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『詩歌の卵』(浮遊式鶏卵輸送法)

砂利道を全力で漕ぐ前カゴの卵パックを宙に浮かべて

 自転車で行った買い物の帰り道で、パック入りの生卵が割れてしまうことがたまにある。

安売りの卵は必然的に容器も安物だから仕方がない。

仕方がないのだが、今は夏だ。

夏だから熱気に直に触れた生卵は、すぐに腐ってしまう。

腐ってしまうのはつらいから、割れた生卵をその場で飲む。

一個ならいいのだが三、四個割れるとさすがにきつい。

 卵が割れてしまうことが一番多いのは、緩衝となる食材を一緒に買わなかった時だ。

卵だけしか買わなかった場合などは、ガタゴト道を走る自転車の前カゴの中で暴れ放題だ。

いくら注意しても彼らが大人しくなることはない。

何故なら卵だからだ。

涼しい家へと急げば、彼らは割れる。

炎天下でゆっくり漕いでも、彼らは腐る。

彼らは傷みやすいのだ。

卵は、その傷みやすさゆえに歌人に寵愛され、読者に愛誦され続けているのだろう。

そんな彼らをひとつも傷つけることなく運ぶ方法を考案したので、本当はあまり教えたくなかったのだが、この隠しポケットに入れて、noteの読者の方にだけ文末で公開しようと思う。

突風に生卵割れ、かつてかく撃ちぬかれたる兵士の眼 
(塚本邦雄)

てのひらに卵をうけたところからひずみはじめる星の重力
(佐藤弓生)

ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は
(穂村弘)

殻うすき鶏卵を陽に透かし内より吾を責むるもの何
(松田さえ子)

おつかいのたまご落とした二個われた残り八個はジャスコに投げた
(蓮沼美瑠)

取り落とし床に割れたる鶏卵を拭きつつなぜか湧く涙あり 
(道浦母都子)

覚えなき卵パックを手にとりて記憶の井戸の淵にたたずむ
(青山みのり)

中指の汚らわしさに行き着いて卵パックをそで潰したり
(南 骸骨)

女学生 卵を抱けりその殻のうすくれなゐの悲劇を忘れ
(黒瀬珂瀾)

『傷つけたひとにはきっと名文を生んでくれない詩歌の卵』

自転車の前カゴに入れた卵が割れないように運ぶ方法
↓↓↓

このようにレジ袋の持ち手をサイズに合わせて前カゴの左右もしくは前後の上部に結びます。
強く張ることによって車体がどんなに揺れても卵パックは前カゴの底はもちろん、どの側面にも当たることなく安全に運ぶことができるのです。

一粒の卵のような一日をわがふところに温めている
(山崎方代)

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