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プロ熱波師の熱波を浴びて、少年はサウナで紳士になった

日曜日の新橋は嘘みたいに静まり返っていた。12時。ランチに急ぐサラリーマンもいなければ、電話をかけながら営業に走り回るサラーマンもいない。僕はそんな週末のオフィス街の静寂が好きだ。人類が滅びてしまったかのようなディストピア感が味わえる。

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この日僕が新橋に降り立った理由はサウナだ。それもただサウナに入るだけじゃない。プロ熱波師の熱波を浴びに来たのである。

始まりは友達から来たLINEだった。彼は僕を人生初のサウナに連れていき、サウナにどハマりさせた張本人だ。


「プロ熱波師井上さんの熱波を浴びないか?」

プロ熱波師?初めて聞いた言葉に戸惑う僕に、彼は一通の記事を送ってきた。

「泣き叫ぶ母と父を下ろして……」イジメ、父からの暴力、闇金、そして....

どう考えてもサウナ記事のタイトルではない。何だこの情報量は。

しかし黙って読み進めていくうちに彼が会いたいと話すプロ熱波師井上さんのサウナへの情熱が伝わってきた。貧しい家に生まれた井上さんは毎晩お風呂屋さんに通っており、そこでヤクザの親分にサウナのいろはを教えてもらった。その後過酷なイジメ、父親の暴力に耐えながら体を鍛えることに目覚め、いつしか格闘技の道へ。そしてプロレスラーになった井上さんは父親の自殺、闇金への借金など次々に襲いかかる試練を乗り越え、プロ熱波師になった。

ここまで読み、井上さんの壮絶な人生に尊敬の意を表すると同時に、僕には少し心配なことがあった。僕のようなサウナ素人が行ったところで何か粗相をしてしまい、井上さんにブン殴られたりはしないかと。

記事にある通り、井上さんは本気でサウナと向き合っている。井上さんの通り名は「サウナそのもの」。

そんな「サウナの化身」にまだ20そこらの若造が挑んだところで、「サウナをナメるな!」と殴られるんじゃないかと内心ビクビクしていた。しかし友人はこう言った。

「サウナに上も下も、素人も玄人もないっすよ!サウナに入ればどんな人でも裸身一つの人間なんすから!」

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そうだ。サウナの中では、誰もが裸。おっさんも、若者も、みんな裸だ。そこには年齢も上下関係も経験値も関係ない。ありのままの姿で、サウナを感じればいい。それだけだ。

よし、行くか。

そして日曜日、透き通った気持ちの良い秋空を称える新橋に僕は降り立った。

今回プロ熱波師井上さんが熱波を送るのはこちらのアスティル。烏森口から歩いて1分の駅近にある。シンプルだが落ち着ける装いだ。

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このアスティルではイベントが頻繁に行われており、その一つが井上さんのロウリュイベントだった。僕らは13時の回に間に合うように12時過ぎにサウナに入った。

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ロウリュとは熱されたサウナ石に水をかけ高温の蒸気を発生させることだ。そしてその立ち上った蒸気をプロ熱波師井上さんが仰いで熱波として僕らに送り込む。一体、井上さんはどんな熱波を感じさせてくれるのだろうか。

13時までの間、僕は友達とアスティルのサウナを楽しんだ。アスティルにはドライサウナとスチームサウナがある。まずはドライサウナで高温に体を慣らす。軽めの5分でサウナを出て、水風呂へ。アスティルの水風呂は滝のように石から冷水が流れている。心地よく体を冷やし、椅子に座ってボーッとする感覚を楽しむ。

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【ドライサウナ(アスティルホームページより)】

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【スチームサウナ(アスティルホームページより)】

このあたりから人がだんだんと増えてきた。時刻は12時40分。みな井上さんの熱波を目当てに来た男たちだ。お風呂やサウナの中では誰も言葉を発しない。しかし言葉はなくとも、目つきで分かる。彼らはプロの熱波を浴びるため、わざわざ日曜日に新橋まで足を運んでいる猛者なのだ。何としても熱波を浴びたい。そんな思いが、彼らの熱い眼差しから感じ取れた。

