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創作系同人イベントコミティアが今の日本に絶対必要な理由について書いた

コロナ禍によって日本最大の創作系同人誌オンリーイベントであるコミティアが存続危機に陥っている。

今年2月に開催されたCOMITIA131を最後に、5月のCOMITIA132extra、9月開催予定だったCOMITIA133と相次いで中止。さらに運営の発表ではこの先のCOMITIA134、135も開催できるか未定、できても参加者は少人数だろうと予想されている。現時点だけでも2回分の開催費用の負担が、ボランティア団体であるコミティア運営にのしかかってしまっている状態だ。(東京ビッグサイトのレンタル料は開催一回分だけで多分余裕で4桁越えてる)

そこで2020年8月28日~10月23日までの間、コミティア存続をかけたクラウドファンディングが行われる。

目標額は3000万だ。でも今後を考えると絶対に3000万じゃ足りないと思うので、クラファンの総額を1000円でも上げるためにコミティアが無くなると何故ヤバいのかについて自分なりに考えたことを5年ほどサークル参加した範囲の経験で書いてみたいと思う。

文章が超下手なのに1万字以上ある。ほんとごめん。

なおもういい!今すぐ支援したる!!という心が四万十川の清水のように美しい方はこんな長文なんか読まずにここからぜひ課金をダンクシュートしてほしい。リターンだけでも見てくれ。たつき監督のミネラルウォーターとか内藤先生のクラフトビールとかあっからよ…。↓

https://motion-gallery.net/projects/comitia

支援は1000円からできるので、もしよければクラウドに…ファンディングしてほしい!

非営利という立場で創作者たちを守り続けてきた場所

知らない人もいるかもしれないので改めて説明すると、コミティアとはオリジナル創作物のオンリーイベントである。漫画や小説にとどまらず、曲でもアートでもアクセサリーでも、オリジナル作品ならほぼなんでも出品OK。開催は年4回で毎回3000~4000サークルが参加する。

また、東京開催とは別に「地方コミティア」も大阪、名古屋、新潟、北海道、福島、福岡の6都市で行われている。コミティアは初期創設時から地方の同人誌を東京に届けるというのを開催目的の一つとして掲げている。

関東近辺に在住する人間と地方在住の人間ではイベント参加へのハードルは全く違う。交通費や宿泊代を気にせず作品を発表でき、近隣の創作者たちとも親交が持てる場所を作ってくれているのは本当にありがたいことだ。おざなりにされがちな地方のオタクにも優しい。とにかくあらゆる創作者の味方。それがコミティアだ。

「コミケ(コミックマーケット)」が二次創作の日本最大イベントなら、「コミティア」は一次創作の日本最大のイベントだ。(当たり前だが、同人イベントの総本山であるコミケにもオリジナル創作ジャンルはもちろんある。規模も内容もめっちゃすごい)※投稿時にここに「コミケの創作ジャンルは規模はそれほど大きくない」ということを書いていたのですが、コミケの創作ジャンル数にはそぐわないのではないかという意見を見て、その通りだと思い、2020年8月28日18:35分の時点で修正し再投稿いたしました。申し訳ありません。

コミティアで生まれたオリジナル作品の二次創作でコミケに参戦した人間がやがてオリジナルを描くようになりコミティアに参戦する・・・みたいな循環はよくある話である。

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「オリジナル作品のみ」という性質から、コミティアからは多くのプロ作家が生まれている。複数の出版社へ直接作品の持ち込みができる出張編集部もあるし、即日新人賞などの漫画コンテストも開催される。編集者やプロの作家も普通に会場をウロウロしているので、商業とはかなり近い距離にあるイベントだ。この点だけで、もし無くなれば日本の創作に大損害だということは確定している。(さあ・・・クラファンしろ・・・)

だがあえて、コミティアは別に商業マンガの下位互換の場所ではないし、決して「優秀な漫画家を育成するための場所」ではないということを私は語りたい。

コミティアは「創作すること自体に最も価値がある」という場所だ。

「誰かに認められるために優劣を競う」というのは自由度がかなり低い状況だと思う。例えるなら、商業マンガが図工の課題で特定の題材を描かされている状態、コミティアは大きなスケッチブックに人目を気にせず思うままに好きなことを描いている状態とでもいおうか。漫画が巨大な一つの精神なら、コミティアは深層意識だ。

