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【眠らない猫と夜の魚】 第13話

「地蔵殺し」②


 アボカドのクローズ作業を手伝ってから、小夜は宣言通りに帰っていった。

 小夜は心霊スポット巡りの類は絶対にやらない。前に心霊スポットであることを伏せて連れて行ったら、半日くらい口を利いてくれなかった。半日というところに小夜の優しさがある。
 というわけで、朱音をGSF1200のタンデムシートに乗せて、二人で目的の工事現場へ向かった。朱音のリクエストで海岸通りを流したりしたから、工事現場に到着したのは22時を過ぎた頃だった。怪異の出待ちをするにはまずまずの時間だ。

 工事現場になっているところには、元は個人経営の小さなスーパーがあった。地場の農家とのつながりで安価な野菜を提供してがんばっていたけど、『みたまタウン』という巨大モールの力に抗しきれず力尽きてしまった。スーパーが潰れると最後の支えを失ったように、近くにあった個人商店もパタパタと連鎖的に閉店していった。

 個人商店のほとんどは自宅も兼ねているので、シャッターを下ろした寂しい姿を今も晒している。だけどスーパーは土地の買い手が見つかったらしく、すぐに更地になって基礎工事が始まった。
 だが工事は中途半端なところで止まっている。出土品が出て発掘調査が行われているからだ。みたま市ではこういうことがよくある。その原因はだいたい同じだ。

「やっぱ出たのかな、猫地蔵」
「だろうね。あっ、あれじゃない?」
 朱音が工事現場の隅にあるビニールシートのほうに歩いていく。シートをめくると、資材の他に数体の泥だらけの猫地蔵が乱雑に置かれていた。
「割れてんじゃん……」
 土を掘り返すときに削れてしまったのか、一体の猫地蔵の側面が大きく割れていた。そのせいで全体が脆くなっているようで、地蔵の周囲には地蔵の欠片と思われる石が散乱している。

 朱音は顔をしかめると、しゃがみこんで地蔵の欠片を集め始めた。私も朱音の隣に座って破片を拾う。
 割れて間もないせいか、破片の断面は綺麗な灰色で、よく見るとその中に雲母のような金色の点が散らばっていた。宇宙の黒色を灰色に変えたらこんな感じだろうか。

「ちょっと雑に扱いすぎだよ」
 欠片を拾いながら朱音がポツリと呟く。怒っているというより、悲しんでいるように見えた。
「うん。さすがにひどい。昔はもうちょっとこういうの、大事にしてた気もするけど」
「だよね。私なんか、じいちゃんから大事にしろって叩き込まれて育ったからさ」
 朱音と小声で喋りながら、集めた石を地蔵の前にまとめる。それくらいのことしかできないけど、散らばっているよりはいい気がした。
「うちの親もそういうのに厳しかったなー。だから大事にするのが普通だと思ってた。みたま市って地蔵だけじゃなくて、神社仏閣が多いじゃん? だから他の地域よりそういう気持ちが根付いてるって思ってたんだけど」
「存在に慣れ過ぎて扱いが雑になるってこともあるのかもね」
 朱音がため息まじりに言ったとき、近くからジャリッと砂を擦るような音が聞こえた。
「……そう言えば、坂ノ下の猫地蔵も倒れたままになっててさ、見かねて直したけど、けっこう重かったよ」
 何でもない素振りで話を続けながら、朱音が視線をこちらに向ける。私も適当に相槌を返しながら、小さく頷いた。

 怪異じゃない。
 たぶん、人。

 会話を続けながらさりげなく周囲を伺うと、少し離れた電信柱の後ろに黒い人影を見つけた。近所の人かと思ったけど、隠れてこちらを伺っているのは妙だ。
 私たちは怪異が好きで心霊現象を否定しない。でも残念ながら現象のほとんどは人為的なものだ。その中には心霊現象を模したいたずらも含まれる。この場所で発生している現象がそうである可能性も否定できない。

 朱音がゆっくりとポケットに手を入れて、相手から見えないように探索用の懐中電灯を取り出した。私もポケットに手を入れて、手探りで起動したスマホをカメラモードに。朱音が声をオフにしてカウントダウンを始めた。

