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レクイエム・フォー・DX

長い文章になるので、最初にこのNoteで書いている主張の意訳を書く。DXなんて抽象的な言葉に置き換えているけど、DXDX言っている奴らの言いたいことなんてIT使って大儲けしたいってことだ。IT使って大儲けしたいなら、組織構造を見直せ。組織構造はチーム間依頼のリードタイムが最短で実現できるように設計しとけ。以上。

定義

真面目にDXについて考えてみようとするがDXはバズりにバズりまくって何を指すのかがわからないミーム的言葉になってきている。やれITの有効活用だの、AIで業務改善だの。わけがわからなくなってきた時の基本は、根本に立ち戻ることだ。ということで、DXの定義について調べてみた。経済産業省やIDC JAPANなどで定義されているが、そもそもの提唱者エリック・ストルターマンの論文に記載されている内容を見てみた。

The digital transformation can be understood as the changes that the digital technology causes or influences in all aspects of human life.
https://www8.informatik.umu.se/~acroon/Publikationer%20Anna/Stolterman.pdf

この内容をざっくし訳すと「デジタルテクノロジーが人々の生活をあらゆる面で変化させる 」ということだけだ。つまり、DXとは「状況の予測」でしかない。

ミーム化したDX

DXとはただの状況の予測でしかない。それがこれほどまでに広がったことは、GAFAやBATHなど注目される企業がすべてデジタルテクノロジーで成功してきたことが原因だ。つまり、世間ではDXが「状況の予測」から「デジタルテクノロジーによる経済的成功」に置き換えられている。そうして置き換えられたDXの意義とは「デジタルテクノロジーを活用することで、GAFAやBATHのように経済的に成功することを目指す」ということだ。

生存バイアスのDX推進

GAFAやBATHは確かにデジタルテクノロジーを活用することで、大きく成長している。だが、デジタルテクノロジーを活用して失敗した企業も多いことがDXという言葉を使う時に忘れられている。DX本来の意味は、ただデジタルテクノロジーが人々の生活を変化させるということだ。変化にはいい変化もあれば悪い変化もある。いい変化を呼び起こした企業が生き残り、悪い変化を起こした企業は人知れず消えている。つまり、デジタルテクノロジーを活用したところで、消える企業は消える。定義としてのDXは経済的成功と因果関係のないものなのに、DXすることがGAFAやBATHのような成功につながるといった考えが蔓延している。

DX推進に隠されていること

元来の定義からずれているにもかかわらずDXがバズっているのは、DXが企業が持つそもそもの悩みに対する銀の弾丸に見えているからに他ならない。企業が持つそもそもの悩みとは「現在の状況でどう成長するか」だ。現在の状況とは、デジタルテクノロジーが普及し、企業活動を含めたすべての人の生活で不可欠なものになっているということだ。この状況下でどう成長戦略を進めるかということが、DX推進という言葉に隠された意味だ。つまり、DX推進します!DX実現します!のような企業や担当者の発言は、デジタルテクノロジーを活用し成長する方法を知りたい!という叫びでしかない。

失敗するDX推進

デジタルテクノロジーに力を入れているのに失敗をしている企業として、みずほ銀行が頭に浮かぶ。私見では、みずほ銀行の障害多発の原因は、‎第一勧業銀行・日本興業銀行・‎富士銀行の三行合併時にシステムを統合するのではなく、それぞれのシステムの連携させたことだ。つまり、組織構造がそのままシステム化された歪みが問題となっている。
システム統合の様な保守的な側面にしか力を入れてなかったのではないかとも考えたが、簡単にGoogle検索をしてすぐにService Now の導入ニュースなどが見つかったことからデジタルテクノロジー導入にもそれ相応に力をいれていたと考えて良さそうだ。それにもかかわらず、障害が止まらない状況だ。
みずほ銀行の失敗とGAFA・BATHの成長から見えてくることがある。それは、現代においてデジタルテクノロジーの活用を進めることは、成長の必要条件だが十分条件ではないということだ。

ここまでのまとめ

DXとはそもそも、デジタルテクノロジーが人の生活を変えるという状況の予想であったが、デジタルテクノロジーを活用して経済的成功を目指す標語になっている。しかし、デジタルテクノロジーの活用はそもそも経済的成功と因果関係にない。
この事実があるにもかかわらず、企業は経済成長をする必要があるため、現代社会で必要不可欠となったデジタルテクノロジーを活用していく必要がある。デジタルテクノロジーの活用を進めたにもかかわらず失敗した事例をみるに、デジタルテクノロジー活用を成功に結びつけるためには、組織構造・組織間コミュニケーションを無視することはできない。

成功するために

現代社会においては、デジタルテクノロジーを無視して経済活動をすることはもはや不可能だ。しかし、デジタルテクノロジーの活用は成功に結びつくことも、失敗に結びつくこともある。というか、そもそも因果関係にない。では、どうすれば成功に結びつけられるのか。単純に多くの試行錯誤をして、失敗と成功を繰り返すしかないであろう。ここで求められるのは、失敗と成功をいかに素早く繰り返すことだ。

方法はあるが実践はできず

成功と失敗を素早く繰り返す。おそらく多くの人たちはこの実践手法を色々と知っているだろう。リーン、アジャイル、スクラム、デザイン思考などなど。しかし、これらの手法を取り入れようとしてどれだけ失敗してきた例があることか。この成功と失敗を素早く繰り返す手法の導入を阻害する要因はコンウェイの法則に他ならない。

コンウェイの法則

コンウェイの法則は、メルヴィン・コンウェイが1967年に提唱した。

Any organization that designs a system (defined more broadly here than just information systems) will inevitably produce a design whose structure is a copy of the organization's communication structure.
http://www.melconway.com/Home/Committees_Paper.html