私は今までコミティアで、生々しい心がそのままぶちまかれたようなとんでもない作品を本当にたくさん見てきた。初参加したとき、誰にも頼まれてもないのにこんなすごいものを描いてて、コミティアにいるみんな、全員とんでもないバカだとおもった。そして、私もこんなバカに絶対になりたい!いや!絶対なってやるんだ!と思った。

※この「バカ」って誉め言葉ですから・・・「自分がやりたいことを誰に何と言われようが貫く人」って意味ですからね・・・(炎上回避)

この「場」が生み出す創作へのすさまじい肯定感はコミティア独特の物であり、他では味わえないものなのだ。いつも、とんでもない魂の爆発が無数に起こっている。ここでなければ生まれなかったであろう作品が数多にある。創作者にとって自由に息ができる場所、救いの場所なのだ。

あと、こういう言い方をするとちょっとあれなのだが、コミティアは商業に追い詰められた作家が逃れられる場所でもある。作品の発表場所が商業のみに限られるというのは、創作者にとって生殺与奪の権を編集者に握られているのと同じだ。心無い編集者のせいで筆を折った作家も多くいる。(後半にはグッドな編集者の事も書いてるからよろしくな)

「この作品が好きだから、もし商業でだめならコミティアに出そう」という選択肢があるだけで、気持ちの余裕が大分違う。

一つの雑誌に何年も没を食らい続けた有名な漫画家さんが、試しにコミティアに出たら超楽しすぎてバリバリに元気になって、好きな作品を思うまま描きまくって、なんなら別雑誌で商業連載も初めて、さらに既存作品がアニメ化までしちゃった・・・みたいなことも起こったりする。

コミティアとはあらゆる商業や企業からある程度距離を置きながらも、チャンスを求める物には出会いの機会を与えてきた場所であり、創作者の「ただ創りたい」という気持ちを見守ってきた場なのだ。

創作に肩書も理由も必要ない。厳しい商業に挑んだっていいし、ひたすら自分の世界をマイペースに追求したっていい。とにかく信じられないほどに濃密で自由なのだ。コミティアが無くなるのは、豊かな海が無くなるのと同じだ。

リアルイベントと同人誌印刷所の存続の重要さ

ネットには「同人誌なんて電子書籍にすればいいだろ」とか「オンラインイベントで十分」というツッコミをドヤ顔で入れている、未来見越してます俺・・・アフターコロナ生き伸びるのは自分ですわ・・・みたいなアホッピョラがよくいるけども、リアルVSバーチャルってダサいからいい加減もうやめないか…と思う。

同人誌の電子書籍化なんかKindleやBOOTHのダウンロード販売でもうとっくにやってるし、オンラインでの即売会イベントもすでに始まってる。

でも、どんなに電子媒体が発達しようと、それでもやっぱり私達は紙の本を作りたいし、リアルイベントで売りたいのだ。ものを作ったという確かな実感と、なにより締切が欲しい

紙の同人誌と電子書籍はどちらかというと比例して成長してきた分野だと思う。pixvやツイッターの普及とともにコミティアの参加者も年々増え続けており、WEBのハレの場所としての紙、という位置付けがなされていたように思う。

出版不況で簡単にコミックスが出せなくなったから、最近では電子媒体で発表した商業漫画をクラウドファンディングなどで自分で出版する作家さんも増えてきている。

リアルとオンライン、電子と紙の同人誌は、共存関係にある。別物であり、お互いに代替えはきかないのだ。

ただ、おそらく近い将来、大規模同人イベントは来客の分散を図るために現実とオンライン両方で同時開催されるようになるんじゃないかな~とは思っている。売り子の1人がVR付けてバーチャル接客して、もう片方が現実の客に接客してる未来が来るかもしれない。正直、コミティアのリアル・バーチャル同時開催ができたらそれはそれでちょっと楽しみだ。海外の人や地方民も参加しやすいし、VRアートなどの作品発表にも向いている。

とにかく、Webあるから現実の紙の本とかリアルイベント無くていいんじゃない?って問い自体が無駄だから!お前、「ヨッシャ~赤いチューリップ咲いたから、白いチューリップは抜~こう!」とかやんの?一瞬の崩壊に美を見出すタイプのサイコパスなの?抜かねーだろ?赤と白両方咲いてた方が目にも楽しいだろーが!!!咲かせろ!!両方咲かせろや花!!!!!!

