見出し画像

移動する港Ⅲ「 I’m glad you are there.」観て来ました。

池袋にある東京芸術劇場で、2/2までおこなわれていた「I’m glad you are there.」というグループ展に行ってきました。

主催者は東京都渋谷公園通りギャラリー。本拠地は現在改装中で、その間に「移動する港」というタイトルで、四谷、八王子、池袋の3会場で展覧会を開催しています。

この展示を知ったきっかけは、光岡幸一さんがこの展示に参加すると知ったから。光岡さんは、建築から油画に転向し、その後は場所の在り方やそこにいる人々の関わりから作品が生みだしたり。正直、まだ彼の過去の作品にちゃんと触れられていないのだが、去年参加した彼が主催する『ひみつの庭』という企画が素晴らしく、それから彼の作品をもっと追ってみたくなりました。

ちなみに『ひみつの庭』とは、多摩川の河川敷にあるホームレスの方々の一等地にあり、とあるおじさんが勝手に手入れして勝手に「庭」と呼んでいる、入りづらいけど少し公園のような感じもする場所です。
多摩川に住む方たちの家や暮らしを遠くから、でも少しだけ近づいて巡るツアーの後、ひみつの庭での展示が始まったのですが、私が参加したときの作家はうらあやかさん。本やエピソードや物をとおして、他人との距離や関係性について想いを馳せるような内容でした。

話を元にもどして、I’m glad you are there. いざ池袋へ…。

白い囲いに囲まれた改装中の池袋西口公園の脇を通り、東京芸術劇場の地下1階に展示会場はあるそう。芸術劇場、といえども、どことなく公民館の雰囲気漂うフロアをさまよいながら、展示の入り口を発見しました。

入ってすぐ目に入るのは、巨大な蟹に抱きつかれた女性のイラスト。よく見るとその壁一帯に同じトンマナで虫やら果物や海の生き物がまとわりついた服を着た女性のイラストが続くのですが、その裏にはバービー一家のようなマネキンに、派手派手しい服を着せたオブジェが目に入ってきました。

作品説明を読むと、村上亮太さんというファッションデザイナーが、お母さんが描いたイラストをもとに服を作っているとのこと。
流れていた映像に映る村上さんのお母さんは、料理したりお茶したり、ごく一般的なお母さんに見えましたが、この母がなぜ虫や食べ物をモチーフにした服を思いつき、不思議に面白いタッチのイラストを描いてるのか…。

そのまま進むと“工房集”に所属する方達の作品が続きます。

工房集最初の方は、田中悠紀さん。田中さんの作品は、15年前に亡くした愛犬「茶太郎」をひたすら画面に描き込んだもの。

おびただしい茶太郎の画面を前に、気づくとすっかり心を奪われていました。ある種、宗教画のような強度を感じます。犬の茶太郎が、人間みたいにいろんな表情を持って溢れ出ている…。茶太郎を通して世界や自分自身を東映しているような気がして、茶太郎のことが忘れられません。

その後、もうひとつの展示スペースに移動すると、工房集の杉浦篤さんの作品がずらり。家族や風景が映った写真を手で触り続け、角が丸くなったスナップ写真が展示されていました。

写り込んでいる物と、それが写り込んだプリント写真という物自体と、それを角が丸くなるほど触り続ける行為…。茶太郎もですが、対象への関係性を想像されるような、ある種の執着や愛着を表す行為が作品なっている。こういった作品を観た時、観客の私たちは様々に感じると思いますが、批評的な目線で語るとしたら、どんなことが語られるのでしょうか?

そのまま進むと、工房集の金子慎也さんが紙粘土に握った印を残す『ニギリ』という作品です。

展示会場の奥には、ほぼ違和感なく将棋スペースが。街の市民ギャラリー感あふれる会場だったので、街の施設として将棋会場があるんだなぁと思いきや、光岡さんが将棋をさしており…(笑)。これが彼の作品だと気づきました。

これまで池袋西口公園には、みんながシェアしながら使える将棋セットが隠されてあって、おじさん達がダンボールの上で将棋を指していたそうです。ですが、改装工事がはじまり、指す場所がない…。だったら、外にあった将棋スペースを、室内に持ち込んでみては?というそんな作品です。

おじさん達にチラシを手配りしたとのことですが、意外にも連日たくさん来てくれているようで、その日も朝から光岡さんは、おじさんと将棋を指していました。

外にあったダンボールの上の将棋空間とおじさんを、内に召喚したこの展示は、おそらく美しく整えられ脱臭されるであろう西池袋公園のことや、池袋の街中で暮らす方達への視線を呼び込んできます。もちろん批評性もありますが、彼ならではのユーモアも感じ、誰かと語りたくなる、私にとってはかなり面白い展示でした。

展示タイトル "I’m glad you are there." という言葉は、カート・ヴォネガットの小説『タイタンの妖女』にでてくる2体の宇宙生命体の「わたしはここにいる」「あなたがいてよかった」という会話からの引用だそうです。
「わたしはここにいる」「あなたがいてよかった」は関係の核のようなもので、その表現はおそらく無数にあると思いますが、そんな中でも機会が巡ってここに同時に集結した表現たち。知ったら最後、悲しいような愛おしいような感情も沸き、会場の素っ気なさもあいまって、あたかも隣人に出会ったような親しみを抱いてしまった展示でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?