夢路いとし・喜味こいし「昔に戻ろう」

いとし：私、なんぼ年とっても、絶対にこの言葉だけは口にせんとこ思てる言葉が２つありましてね

こいし：ホー、その２つの言葉とは？

いとし：「このごろの若い者は」と、「わしももう年やから」の２つ

こいし：守れるか？

いとし：「このごろの若い者は」とか「わしももう年やから」なんて言うてるようでは、平成時代を生きる資格ないね

こいし：またええ格好言うて、そんなこと言うとるから、若手の漫才師から「いとし師匠はええ格好しいや」なんて言われるねやぞ

いとし：若手の漫才師がそんなことを？

こいし：言うとったがな

いとし：このごろの若い者は言葉を知らん！

こいし：言うとるやないか！

いとし：そやけど、大先輩に向かって「ええ格好しいや」とは失礼やないか

こいし：ほな呼んで怒ってやるか？

いとし：いや、そこまではようせんわ

こいし：なんで？

いとし：わしももう年やから

こいし：勝手にせい！まあしかし、年いくとそういう言葉とか「昔は良かった」なんて言葉がつい口に出てしまうもんで

いとし：現実に昔は良かったがな

こいし：それは君がそう思うだけで、よう考えたら、昔より今の方がええで

いとし：そんなこと有るかい、今より昔の方が良かったんに決まってますよ

こいし：ほなどう良かった言うの

いとし：今私、せんべい食べられへんねんで、昔バリバリ噛めたんやで、昔の方が良かったやないか

こいし：・・・いやあのね

いとし：今私、糖尿病の気があって甘い物あかんねん、昔あんころ餅なんぼでも食えたんやで、昔の方がよかったがな

こいし：・・・いや違うねん

いとし：私今、子供よう作らんねん、昔ポンポン作れたんやで、昔の方が良かったがな

こいし：それは君だけの個人の問題や！私は君だけの話をして無いねん

いとし：私だけと違うがな。うちの嫁はん今でこそシワクチャやけど、あれでも昔は良かったんやで

こいし：・・・あの嫁はんがかい！？

いとし：近所では、小村娘で通ってまして

こいし：なんやその、小村娘て？

いとし：小町娘の次に美人が小村娘いうねん

こいし：ほんまかいなそれ！とにかく私が言うてるのはそういう個人の問題と違ごて、世の中全体のことや

いとし：世の中全体というと？

こいし：例えば、ちょっとどこかへ行く用事があっても、今やったら車ですっと行けるわな。ところが君の若い頃やってみい。歩いていくか駕籠で行くしか無かったんやで

いとし：駕籠て！私は江戸時代の生まれやないで！

こいし：今は便利や、車どころかロケットに乗って宇宙まで行ける時代や

いとし：ほな君はそのロケットに乗って宇宙へ行ったこと有るんかい

こいし：無いけども便利になったやろ！

いとし：便利と良かったとは別ですよ

こいし：昔やったら遠くへ文章を送るには手紙しか無かったんや、今はファックスがある

いとし：でそのファックス、君とこの家に有るんかい

こいし：ファックスは無いわい！そやけど電話が有るねん。便利やないか

いとし：便利と良かったとは違う言うてるやろ

こいし：どう違うねん！？

いとし：昔はあの嫌な間違い電話もいたずら電話も無かったんやで、昔は良かったやないか

こいし：それは電話が無いからや！

いとし：電話は便利言うけど、電話つけて「こんな不便な物無い」て言うた人もおるねんで

こいし：誰がや？

いとし：日本で一番最初に電話付けた人、かけるとこも無けりゃ、かかってくる電話も無い言うて

こいし：そら特殊な例や！

いとし：クーラーや冷蔵庫でも「こんな不便な物はない」いうてる人かてようけおるねんで

こいし：誰がそんなこと言うてるねん

いとし：エキスモーの人

こいし：エキスモーの人がそんなもん買うんか！

いとし：どう考えても昔は良かったね

こいし：・・・そんなことばっかり言うとったら、人に置いていかれるぞ

いとし：へ？人が何を置いていってくれるの？

こいし：違うがな！つまり世の中に置いて行かれる言うねん

いとし：そやから、世の中が私の家に何を置いていってくれるのやと聞いとんねや

こいし：置いて行くかい！世の中に取り残される言うとんねや

いとし：私取り残されるの慣れてまして

こいし：というと？

いとし：この前かて、家族そろってハイキングに行くことになっていながら、行く日の朝、私が目覚ましたら、誰もおらへんねん

こいし：置いて行かれたんかい

いとし：昼の弁当を食べる時に、初めて「おじいちゃんを忘れてた」て家族の連中が気が付きよったんやで

こいし：情けない存在やなぁ君は！

いとし：人に何を言われようと、昔は良かったんやから

こいし：けど食べ物を考えてみ、昔に比べると今はグルメ時代で、食べよと思えば、トロに伊勢海老にステーキにキャビアをまとめて食べることが出来るねんで

いとし：で君、トロに伊勢海老にステーキにキャビアをまとめて食べたことあるんかい？

こいし：無いけども、金さえ出せば上等なもんが何でも食べられるねん、ええ時代やないか

いとし：けど、高級料理やからいうて美味しいとは限らんねん、伊勢海老よりほんまは握り飯のほうがうまいもんや

こいし：握り飯より伊勢海老の方がうまいのん決まっとるやないか！

