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韻律的世界【24】

【24】リズムからモアレへ─アフォーダンスと指示表出(承前)

 いまひとつ、ライム篇に向けた‘補助線’を引きます。以前(第21節)抜き書きした文章のなかで、吉本隆明は次のような議論を展開していました。

1.音声反射が言語化する途中に、「原始人が祭式のあいだに、手拍子をうち、打楽器を鳴らし、叫び声の拍子をうつ場面」を想定し、こういう音声反応が有節化されたところで、①自己表出の方向に抽出された共通性をかんがえれば「音韻」の概念を、②有節音声が現実的対象への指示性の方向に抽出された共通性をかんがえれば言語の「韻律」の概念をみちびける。

2.だから言語の「音韻」がそのなかに自己表出以前の自己表出をはらんでいるように、言語の「韻律」は、指示表出以前の指示表出をはらんでいる。
 対象とじかに指示関係をもたなくなって、はじめて有節音声は言語となった。

 ここで、吉本が言う「音韻」を「ライム」に、「韻律」を「モアレ」に書き換えると、私が想定している韻律的世界の図式に合致します。
 第21節では、吉本の言う「韻律」を単純に「リズム①」に置き換えましたが、これを精確に書き直すと、「原リズム(リズム①)」→「モアレ(リズム②)」→「指示表出(リズム③)」という(「音と形」のうち「形」にそくした)「言語化」のプロセスにおいて、「原リズム(リズム①)」すなわち「非言語時代の感覚的母斑」を「基底」とする「モアレ(リズム②)」が、吉本の語彙で言えば「韻律」であったということになるでしょう。
 話が込み入ってきたので、模式図を示しておきます。前回引いた「アフォード現象」は、「原リズム→モアレ→指示表出」という「形・字」における言語化のプロセスのうちに位置づけられます。

     [メタフィジカルな実相]

     指示表出 ┃ 自己表出
          ┃
         リズム③
      ──────╂──────
      モアレ ┃ ライム
          ┃
         リズム②
 [字]━━━━━━╋━━━━━━[声]
          ┃

         リズム①
    ─────────────
         [響]

         リズム⓪

      [マテリアルな実相]

 ここで、補助線として、山崎正和著『リズムの哲学ノート』から、オノマトペをめぐる議論を引きます。
 山崎氏は、鷲田清一著『「ぐずぐず」の理由』の「オノマトペは共感覚から生まれる」という見解を踏まえて、全身の身体感覚によって感受されるリズムは共感覚と同じものであるから、オノマトペがリズムを記述する最適の手段となるのは当然だ、と書いています(22頁)。
 そして、鷲田氏によるオノマトペの分類──①同じ二音韻を二つ重ね反復するタイプ(ぐずぐず、ずるずる、ざらざらなど、身体が受容した感覚そのままの模写)、②異なる二音韻を二つ組み合わせるタイプ(ちぐはぐ、じたばた、めちゃくちゃなど、文明的な言語に近いもの)──を踏まえて、次のような議論を展開します。

《幼児オノマトペはまだ自然的なリズムしか持っていないが、それでも二音韻二組ごとにまとまろうとする音の切れ目だけは備えている。この切れ目による原始的なまとまりが言語の萌芽なのであって、幼児はこのリズムを携えて文明の世界にはいってくると考えられる。(略)
 オノマトペの教えるもう一つの事実は、それ自体が同時に二つの違った営みをしているということだろう。第一は鷲田がとりわけ注目する、オノマトペの営む「感覚による抽象」であって、この場合は抽象されている当の対象もまた感覚である。鷲田によれば、たとえば「ね」は粘着性や執拗さを表すにふさわしい音であり、現に「ねばねば」「ねとねと」など、粘りつく感覚のオノマトペに多様されている。(略)
 この主張は大いに説得的であって、オノマトペが感覚による感覚の抽象をおこなっていることを疑う理由はまったくない。しかし私にはオノマトペには別のもう一つの営みがあって、それは感覚ではなく、直接にリズムを写しとる営みであると思われてならない。先にリズムの感受性はどんな感覚からも独立して働くことを指摘したが、この事実はオノマトペに端的に現れているように考えられるのである。なぜならオノマトペがとかく二音韻二組の単位をつくる現象は、このリズムがどのような音、または音韻を乗せるかとはまったく無関係に生じているからである。
 しかもこのリズムの感受性を感覚による感覚の抽象と比較したとき、程度の差ではあるが前者が後者よりも普遍的であるように感じられる。感覚の模写がどちらかといえば地域や民族によって異なるのにたいして、リズムの表現は世界的に共通性が高いようにみえるのである。》(『リズムの哲学ノート』24-25頁)

 ──以上の議論を参考に、「音象徴」や「オノマトペ」をめぐる川原繁人氏の見解(第17・18節)を、上の模式図の中に書き入れました。これは、モアレ篇の議論の‘見取り図’もしくは‘目次’になりうるのではないかと思っています。
 まず、言語発明以前のリズム①のレイヤーにおける「形象徴」を取りあげ、以下、リズム②、リズム③と‘飛翔’し、最後にリズム⓪へと‘ダイブ’します。

      [メタフィジカルな実相]

    <指示表出>┃<自己表出>
          ┃
         リズム③
      ──────╂──────
      モアレ ┃ ライム
          ┃
         リズム②
   [オノマトペ]┃[オノマトペ]
    リズムの表現 ┃ 感覚の模写
 [字]━━━━━━╋━━━━━━[声]
          ┃
         リズム①

     [形象徴] [音象徴]
    ─────────────
         [響]

         リズム⓪

      [マテリアルな実相]

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