ここで心配なのが、やはり同人誌印刷所の存続だ。

日本の紙媒体のオタク文化が弱体化してしまうのを「時代の流れ」だと勘違いすると、本当に将来、私たちは痛い目に合うと思う。なぜなら同人活動のないコンテンツは長続きしないからだ。安い・早い・美麗を兼ね備えた日本の歴史ある同人技術の衰退は、エンターテイメント全体の衰退に繋がっている。

WEBTOONが全盛の台湾や韓国や中国も、オタクはめちゃめちゃ紙の同人誌を作ってる。めっちゃ箔押しとかやってる。めっちゃFE風花雪月の同人誌作ってる。どれだけ電子が普及しても、みんなやっぱり、最終的には紙が好きなのだ。もはや同人は日本の専売特許ではない。

私は海外のマンガが大好きだが、同人誌への熱意だけは海外に負けたくない。

半年前の疫病禍の始まりから、泥ガメのように融通も機転も利かない日本に対して、深い絶望を感じている人も多いと思う。とにかく腰が重い。遅い。

だが日本の長所には「腰は重いけど、一回始めたらとにかく長く続ける」というものもあるのだ。

歴史とノウハウの積み重なった日本の優良な同人誌印刷所は、まさにその長所の最たるものだ。

せっかく積み重ねてきたジャパンの利点、みすみす消してどーすんだ!?短所しか残らね~だろうが~~~~!!!

つづけようや~~~~~!!!

守りてえ~~~~~~~~!!!!

日本がんばろうや~~~~~~~!!!!!

リアルイベントも印刷所も、あらゆるオタク文化の根幹を支えてきた存在だ。

いままで我々の欲望を応援してくれてた人たちが大ピンチなのに何もしない・・・!

それは出来上がったぽたぽた焼きだけ大切にして、肝心のおばあちゃんを大切にしないことと同じなのだ!大切にしろっ!知恵袋!!

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守りたい、この笑顔。(この写真のためだけに買った)

大量に同人誌が発行されるコミティアの存続は、同人誌印刷所の存続に繋がっている。

ちなみに各同人誌印刷所は特別豪華本とか出したりしてるので、皆よければ買おうね。支援になるし見てて楽しいしさ。頼むでホンマ…。まだ印刷やったことない人は、これを機会に刷ってみんしゃい。

コミティアで一番価値のあるもの

コミティアでもっとも価値がある存在とは、実はお客(一般参加者)である。

買いたい本がはっきりしている二次創作同人イベントと違い、コミティアは並んでいる作品の内容がほぼ未知である。なんせオリジナルオンリーだ。そんなところへわざわざカタログを買ってまで来る人達は、創作物に対して超どん欲である。

コミティアは「能動的な読者」が多く集まる場所なのだ。

サークル参加者はコミティアの一般参加者に対して「多少難解な内容でもキャッチしてくれるだろう」という強い信頼を持っている。

さらに、大会の後にはサークルが提出した新刊を自由に閲覧できる「見本誌読書会」もあるし、

https://www.comitia.co.jp/html/reading.html

コミティアのカタログであるティアズマガジンにはその時々の注目作を取り上げるPush&Reviewというコーナーもある。

https://www.comitia.co.jp/history/

とにかくコミティアに参加し、見本誌を提出さえすれば「玄人マンガ読み集団」がどこかで自分の本を見てくれるチャンスがかなりあるのだ。

「自分の作品を真面目に読んでくれる人がいる」というのが創作者にとってどれだけ救いかというのは「自分の作品など誰も読まないだろう」と一度でも悩んだ人なら絶対にわかってくれると思う。