いとし：ほな君、私に毎日伊勢海老を食べさせてみ、私、君に毎日握り飯食べさせてやるから、私の方が絶対に先に飽きるから

こいし：なんで私が君に、毎日伊勢海老を食わさないかんねん！

いとし：食べ物のことを言うなら、土地の事を考えてみ、今は一生働いても、どんだけの土地が買える？

こいし：たいして買えんわな

いとし：昔やったら、好きなとこにロープ張って、そこにシートさえ敷いたら、そこが自分の土地になったもんや

こいし：なるかい！花見の席取りやないで

いとし：昔に比べると今は嫌やなぁと私が一番思うのが、地方へ行ってもその土地土地の特色が無くなっていることでして

こいし：これは確かに言えるわな

いとし：日本中どんな田舎へ行こうと、着てる洋服なんか都会と同じで、モンペ履いてる女の人おれへん

こいし：そらおらんわもう

いとし：どちらかと言えば、今は都会人より地方の人の方がアカ抜けてまして、はっきり言うて、どこへ行っても見た感じ君が一番田舎のオッサンやで

こいし：ほっといてくれ！

いとし：それに、言葉もその土地土地の特色が薄れてるね

こいし：これも言える。この前、東北地方へは仕事に行った時もそうやった

いとし：私ら舞台に出た時、その土地の言葉に合わそ思て「おばんでやんす」言うて出ましたんや

こいし：あれは青森での夜の舞台やった

いとし：ほな会場からかかった声が「いとっさんこいっさん、おもろい漫才したってや、われー」とこうですねん

こいし：青森でですよ

いとし：こんなとこまで大阪弁が浸透してるんやなぁと思て、あとで聞いたら、その人、一週間前に大阪から転勤してきた人でして

こいし：なんじゃそれ！しかし都会も地方も変わらんようになったんは、テレビの影響が大きいやろね

いとし：テレビのなかった時代なんか、私ら地方へ漫才しに行くと、その時初めて会場の人は「あっ漫才のいとし・こいしてこんな顔やったんか」知ってくれはったもんね

こいし：他で顔を見る機会が無いから

いとし：その時初めて「いとっさんに比べるとこいっさんてブサイクやなぁ」と知ってくれまして

こいし：やかましいわ！

いとし：そやから私なんか、漫才のいとしやと言わずに「歌舞伎の市川団十郎や」いうたらそれで通りましたんや

こいし：通るかい！

いとし：そやから、テレビのない時代には、替え玉とか偽物の芸人がようおりましてね

こいし：私ら、いとしこいしの偽物もようけおりましたんやほんま

いとし：私ら仕事が休みで家で寝てる時に、全国のあちこちで、いとしこいしが漫才してますねん

こいし：腹立ったねぇそんな時は

いとし：その代わり私かて、三波春夫の偽物でよう舞台に立ちました

こいし：立てるかそんな声で！・・・考えてみると、確かに昔はのんびりしてた

いとし：そやから私、昔に戻ろう運動を全国的に繰り広げてみよかなと思てまして

こいし：昔に戻ろう運動？

いとし：私が街頭に立って、演説して回りますねん

こいし：どんなふうに演説を？

いとし：(街頭演説風に)皆さん、今の世の中をどう思いますか。はたして昔に比べて住みやすい世の中でしょうか！そこでこの私、この度参議院選挙に立候補いたしました・・・

こいし：選挙演説してどないするねん！立候補したらいかんねん

いとし：皆さん、今の世の中を昔の良き時代に戻そうではありませんか。そこのおばあちゃん、昔に戻って二十歳の娘さんになろうではありませんか

こいし：なれるかい！トシまで昔に戻せるわけないやろ

いとし：皆さん、土地やその他の全ての物価を昔の安い値段に戻しましょう

こいし：物価を昔の値段に戻したら、サラリーマンの給料も昔に戻さないかんの違うか

いとし：サラリーマンの給料も昔に戻るのは仕方のない事です。しかし、漫才のギャラだけは据え置きにしましょう！

こいし：そんな勝手なこと出来るかい！

いとし：皆さん、昔のように車には乗らない生活をしましょう。そうすれば交通事故も無くなります。

こいし：それはええけど、そんななったら車を売って生活してはる人の生活どんななるねん。現に君とこの息子、自動車会社に勤めてるやろ

いとし：皆さん、車はどんどん買ってください。買っても乗らないようにしましょう

こいし：アホな！

いとし：暴走族の皆さん。暴走をして人に迷惑をかけるのはやめましょう

こいし：暴走族のあのやかましいのだけはほんま迷惑や

いとし：どうしても暴走がしたかったら、昔のやり方で暴走しましょう

こいし：昔のやり方の暴走て？

いとし：荷車を引っ張って思い切り走りましょう

こいし：誰がそんなしんどいことするねん

いとし：例え荷車の暴走族でも、高速道路を走る時は、時速六十キロでは走りましょう

こいし：走れるか！カールルイスでも、荷車を引きながら、時速六十キロではよう走らへんわ

いとし：それから、警察の方も、サイレンをやかましく鳴らしながら、パトカーで暴走族を追いかけるのやめましょう

こいし：なんでパトカーで追いかけたらあかんねん？

いとし：荷車とパトカーでは速さが違うねんで、走ってるうちに追い越してしまうがな

こいし：ほな警察はどないして追いかけるねん

いとし：十手振り回して「御用だ御用だ！」

こいし：もうええわ！