「3……2……1………………ヘイ!!!」

 場違いな掛け声と共に反転した朱音が懐中電灯のスイッチを入れる。私もスマホのカメラを向けて連射ボタンを押した。
 フランクな掛け声に面食らったのか、人影は迂闊にも電信柱から体を出して懐中電灯の灯りを真正面から浴びた。そしてシャッター音に気づくと慌てて顔隠して、暗闇の中を転がるように逃げていった。
「撮れた?」
「バッチリ。おお、すっごいキョトンとしてる」
 撮影した写真を確認すると、映っていたのは、短めの髪を茶色に染めた男の子だった。少しヤンチャな高校生……いや中学生と言ったところか。もちろん見覚えのない顔だ。朱音が首を捻る。 
「いたずらの主な可能性もあるけど……どうだろね」 
「噂を聞いて肝試しに来ただけとか」
「その線もあるか。だとしたら悪いことしたな。戻ってこないと思うけど、もし戻ってきたら声かけよう」

 それからしばらく待ってみたけど男の子は戻って来なかった。怪異らしい怪異も起きず、結局、散歩中の野良猫と遊んだだけで終わった。

  *

 翌日、海岸沿いのファミレス。
 ソファー席の片側に私と朱音と小夜が並んで座り、反対側にもう三人。合コンみたいな配置だけど合コンじゃない。相手は小学生で、女子だ。

「私、喋んないから」と会が始まる前に宣言した通り、小夜は私と朱音を紹介したきり黙っている。朱音が咳払いして話を切り出した。
「えーと、今日はよろしくね。学校で流行ってるっていう、願いが叶う石のことを教えて欲し」
 朱音が喋り終える前に、小学生たちが一斉に喋りだした。

「よろしくお願いします! 私たち、ほんと困ってて。私たちだけじゃなくてクラスのみんな困ってて、私たち、代表してここに来たんです!」
「隣のクラスの子なんて、赤い目の女に追いかけられてびっくりして転んで怪我しちゃったんですよ。追いかけられたの、その子だけじゃなくて、他にもいて」
「これって呪いですよね? 石を捨てたら私たちも呪われますよね? それとももう呪われちゃってます? そういうときってお寺に行けばいいんですか? 神社ですか?」
「ちょ、ちょっと待って! えーと、右側の子から順番に喋ってくれる?」
 荒ぶる小学生を相手に話を聞くのは、控えめに言って、かなり大変だった。聞いた話を要約すると、こんな感じだ。

 その石が流行り始めたのは、今からおよそ一週間前。クラスの男の子が、近所の中学生にもらったという『願いが叶う石』を学校に持ってきたのが始まりだった。パッと見は何の変哲もないただの石で、最初は誰も興味を持たなかった。でもその日の塾の試験でその男の子が一番を取った。普段は真ん中より下の順位しか取らない子だから、少なからずクラスで話題になった。ただその試験を受けたのは十人くらいだそうだから、それが石の力によるものか怪しいところだ。
 「あの石のおかげだったりして」誰かが言った言葉をきっかけに、男の子のところに石が欲しいと言う声が殺到した。こういうのはひとり欲しくなるとみんな欲しくなるものだ。その日のうちにクラスのほぼ全員が石を欲しがり、困った男の子が石をくれた中学生に相談したところ、ひとつ百円なら売るという返事が返ってきた。

「え? 百円? これが? もらったんじゃなくて買ったの?」
 小夜が早くも口を出した。
「最初に持ってた子も実は百円で買わされたらしくて。最初はえって思ったけど……百円ならいいかなって」
「まあ、タダより価格がついてるほうが本物っぽいけど。にしても……えー?」

 その百円の石をクラスの女子のほぼ全員が買った。男子も少なからず買ったそうだ。石は大きさはバラバラで、みんな大きいものを欲しがったらしいから、レアカードを探すような感覚で買ったのかも。

 最初は「願いがかなった!」という声が続いた。ただ信憑性はやっぱり怪しい。無くした文具が見つかったとか、片思いの子に話しかけられたとか、願いというにはささやかなものばかりだからだ。それでもクラスの中では、石はおおむね好意的に捉えられていた。