続いてスチームサウナで体を温め、再び水風呂に入り椅子に座った。すると、にわかにサウナが騒がしくなった。時刻は12時50分。井上さんの熱波まであと10分。ここから攻防戦が始まった。サウナの定員は20名程度。温度が下がるのを防ぐため、井上さんのロウリュイベントは途中から入ることはできない。つまり熱波を浴びるためには井上さんの登場時点でサウナの中にいる必要がある。

そのためには少し早い時間からサウナに入る必要があるのだが、このタイミングが難しい。入るのが早すぎると井上さんの登場前に仕上がってしまい、熱波を浴びる前にリタリアすることになる。逆に遅ければサウナに入るチャンスを逃してしまう。

すでにサウナの前には人だかりが。全裸のおっさんたちが背伸びをしながらサウナを覗いている。その数、優に10人超。裸のおっさんたちが中を覗き込む姿は、まさに進撃の巨人のワンシーンだった。

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まずい、このままでは中に入れない。


「今だ。行くぞ。」

突然、隣に座っていた友達が立ち上がり、サウナへ向かって歩き出した。13時まであと7分。時間まで耐えられるか微妙な時間だ。しかし入るなら今しかない。彼に率いられるまま僕は手持ちのタオルをさっと頭に巻いた。中を覗くおっさんたちを尻目に、サウナのドアを開ける。すでに空きは少ない。が、どうにか席を見つけ座る。あとは井上さんの登場を待つだけ。時間との勝負だ。

1分、また1分と時が経ち、約束の13時が近づいてくる。幸いサウナの入り口付近に座っており、人の出入りが激しかったため定期的に外の冷気を浴びることができ、おかげで体温が上がりすぎることはなかった。

次々にサウナに入ってくるお客さんたち。すでにサウナはパンパンだ。隣に座るおっさんと肌が触れ合うくらい距離が近い。みな井上さんの熱波のためにここまで来たのだ。熱波を浴びずしては帰れない。サウナの外には隙あれば中に入ろうと待ち構える男たちの姿が。

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ここで負けてたまるか。覚悟を決めた男たちの表情は、まさに真剣そのものだった。

そして13時。ついに井上さんが現れる。スタッフさんの手でゆっくりと開かれだドアから顔を出したのは......プロレスラーの格好をした井上さんだった。

真っ赤なプロレスのコスチュームに身を包んだ井上さん。90度を超えるサウナにも関わらず、赤いタオルで顔をグルグルに巻いている。そして手には大きな真紅のバスタオルが。これで熱波を送るのだ。


「......腹減ってる?」

これが井上さんの第一声だった。

(腹が減ってるか......だと......?)

そんなこと、この熱いサウナで考えたこともなかった。減ってるといえば減ってるかもしれないし、減ってないと言われれば減ってない気もする。

「......腹減ってるか?」

ひたすら腹減ってるかと一人ひとりに聞いて回る井上さん。「大丈夫っす」と答えるお客さんたち。”サウナそのもの”である井上さんは絞り出すような声で我々に空腹具合を問いかける。その真意は一体何なのか、全く分からない。灼熱のサウナで僕の思考はすでに止まっていた。

考えるな。感じろ。熱波を浴びるその瞬間のために、僕はひたすら耐えた。

「......皆さん、アスティルへようこそ」

顔に巻いたタオルの奥から井上さんのガミガミになった声が聞こえた。さすが元プロレスラー、ラリアットを喰らいまくって喉が潰れているのかもしれない。


「......これからロウリュを始めます。」


ついに......


「......ロウリュとは、神聖なるサウナの儀式です。熱波で日々の邪念を追い払いましょう。」


熱波が......


「......ところでそこのサウナ紳士の方、無理はしないで。」


......来ないッ!!!

これも演出なのだろうか。井上さん、なかなか熱波を送らない!何という焦らしプレイ!このときすでに13時5分。サウナに入ってから10分は経過していた。かなり限界が近づいている。頼む!井上さん!僕に!熱波を!早く!

