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「デザイナーが自らの名をブランド化する自由とその危機」の続き

こんにちは、弁護士の中川です。

「ファッション業界では、国内外を問わず、デザイナーの名前を冠したブランドは数多く存在します。しかし、日本では今、新たなブランドがデザイナーの氏名をブランドネームとすることが商標法により阻まれてしまうという状況が本格的に到来しています。」

先日、このような書き出しで、コラムを書きました。

詳しくはぜひお読み頂ければと思いますが、ごくごく大雑把に言うと

・日本では「他人の氏名」を含む商標の登録を原則として認めていない(商標法4条1項8号、当該他人の承諾を得た場合に限りOK)。
・最近の知的財産高等裁判所や特許庁の判断では、たとえ出願した本人の氏名であっても、同姓同名の他人が見つかれば、その人の承諾を得ない限り登録NG(そして、事実上全員の承諾を得るのは困難)
・その場合、同姓同名の他人について、
 ①漢字の氏名が含まれる場合はもちろん、
 ②ローマ字(英語表記)にしても、
 ③全部大文字アルファベットにしてスペースも空けず名→姓と繋げても、
 ④イラスト・図形と結合しても、
 一切、登録を認めないという、画一的・硬直的な運用。
・このままでは、氏名のローマ字表記の商標登録がほとんど不可能に。
・デザイナーが自分の名前をブランド名にできなくなる危機的状況。
・解釈や運用上の工夫、あるいは必要なら法改正によるルール変更を通じてこの現状を打破すべく、議論が深まりますように(祈)。
・思考実験的な試論

という内容です。

今回は、その後少し追加で調べたことを、メモ代わりにnoteに書き残しておこうと思います。

他の国のルールも見てみよう

このテーマについて、先日、某研究会にて「外国ではどうなっているのか、比較法的な見地からの検証も必要だ」というご指摘がありました。

コラムにも書いたとおり、EUでは「他人の氏名を含む=承諾ないと登録NG」という形ではなく、加盟国においてその商標の使用が氏名に関する権利の侵害になる場合に商標を無効とするルールが採用されています(EU商標規則60条(3))。また、中国商標法でも、商標出願は先行する権利を侵害してはならないとする32条により、氏名権を侵害する出願は拒絶されます。

他方、日本法が参照したとされるアメリカ法では、

特定の存命の個人を識別できる名前…からなり、又はこれを含む商標

[Trademark] [c]onsists of or comprises a name ... identifying a particular living individual except by his written consent ...

は、本人の承諾を得た場合を除き、登録を拒絶されると定められています(米国商標法(Lanham Act)2条(c))。確かに、EUや中国のように氏名権の侵害の有無ではなく氏名を含むかどうかを基準としているように見え、日本法の4条1項8号と一見似ています。

審査基準は大きく異なる?

もっとも、元になる条文はそっくりですが、どうやら審査実務での取り扱いは日米で大きく異なるようです。

まず日本の審査基準によると、

他人の名称等を「含む」商標であるかは、当該部分が他人の名称等として客観的に把握され、当該他人を想起・連想させるものであるか否かにより判断する。

とされており、客観的に見て、商標の中に他人の氏名として把握され、その人を想起させる部分があれば、4条1項8号に該当する(したがって、承諾が必要となる)とされています。

これに対し、アメリカの商標審査便覧(TMEP)の§1206.02には、

承諾が必要となるのは、その商標が指定商品又は指定役務に使用された際に、次のいずれかの理由により、商標にその氏名を記された当該個人が当該商標と関連づけられる場合に限られる
(1)公衆がその個人とその指定商品又は指定役務との関係を推認するほど、その個人が著名であるため、又は
(2)その個人が、当該商標が使用されるビジネスと公然と関係しているため。(参考訳)

A consent is required only if the individual bearing the name in the mark will be associated with the mark as used on the goods or services, either because: (1) the person is so well known that the public would reasonably assume a connection between the person and the goods or services; or (2) the individual is publicly connected with the business in which the mark is used.

と書かれています(強調筆者)。

実際の運用についてはさらなる調査が必要ですが、少なくともTMEPを読む限り、日本のように「他人の氏名を含む=承諾ないと登録NG」という運用にはなっておらず、その他人(個人)が著名である場合や、その「他人」が問題となるビジネスの分野と公然と関係している場合に限定して、承諾が必要となるとされているように読めます。

今日はとりあえずこのTMEPの記載をメモするにとどめ、(どのような場合に上記に該当するかを含めて)実態については今後の課題としたいと思います。

とはいえ、もしアメリカでの実務の運用が上記の通りだとすると、日本のルールの妥当性を支える根拠のひとつが、実はなかった(あるいは心許ないものだった)ということにもなるかもしれません。

<2020年9月24日追記>

上記のアメリカの商標審査便覧(TMEP)の§1206.02でも引用されている、Martin v. Carter Hawley Hale Stores, Inc事件アメリカ特許商標庁商標審判部(TTAB)決定によれば、2条(c)の趣旨について、以下のように判断されています。

2条(c)は、全ての個人について、その氏名と類似又は同一の氏名を商標として登録されないよう保護するためにデザインされたものではない。(中略)むしろ、この法文は、正当な理由により、その氏名を他人が商標として使用することで損害を被ると予想される者を保護することを目的としていた。すなわち、名字や名前により構成される商標は、実際に、実在の個人の氏名である可能性が高い。しかし、そのような偶然の一致は、その問題の氏名が商品に使用されることにより特定の個人が当該商標と関係していると判断されるようなその他の要因がない場合に、そのこと[偶然の一致]のみによって、当該個人に損害を与える結果を生じさせるものではない。[問題の氏名が商品に使用されることにより特定の個人が当該商標と関係していると判断される理由は]公衆が合理的に[その人物と商標との]関係を推測するほどにその人物が広く知られているためか、又は、その人物が、その商標が使用される事業分野と公然と関係しているためである。(参考訳)

[Section] 2(c) was not designed to protect every person from having a name which is similar or identical to his or her name registered as a trademark. ... Rather, the Statute was intended to protect one who, for valid reasons, could expect to suffer damage from another’s trademark use of his name. That is, it is more than likely that any trademark which is comprised of a given name and surname will, in fact, be the name of a real person. But that coincidence, in and of itself, does not give rise to damage to that individual in the absence of other factors from which it may be determined that the particular individual bearing the name in question will be associated with the mark as used on the goods, either because that person is so well known that the public would reasonably assume the connection or because the individual is publicly connected with the business in which the mark is used.

そして実際に、この事件では、異議申立人であるNeil Martin氏は、公衆に知られる有名人でもなく、商標「NEIL MARTIN」の指定商品である男性服の分野で知られる人物でもないとして、異議は却下されています。

ここではやはり、日本のように「他人の氏名を含む=承諾ないと登録NG」という運用にはなっておらず、❶その他人が著名であるか、❷その他人が問題となった商標が使用される指定商品・役務と公然と関係していることが要件とされています。❷に関する運用はさらに詳しくみてみる必要があるものの、これを見る限り、その分野でビジネスを行なっていることなどにより知られていることが求められているように見受けられます。

そのため、EUや中国に続き、アメリカでも、冒頭で述べたような「危機的状況」は生じておらず、残念ながら日本は他国と比べて「浮いている」状況にあるようにも思います。

[Photo by Allie on Unsplash]

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