「多くの読み手が集まる場所がある」ことは日本の創作界において、何よりも強力なアドバンテージだ。そしてこの研ぎ澄まされた参加者たちは、一朝一夕のものではなく、長い長い日本の漫画文化が培ってきた存在なのである。

この「なんか読みたいぜ軍団」を集める場所を、決して失ってはならない。

この世界を撃ち抜く作品が生まれる場所

いわずもがな、コミティアは今まで数々の素晴らしい作品を生み出してきた。「魔法使いの嫁」「亜人ちゃんは語りたい」「蟲籠のカガステル」など、数え上げたら本当にキリがない。(蟲籠のカガステルはweb漫画の先駆けでもある。)

そんなラインナップの中で、私は道草晴子さんの著作「みちくさ日記」を取り上げたい。


この本は、13歳でちばてつや賞を受賞する漫画の天才だったにもかかわらず、発達障害を精神病と誤診された著者が精神病院で過ごした日々などを描いたエッセイ漫画である。2014年のコミティアの出張編集部に持ち込まれ、その原稿を見たトーチweb編集部によって即単行本化が決定した。(私の記憶が確かなら即日決定だったと思うのだが・・・違ったら教えてください)

この作品は日本中で幅広く読まれ、「発達障害」というものが一般に正しく理解される重要な礎となった。これを読んで自分や家族が発達障害だと気づいた人も多いんじゃないかと思う。

「みちくさ日記」は一見すると絵が荒く、トーチwebのようにアート感度が高く、扱う題材に対して肝が座った編集部でなければ、見つけられなかったかもしれない。

コミティアという漫画濃度の高い場所が存在しなければ、この本は出なかったかもしれないのだ。

そうしたら、もしかしたら今もあなたの身の回りの誰かが間違った治療を受け続けていたかも知れない。

一人の女性の「私はこんなふうに生きてきた」という静かな叫びが、コミティアという場所を通して気骨のある編集部に伝わり、確かにこの世界を少し変えたのだ。
なんというスピード&パンク。

砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けないけど、コミティア発の弾丸は世間に風穴を開けたのだ。

な…なんというパンクな場所なんだ…!参加者皆オタクなのに・・・とんだヒップホップだぜ!!!

(さあ…クラファンしろ…)

コミティアがコミティアのままじゃなきゃいけない理由

コミティア代表・中村公彦氏の著作で「ティアズマガジンのごあいさつ 総集編」という本がある。

コミティアのカタログであるティアマガの巻頭コラムを1984年~2012年までまとめたものである。その時その時の世相や創作界隈の出来事と共に、運営が創作イベントの意義を絶えず試行錯誤していることが窺える、ちょっとした日本漫画の叙事詩みたいな本である。第17回文化庁メディア芸術祭功労賞受賞作品でもある。

てぃああいさつ

この本の中に、次のようなエピソードがある。

以下抜粋。

「コミティアは、コミケットの中の非パロディサークルだけを抜き出したものか?」という問いには、以前「コミティアはコミケットという巨大なパイの一切れではなく、小さくても美味しいケーキになりたい」と言いました。(「私たちはいつから小麦粉になった」と怒って来なくなったサークルの方もいらっしゃいましたが)それが実現したかどうかを判断するのは、やはり私たち主催者側ではなく、実際に足を運んでくれる一般参加者(読者)ではないかと思います。

「ティアズマガジンのごあいさつ 総集編」68P COMITIA51巻頭挨拶文より ※コミケット=コミケ

私はこの「いつから小麦粉になったのだ」と怒ったサークルの気持ちがめちゃくちゃよくわかる。怒りの言葉ではあるが、間違いなくコミティアという場所が好きだったから出たセリフである。コミティアという場所をよく表わしている言葉だな〜と思う。