「......では前置きはここまでにして、ロウリュ、行きますか。」

「......では皆さん、神聖なるロウリュに念を送りましょう。」

すると井上さんは奇妙な”舞”を踊り出した。


「ねぇ、ねぇ、ねぇ。ぱぁ、ぱぁ、ぱぁ。」

「ねぇ、ねぇ、ねぇ。ぱぁ、ぱぁ、ぱぁ。」

「ねぇ、ねぇ、ねぇ。ぱぁ、ぱぁ、ぱぁ。」


......熱波。なんと、井上さんは熱波に祈りを捧げていたのだ。

「......まだまだ念が足りません。サウナ紳士の皆さん。もう一息。」

念とは何なのだろうか。一体どうすればいいのか分からない。体も限界に近い。しかし今出ることはできない。

(お願いです。僕に熱波をください。)

ありったけの気力を振り絞り、僕は念を送った。

(......ねぇ、ねぇ、ねぇ。ぱぁ、ぱぁ、ぱぁ。)

目を閉じながら、ありったけの力を振り絞って心で念じる。


「......念が集まってきました。では行きましょう。」

そしてついにアシスタントのスタッフさんがサウナ石にアロマ水をかける。既にスタッフさんのシャツは汗でビッショビショだ。

アロマ水がかかった瞬間、「ジュジュワワーッ!!!」という轟音とともに、極限まで熱された蒸気がサウナに広まる。

(キタキタキタキタ!)

「......では参りましょう。」

次の瞬間、井上さんは持っていた巨大な真紅のバスタオルを頭上にかかげ、サッカー選手がスローインをする動きでブウォワッ!!!っと風を仰いだ。


(......ングオオオオ!!!)

息ができないくらいの熱い空気が、顔面を殴った。熱波を感じた、なんて生優しいもんじゃない。これは殴打だ。僕は今、熱波に顔をブン殴られている。


「......まだまだいきます。」

ブウォワッ!!!

井上さんが振りかぶると、サウナ中の蒸気が彼のタオルに集中する。そして溜まった蒸気を一気に解き放つ。まさに必殺技。凝縮された蒸気は熱波の塊となり、男たちに襲いかかる。それは気体を越えた何かだった。僕らが送った念が、熱波を越え、熱の塊となって全身を包み込んでいく。

滝のように流れる汗。あまりの高温に鼻で空気を吸えば鼻腔が、口で吸えば喉が焼けるように痛い。これだ。僕は、これを求めて、今日この場所に来たんだ。

このとき、既にサウナに入って15分が経過していた。持てる力を全て出し切り、流せる汗は全て流した。......よし、出よう。

席を立つと、井上さんが僕に一言。

「賢明なサウナ紳士に、拍手を。」

パチパチパチ。まさかサウナで拍手をもらえるなんて。賢明なサウナ紳士......いい響きだ。サウナに素人も玄人も関係ない。サウナを愛する心があれば、誰もがサウナ紳士になれるんだ。

グルグルに巻いたタオルから少し覗いた井上さんの目を真っ直ぐに見つめ、僕は一礼してサウナを出た。

シャワーで汗を流し、水風呂へ。30秒浸かって、椅子に座る。

サウナから聞こえる井上さんの声に耳を傾けながら、僕は椅子に体を預けた。

まるで新しい命が体に宿ったかのように、僕の中に、僕とは別の熱源があった。そいつはどくどくと脈を打ちながら、確かに僕の中に生きていた。まるで井上さんのサウナ魂が僕に乗り移ったかのようだった。

日曜日の昼下がり。プロ熱波師の熱波を浴び、少年は紳士になった。今も体に宿る熱波師のサウナ魂を胸に、紳士は今日もサウナへ向かう。

それでは素敵な1日を。


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最強になるために生きています。大学4年生です。年間400万PVのブログからnoteに移行しました。InstagramもTwitterも毎日更新中!