ざっくり訳すと、組織の設計するシステムはその組織のコミュニケーション構造をそのまま反映した設計になってしまう、という内容だ。ここでいうシステムは情報システムより広範囲のものをさすと記載がある。私見では、システムというものに組織のプロセスも含まれると考えている。

例えば、事務用品の購入について考えてみる。
Amazonの様に企業で事務用品を社内のWebサイトから注文できる様なシステムはわかりやすい情報システムだ。利用者から見れば社内サイトでの注文もAmazonでの注文もポチッと発注したら品物が届く点で大きな差はない様に見える。大きな違いは、社内Webサイトでは注文を受けた担当者が同じ社内の人間ということだ。担当者は利用者の代わりにAmazonで注文し、その購入内容を伝票に起票し、経理部門に申請するといった情報システムだけではないプロセスが存在する。単純な事務用品の購入を考えただけでも、実現には組織のプロセスが必要になっているように、システムにはプロセスが含まれる。

コンウェイの法則が指すところ

コンウェイの法則が言っていることは、組織構造が組織のコミュニケーション構造を決定づけ、さらには組織のプロセスを決定づけてしまうということだ。
多くのDX戦略で行われる組織構造の変化は、タスクフォースのような特別な組織が編成される程度にとどまり、今の組織構造でデジタルテクノロジーの活用を推進しようとする。このような進め方では、組織のコミュニケーション構造は変わらないため、新しいプロセス(リーン、アジャイル、スクラム、デザイン思考など)の導入に失敗をする。コンウェイの法則に対応しないがために、DX推進は失敗するのだ。

逆コンウェイ戦略がDX戦略

このコンウェイの法則を逆手に取り、望ましい組織のプロセスに必要なコミュニケーションの在り方を設計して、組織構造の設計に反映させようというのが逆コンウェイ戦略だ。
つまり、組織構造によってプロセスが決まってしまう受け身の状態から、良いプロセスが実現できる組織構造になるよう能動的に変えていこうという発想だ。

逆コンウェイ戦略で目指すもの

とはいえ、歴史を見るに単純な組織構造改革というものは失敗もすれば成功もしてきたことから、どの様な組織構造改革が必要かということになる。
逆コンウェイ戦略で実現したいことは「組織プロセスの変化」であり、企業が成功するために必要なことは「素早く失敗と成功を繰り返すプロセスの導入」だ。なので、「所属する下部組織(チーム)それぞれが、素早く失敗と成功を繰り返せる組織構造を作り上げる」ことが目標となる。
これだけでは、自律的な組織を作ることという抽象的な目標と大差ない。目標が達成できているか否かを判断する具体的な数字指標が必要だ。私が思う適切な指標は「他チームから見たリードタイム」だ。

リードタイム指標

リードタイムとはある作業や工程について、その着手から完了までにかかる時間のこと。単にリードタイムという場合は工業製品の発注から納品までの所要時間を指すことが多い。
https://e-words.jp/w/%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0.html

再度、事務用品の購入について考えてみる。
ブレストワークショップを開くために、付箋が大量に必要になったとしよう。購入依頼の書類の必須項目に、型番など普段見慣れない項目が並んでいる。購買担当者に質問したところ、型番は社内サイトで一覧として公開されているそうだ。一覧の中から必要なものを調べ上げようやく申請かと思いきや、書類には自分の上司と購買部部長の認印が必要だ。自分の上司はすぐにハンコをもらえたが、購買部部長は出張中で明日にならないとハンコがもらえない。そうこうしているうちに、ワークショップ参加者が増え、さらに付箋を購入しなくてはいけなくなった。変更はできるかと購買担当者に聞いたところ、その場合は取り消し申請と増加分を反映した新規申請が必要とのことだ。余裕を持ってワークショップ開催の2週間前から購入依頼書を書き始めたが、納品されたのはワークショップ前日だった。

実際には、付箋なんかの事務用品は事務所にストックされていたりするためこのようなことは起こらないだろう。しかし、似た様なことはそこかしこで起きている。依頼者からみたリードタイム2週間を最短にするプロセスを実現するにはどうしたらいいか。購買システムを作る、承認人数を少なくするなどあるが、いずれにおいても大事なことは他チームから見たリードタイムが短くなるかだ。また、リードタイムがすぐには短くならないものの、将来リードタイムを短くする変更をプロセス自体に加えるために取り入れる施策やソフトウェア導入なども、実現の中に含まれる。

そうはいうものの

リードタイムの短縮実現にはいろいろな方法があり、費用や組織間のしがらみなどの弊害もあるだろう。また、変更自体に対する抵抗もあるだろう。費用対コストがわるすぎるので必要ないなど、不採択となることもあるだろう。そのとき思い出してほしいのはDXのそもそもの定義だ。今のままで良いのであればそれでいい。組織構造をトランスフォーメイションできないのであれば、コンウェイの法則にハマり、デジタルのトランスフォーメイションもできない。

最後に

ミーム化したDXという言葉には、UX(ユーザー体験)の改革といった意味合いも含まれていると考えている。確かに、最終的には素晴らしいユーザー体験につなげることは大事だ。だが、定量化・可視化できないものは改善できない。地道に定量化・可視化すること、定量化・可視化したものを改善していくことこそが、うわついたDXブームの中で重要となるだろう。地道な定量化・可視化・改善を実現できる組織をつくる前提は、逆コンウェイ戦略となるはずだ。

参考書籍

エンジニアリング組織論への招待 ~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタリング

チームトポロジー 価値あるソフトウェアをすばやく届ける適応型組織設計

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