最初の方でも書いたが、コミティアの本質は「ただ創作するだけで価値がある」というものだ。

私たちは別にケーキを目指さなくていいのだ。もちろん自分がやりたいなら個人で目指してもいい。だって自由だから。

すべての参加者が自由であるために、場所としてのハッキリとした目標がないのが目標。それがコミティアなのだ。(私の独断と偏見)

これって、すごく難しい。つねにバランスをとりながら場を保たなきゃいけない。自由はいつもハイコストだ。

「もしコミティアが無くなっても、COVID19のほとぼりが冷めたらまた似たようなイベントやるだろ」という呟きをネットで見た。

もしコミティアが無くなれば、その後に開かれるコミティア(の後継イベント)は今の運営とは別の人たちだろう。その人たちがきちんと創作を愛する有志ならまだいいが、もし出版社やイベント会社などが主催になった場合、その場所は「利益を生み出すための場所」になってしまう。

出版社主催なら「新人発掘のためのオーディション会場」。イベント会社なら「同人誌販売を通じて物販販売や集客を目指す」場所になってしまうだろう。それはもうコミティアじゃないし、コミティアの後継イベントとしても到底なり得ない。

「創作することの意義とは?」について悩み続けてきたのは、作家だけではなくコミティア運営側も同じだ。たまたま創作漫画を35年も見守ってくれた人が、今もずっと長になってくれている。そのおかげでこの自由で熱量のある空間が成立しているのだ。

一回無くなったらもうこんな奇跡は無理だ。頼む皆、ありがたみに気付いてくれ…。

私は、この「利益が無くても誰でも創作していい」というイベントを守れるかどうかは、割と真剣に我々の未来を左右すると思っている。このイベントの理念は突き詰めれば、「特に理由や利益なんてなくったって、君は生きてていいんだよ」という事でもあるのだと、勝手に思っている。

今現在、最も利益にしやすい書籍とは残念ながら、差別やデマだ。

私のところにも「内容はどうでも良いからセンセーショナルなタイトルをつけて速攻で売る。内容への責任は取らない。」というスタンスのやばいタイプの無責任編集集団から連絡が来たことがある。

「利益最重視、無駄なものの排除」ってもののクソさ、駄目さ、恐ろしさを私たちはまさに今、ビシバシに痛感しているはずだ。

そういうものと対抗するためにも、私はこの場所を死守したい。

好きなことを表現するのに理由はいらないが、場所は必要なのだ。

不要不急上等。不要なものばかりのこのイベントを、私は絶対に守りたいと思う。すくなくとも私の人生にはこの不要不急が絶対に必要だ。

創作同人誌イベントは私たちの心に冷静に光を当てる大切な場所だということ

私は人間の恐ろしい欲望とか、人を差別する気持ちとか、弱さとか、そういうものは基本的になくならないと思っている。「こんな気持ちは恥ずかしいし駄目だから無くそう」って人は、はたからどんなにまともに見えてもものすごい歪む。そしてその歪みに耐えきれず、いずれ他の誰かも同じように歪ませようとするのだ。


そんな風になってしまうよりも「俺、こんな恥ずかしいものが好きなんだな」とか、「私はこの恐ろしい気持ちがどうしても消せないんだ」とか、創作で自分の心を形にして自覚して、その上で己を制御した方がずっといいんじゃないかと思っている。

一般には見せられない過激な描写、取り扱いが難しいテーマの作品。そういったもののテスト的な発表場所として応えてきたのもやはり同人誌イベントだ。商業誌で「公序良俗に反する」と判断された没作品をコミティアで発表する作家も多くいる。

センシティブな内容を取り扱う時、どうしても一般に見せるには問題のある表現というものは存在する。特に倫理や道徳では簡単にジャッジできないような複雑な物事の核心に迫るとき、それは避けられない。

インターネットでそういう作品を無制限に発表できる場所を作るのは、今のところ不可能だと思う。もはや鉄火場と化したツイッターではもちろん無理。ある程度の閲覧制限がかけられるpixvなどのソーシャルコミュニティも「拡散しやすい」「誰が見るのかわからない」という点では完全に安全とは言えない。

