

玲児:・・・ところで、敏江ちゃんは、料理の腕はどうなんや?

敏江:白々しい男やなあ。何が、「料理の腕はどうなんや」や、昔はよう作ってやったやないか

玲児:(客に語りかける)料理全然だめでしてね。タクワン刻みまっしゃろ。下、みな繋がってますねん

敏江:繋がってる方が、一回箸でつまんだだけで、そのまま、ツルツルといけるからええねん

玲児:タクワンをツルツルと飲み込んでどないするねん!

敏江:でも、よく作ってやったんですよ

玲児:ええ恰好するな

敏江:この男が「天丼が食べたい」と言いますわな。私、どないしたと思います?

玲児:近所の食堂へ電話して、持って来させるだけですわ

敏江::::それ以来、食堂の兄ちゃんと、ええ仲になりましてね

玲児:なるな!主人のいる時に!

敏江:あそこの食堂の天丼、結構おいしかったやろが

玲児:私は、手作りの天丼が食べたかったんや

敏江:ほな、あそこの天丼、足作りやいうんかい

玲児:そやないけど、私は、敏江ちゃんの手作りの料理が食べたかったんや

敏江:私の手汚いよ、三日は手洗わへんよ

玲児:手ぐらい洗え!・・・しかし、女であれば、料理のいろはぐらいはやってほしかったね

敏江:料理のいろはと言うと?

玲児:焼く、煮る、蒸す、揚げるや

敏江:その代わり、寝る、食う、どつく、文句言うわやってやったやないか

玲児:やっていらんわ!

敏江:料理のいろは、今では、一応私やれるんですよ

玲児:出来る言うても、焼くことにしても、無茶苦茶でしてね

敏江:焼くのが下手やて?

玲児:そうや

敏江:私は今までに、近所の家、何件上手に焼いたか知ってるんかい

玲児:放火やないか!とにかく、魚にしても、パンにしても、下手でしてね

敏江:どう下手やいうねん

玲児:普通、パンなんか、きつね色に焼きますわな。それをタヌキ色に焼きますねん

敏江:私がパンを焼くのは、イノシシ色や

玲児:余計悪いねん!煮るにしても、まったく味付けがなってないしね

敏江:私の味付けのどこが悪い言うねんな

玲児:おでん作るいうた時なんか、いつもどんなんや

敏江:おでん作る時は、昆布とカツオの出汁を作って、それに醤油と砂糖入れるねや

玲児:それで、もし、辛かったときは?

敏江:砂糖をガバーッ、今度は甘すぎるなとなったら、醬油をジャーッ・・・今度は辛すぎるとなったら、砂糖をガバーッ・・・醤油をジャーッ、砂糖をガバーッ!

玲児:結局、最後にできるのは、いつもあめだきのおでんやないか

敏江:こんにゃくつかんだら、ネバーッ

玲児:そんなおでん食えるか!醤油と砂糖の入れる量、もうちょっと加減しておでん作れ

敏江:うち、三日に一本、醤油あけまっせ

玲児:威張るな!

敏江:その代わり、おでんの材料は、気の利いたもんつこてるやろ

玲児:気の利いた材料というと?

敏江:こんにゃく、タコ、じゃがいも、ごぼ天・・・

玲児:時々、中から、たわしが出てくるやないか

敏江:・・・たわしぐらいなんやねん。包丁出てくる時あるで

玲児:怖いなあ!煮るのも駄目なら、蒸すのがもう一つ駄目でしてね

敏江:そら私は、ムスのは全然あかんわいな。その代わり、ブスには自信ありまっせ(と自分の顔を強調)

玲児:・・・そら誰でも、こんな女と一緒におれまへんで

敏江:でも、アゲルは、私得意やで

玲児:揚げるが得意やて

敏江:そうや、わたしゃ男に逢う度に「あげる、私をあげる」どんだけ言うか

玲児:あげるの意味が違うやろ!料理の揚げるは、油で揚げることや

敏江:油で揚げるのだけは、私得意ですよ

玲児:ほんまかいな

敏江:私に天ぷら揚げさせてみいな、そら、消しゴムを天ぷらにしても、エビの天ぷらと間違えるぐらい、おいしいで

玲児:アホな、消しゴムを天ぷらにしても、エビの天ぷらみたいになるわけないがな

敏江:お前、昔、「このエビの天ぷらおいしいおいしい」て、よう食べたやないかい

玲児:やっとったんかい!しかし、天ぷらいうのは、コロモの作り方が大切や

敏江:別れた夫婦の間で、そんな話をするな

玲児:なにがいな?

敏江:子供の作り方が大切やなんて・・・

玲児:子供と違ごて、コロモや!

敏江:コロモ

玲児:コロモというのは、練るのがむずかしいね

敏江:ネルのぐらい簡単やがな

玲児:そうか

敏江:ネルのは、目つむって、グーグーいびきかいたらええねん

玲児:あっちゃいけ!・・・粉と水を入れて練る、これのネルや!

敏江:簡単やがな、粉がこうあるわな、それに水を足して、こうねったらええねん(手でかき回す恰好)

玲児:手でやるな

敏江:料理は箸よりも、手でやるのが一番ええねん

玲児:そやけど、お前の手、汚いのやろ

敏江:そのうち、きれいになってくるわいな

玲児:・・・

敏江:あれ・・・あれ・・・

玲児:どないしたんや?

敏江:やってるうちに、だんだん手が固うなってきてな

玲児:なんでや?

敏江:ねってた粉、セメントやったで

玲児:・・・セメントで天ぷら揚げてどないするねん!

敏江:天ぷらを練りまして(練る恰好)

玲児:おいおい、天ぷらのコロモちゅうのは、練りすぎたらあかんねん

敏江:(練りながら)なんでかいな

玲児:ねばりが出てくるからあかんねん

敏江:ええがな、人間ねばりやで

玲児:・・・人間をねるの違うねや!

敏江:油の用意、油の用意!(用意する恰好)だんだん、油が温まって来たぞ、天ぷらの油の温度というのは、適温がありましてね

玲児:140度から160度ぐらいですかね

敏江:体温計で測ったろ

玲児:壊れるわ!油の温度を測る温度計で測れ!

敏江:140度(温度を測る恰好)お前、この中つかるか?

玲児:いらんわ!

敏江:さあ、揚げるぞ、まず野菜・・・ピチピチピチ、バチバチバチ、ブチブチブチ、ガチャガチャガチャ!

玲児:やかましいな!

敏江:次はドジョウを揚げたろ(ドジョウをつかむ恰好)つかみにくいなあ

玲児:生きたドジョウかいな!

敏江:料理は新鮮な材料を使うのが一番やねん(つかんだドジョウに言い聞かせる)このドジョウ、玲児いう名前でな・・・おい、玲児よ、いよいよお前の命もおしまいやけど、成仏せいよ

玲児:ドジョウにわしの名前を、勝手につけるな!

敏江:まず、この玲児にコロモをつけて、油の中へザーッ!おー、苦しんどる苦しんどる、もがけ、苦しめ玲児、嫁はんを捨てた罰じゃ

玲児:・・・このドジョウが嫁はん捨てたて、なんでわかるねん!

敏江:よし、カラッと揚がったぞ、ちょっと試食してみ

玲児:ほな頂こか(食べる恰好)おー熱い熱い

敏江:玲児が玲児を食べとるわい

玲児:・・・あのな

敏江:味はどうや?

玲児:なんかちょっと、油がようないの違うか?臭いで

敏江:油が・・・あっごめん、これ、灯油やった

玲児:あかんわ!


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