 しかしその評価も、翌日に逆転する。

 石を買った女の子のひとりが、塾の帰りに自転車で転んで怪我をした。その理由が「赤い目をした女に追いかけられた」というものだったのだ。次の日、別の女の子も赤い目の女の子に追いかけられたと言って、泣きながら友人宅に駆け込んできた。小学生はおまじないも好きだけど、怖い話も好きだ。「願いが叶う石」と「赤い目の女の子」が結び付けられるのも、そう時間はかからなかった。

「これは願いを叶える石じゃない、不幸を呼ぶ石だ。持っていたら呪われて、赤い目の女の子が追いかけてくる」

 翌日にはそんな噂がクラスを流れ、石を購入した生徒のほぼ全員が石を手放したがった。しかし呪いというキーワードが加わったことで、「捨てたらよけいヤバいかも」と捨てるに捨てられない状態になった。みんなは仲介役の男の子に詰め寄って、売り主の中学生に石を返品しようとしたが、無視されているのか返信がなく困っている……というのが今の状態らしい。

「どうしたらいいですか? これ、捨てても平気ですか? それともこういうの、捨てたらヤバいですか?」
「神社の境内に置いてくるといいってケイちゃんのお姉ちゃんが言ってたって。やってみる?」
「それ、神社の神様怒らせるから余計ヤバいらしいよ。私が聞いたのは」
「待って待って。いったん落ち着こう」
 小学生たちが黙ってから、朱音が口を開く。
「君らが心配してるのは、それ持ってることで呪われるかもしれないってことだよね。持ってるの嫌ならこっちで引き取るけど……それで解決になる?」
「いいんですか!?」
「いいよ。全部引き取るから」
 三人は競い合うようにバッグからお守り袋を出した。小夜から聞いた通り、どれもカラフルにデコられている。そこから取り出した石をテーブルに置くと、三人は泣きそうな顔で「助かったー!」と言った。三人の中ではもうすっかり呪いのアイテムになっているらしい。

 置かれた石のひとつを、指で摘む。石の断面は綺麗な灰色で、その中に雲母のような金色の点がパラパラと散らばっていた。
「……朱音、これ」
「……まじ?」
 見覚えがあった。
 よく似た石の破片を、昨日見たばかりだ。
「アレだな」
「アレだね」
「アレって?」
 事情を知らない小夜だけが首を傾げる。今言うと小学生と小夜がパニックになるので、ひとまず黙っておいた。

「……あのう」
 女の子のうちのひとりがおずおずと手をあげる。
「ん、何?」
「……友達の分もいいですか? 他にも困ってる友達いて」
「いいよ。ぜんぶ持ってきて」
 朱音が言い終わる頃には、三人はスマホを取り出して連打していた。
「私、まゆみたちに連絡する!」
「あたしはアズのグループに伝えるね」
「あ、今持ってくるそうです!」
「お、おう」

 それから、わらわらと小学生がやってきて、テーブルに石を置いてはスッキリした顔で帰っていった。
「……どんどん来るわよ」
 小夜がげんなりしている。
 テーブルに置かれた石は、ざっと見て百個。
 記念に写真を撮ろうとスマホを起動して、昨日撮った写真のことを思い出した。もしかしたら、と思いダメ元で聞いてみる。
「この中にその石を売ってくれた中学生に会ったことある子、いる?」
「あ、アタシ会いました」
 三人のうちのひとりがおずおずと手を上げた。
「この子じゃない?」
 昨日工事現場で撮った、ちょっとヤンチャな中学生の写真を見せる。
「あ、そうです! この人です! 荒木先輩、とか言ってたような……下の名前はちょっとわかりませんけど」
「オッケー、それで十分。その荒木先輩につながってる男の子にでも伝えといてよ。そのままじゃヤバいって。あと石を手放す気になったら引き取るって」
「わかりました!」

 三人は私たちのおごりでパフェを食べてから、お礼を言って帰っていった。肺の空気を残らず絞り出すような深いため息をついてから、ソファーに沈み込む。朱音も疲れた様子で、すっかり氷が溶けた薄くなってしまったコーラを一気飲みしていた。小学生の相手をして疲れるなんて、年をとったなって思う。

 小夜を見ると、テーブルに積み上げられた百個の石を見て「一万円……」と呻いていた。

(第14話に続く)


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