コミティアのような「容易に拡散されない」「安心して発表できる」という安全地帯は絶対に必要なのだ。

表現への規制が厳しく、冷静な議論も中々難しい今、人目を気にせず自由に作品を発表できる場所を失うのは、マジでやばいと思う。

(なお昨今の規制強化に関しては、表現の自由って言葉を都合よく使ってきた人達のツケが回ってきたな・・・と思ってます。)

今は全世界総オタク時代。海外のオタクも、二次創作・オリジナルで同人作品を多く発表している。それでも、やっぱり物を自由に発表できる国ってすごく少ない。その国々で宗教とか政治の問題もあるし、オタク文化が輸入されてからの歴史がまだ浅いから上の世代にアニメやゲームに理解のある人間が少ない。アニメ絵を描いてるだけでいじめられる国の方が、まだ全然多い。コミケに来ている海外のオタクが「オタク隠さなくていいからめっちゃ楽」みたいな顔をしているのを見ると、ちょっと嬉しい。

私がコミティアに参加して一番強く思ったのが、「こんなわけわからんトンデモ自由空間を何十年も続けてきた運営もサークルも一般参加者も一体何なんだ・・・!?夢か・・・!??」だった。

世界中の国にコミティアが一個ずつあったら、かなり戦争とか減るんじゃないの?と真剣に思った。

コミティアがあれば、参加者たちは物語を通じて様々なことを自由に、真剣に、本音で話し合うことが出来るからだ。


そのしょうもない欲望を絶対に手放すな

疫病の終息は来年と予想されているが、この先私たちは様々な厳しい状況に直面するだろう。何か娯楽を楽しむたびに「こんな大変なのにそんなことしている場合なの?」という声が多く聞かれるようになるだろう。

してる場合だとおもう。

初回限定買いたいとかBL好きとかイケメンを描けるようになりてえよとか聖地巡礼して美味しいもの食べたいとか同人誌にホログラム加工したいとか、それが本当の人生だと思う。

人はしょうもないものでしか心を癒せない。でも、誰かを傷付けたりさえしなければ、どんなにしょうもないものも、美しいものも、おぞましいものも、この世に存在していいのだ。

そんな本当の我々の心を、非常に低いハードルでさらけ出せる場所。そしてその心を必要としてくれる人が多数集まる場所。

それがコミティアなのだ!!

これを書いている私が一次創作を中心にした活動をしているため、コミティアを中心に言及させて貰ったけれども、コミケ、スパーク、コミックシティ、文学フリマ、技術書典、赤ブー、J.GARDEN、その他オンリーイベント等全て、奇跡のような場所だ。

安価で良質な同人誌を極道入稿で作ってくれる印刷所も、同人誌を流通させてくれているメロンブックスやとらのあななどの同人書店も、全て奇跡である。そして、それは昨日今日でできたものじゃない。

いまよりずっとオタクに厳しかった時代に、創作の場所を生み出し、守り続けてくれた人たちがいたから今があることを忘れてはならない。

「あそこに行けば何かに出会える」って場所がたくさんあるって本当に貴重だ。本当に本当にこれだけは、日本はマジ誇っていいと思う。私たちはこの欲望の場所を手放してはならない。同人のない世界なんて悟空たちが出なくなったあとの天下一武道会。消化試合だ。

同人誌イベントは、本来なら空気の読めないオタク達が尖りまくった作品を生き延びさせるために一生懸命空気を読みまくって考えて考えて作り上げてきた「ルールを厳守した自由な場所」だ。これから色々時代に合わせて進化し、変わり続けていくだろう。

同人イベントとはオタク界のサグラダ・ファミリアなのだ。したがってコミティアも世界文化遺産に匹敵する存在なのである。(私の中では)


私が最初に刷った同人誌は10部だった。コミティア114に出品した。描いたのは最初についた商業雑誌の担当編集者に、提出して25秒くらいで没にされたSF漫画のネームだった。

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そのときに言われた言葉。

出た理由は、私が抱える大量の没ネームを見た当時の商業連載の担当だったスクエニの編集さんからの「コミティアに出せばいいんじゃないか」という助言だった。お情けで買いに来てくれると言うから「読んでくれる人が一人でもいるなら描くか・・・」と思い、仕事と並行してペン入れして描き上げ、出すことにしたのだ。

その最初の同人誌を、たまたまブースの前を通りかかったある一人のおじさんが買ってくれた。私は「ひやかしか同情で買ってくれたのだろうか・・・まあきっとちゃんと読んでくれないんだろうな~」と思っていた。だが、そのおじさんはその後、ティアズマガジンのプッシュ&レビューに手書きのイラストを添えた感想ハガキを送って、私の作品をプッシュしてくれたのだ。

そのおかげかその本は次の回のティアマガにピックアップ作品として掲載され、参加するたびにだんだん売れるようになった。

それまで読む人が二人とか(っつーか編集者と編集長だけ)だった作品に読者がつくのに驚いた私は、没ネームをコミティアにどんどん出すようになった。

おじさんは毎回ブースに来て新刊を買ってくれた。

内容がひどすぎる、こんなものを書くやつはクズだと編集長を激怒させたネームを出品した時には、売り子をしてくれていた友人に「もしかしたらコミティアの人に怒られるかもしれないから、その時は本を持って一緒に逃げてくれないだろうか?」とお願いしたこともある。でも、追い出されなかった。その作品はコミティアに出した中で一番高く評価された。ちなみに友達からは「いきなりルパンみたいなこと頼んでくるなよ」と言われた。

そこからティアマガに特集紹介してもらったり、売り切れた既刊はpixvやツイッターにアップしたりして、かつて某青年誌の編集にパラ読み&秒で捨てられたネーム達は、結果的にその雑誌の発行部数よりもずっと多くの人に読んでもらうことが出来た。真剣な感想もたくさんもらえた。

コミティアが無かったら間違いなく闇に消えていた漫画たちである。

「どうしてこんな価値のない、変なものばかり描くのか。どうしてみんなと同じような漫画が描けないのか。どうして言われた通りの漫画が描けないのか」と編集者に言われ続けた私にとって、「変な漫画を面白がってくれる人がたくさんいる」というコミティアは驚天動地の場所だった。

おそらくSFファンと思しき男性に「きみの描く漫画はめちゃくちゃだな~!!」と嬉しそうに言われた時のことは忘れられない。

同じセリフを編集者に吐き捨てるように言われたことがあったからだ。

めちゃくちゃなのが喜ばれる日が来ると思っていなかった。

私が描く理由はここにあるじゃないかと思った。コミティアという選択肢がいつでもすぐそばにある関東近辺在住の人を少し憎んだくらいだった。

それを期に、こんな無駄な漫画を描くな、という馬鹿馬鹿しい呪いから解放された。

漫画を描くのは楽しいんだから無駄な漫画なんかこの世に存在するわけないだろ!!

最初に私の同人誌を買ってくれたそのおじさんは、ネットをやっていない。コミティアでしか会えない。私の新刊をまたあのおじさんに買ってもらうには、コミティアが絶対に必要なのだ。

私がコミティアに課金する理由はそれで十分だ。

今もどこかに、かつての私のように「誰が読むんだこんな漫画」と自分の作品を前に無力感に打ちひしがれている人がいると思う。私はその人のためにも、コミティアを残したい。自分の分身を救いたいと思う。

巷では「失われた20年」とかやたらと言われてるけれど、少なくとも今日のいままで私たちが愛してきたものは、絶対に無価値じゃない。コミティアはその証拠だ。約35年、本当に多くの作品と、感想を生み出し続けてきたのだ。

ずっと支え続けてきた運営の皆様、ボランティアの方々、参加者全員に、深く頭を下げたい。なんなら、ぽたぽた焼きを贈りたい。

・・・と、いうわけで今を生き延びて、未来に課金しようぜ!!

https://motion-gallery.net/projects/comitia/collectors

てか、普通にコミティアのクラファン・・・!リターンめっちゃほしいんですけど・・・!!?

ここまで読んでくれてあざます。文章下手でソーリー&ソーリー。

全部よんでくれた、きみはいいやつ。

ではでは!コミティアでまた会おう。




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