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日英EPAの気になる点① --「商品の登録されていない外観」の保護 [DESIGN/LAW]

こんにちは、弁護士の中川です。

今日は、10月23日に締結された日英EPA(包括的経済連携協定)の中の知的財産に関するルールについて気になっている点2つのうち、まずはデザインに関するポイントを取り上げたいと思います(もうひとつは「悪意の商標」問題です)。

締結されたばかりでまだ掘り下げられていないのですが(なので、全く見当はずれの可能性もあります)、現時点での疑問点をnoteにメモしておきたいと思います。

知的財産の保護と内国民待遇

上記のとおり、10月23日に日英EPAが締結・署名されました。これから両国で国会承認を得られれば、正式に発効することになります。

公開された日英EPAの条文を見ると、第14章が知的財産に関するパートで、14.4条は内国民待遇(national treatment)について定めています。

第十四・四条 内国民待遇
1 一方の締約国は、この章の規定の対象となる全ての種類の知的財産について、知的財産の保護(注1)に関し、自国の国民(注2)に与える待遇よりも不利でない待遇を他方の締約国の国民に与える。ただし、パリ条約、ベルヌ条約、ローマ条約及び千九百八十九年五月二十六日にワシントンで採択された集積回路についての知的所有権に関する条約に既に定める例外については、この限りでない。実演家、レコード製作者及び放送機関については、そのような義務は、この協定に定める権利についてのみ適用する。
注1 この条及び次条の規定の適用上、「保護」には、知的財産権の取得可能性、取得、範囲、維持及び行使に影響を及ぼす事項並びにこの章において特に取り扱われる知的財産権の使用に影響を及ぼす事項を含む
注2 この条及び次条の規定の適用上、「国民」とは、貿易関連知的所有権協定におけるものと同一の意味を有する。
2 1の規定に基づく義務については、貿易関連知的所有権協定第五条に定める例外にも従う。

ここでは、知的財産の保護に関し、日本は日本国民に与える待遇よりも不利でない待遇を英国民に与え、英国は英国民に与える待遇よりも不利でない待遇を日本国民に与えるものとされています。

(なお2項の定める例外(TRIPS協定5条の例外)は、WIPOが主催した知的財産に関する多国間協定における手続に関するものです。)

「商品の登録されていない外観」の保護

そして、14.37条では、「商品の登録されていない外観」の保護について定められています。これは、意匠権や立体商標として登録していない商品の外観デザインについて、著作権や不正競争防止法など登録を必要としない法制度で保護するための取り決めです。次のとおり、日本側は不正競争防止法2条1項3号を強く意識した内容になっています。

第十四・三十七条 商品の登録されていない外観
1 両締約国は、意匠、著作権又は不正競争の防止に関する法令によって商品の外観を保護することができることを認識する。
2 各締約国は、自国の法令に定める範囲内で、商品の登録されていない外観を複製することによって当該外観が使用される場合において、その使用を防止するための法的手段を確保する。当該使用には、少なくとも、当該商品についての販売の申出、市場への提供、輸入及び輸出を含む。(注)
注 この条の規定の適用上、締約国は、「複製」、「外観」、「申出」及び「市場への提供」を、それぞれ「模倣」、「形態」、「展示」及び「販売」と同一の意義を有するものとみなすことができる。
3 商品の登録されていない外観についての保護期間は、両締約国のそれぞれの法令に従って少なくとも三年とする。

そして、この第14章における「知的財産」は、14.1条で次のように定義されているので、「商品の登録されていない外観」もここに含まれるでしょう。

3 この章の規定の適用上、「知的財産」とは、第十四・八条から第十四・四十四条まで又は貿易関連知的所有権協定第二部第一節から第七節までの規定の対象となる全ての種類の知的財産をいう。

この2つを組み合わせると、「商品の登録されていない外観」の保護(複製による使用を防止する手段)についても内国民待遇の合意が日英両国でなされていることになります。

英国独自の非登録型意匠権(UDR)の位置付けは?

ところで、EUで「商品の登録されていない外観」を保護する制度の代表例は非登録型共同体意匠権(Unregistered Community Design; UCD)です。相違点も少なくないものの、概ね日本の不正競争防止法2条1項3号に近い制度といえます(英国もBrexitでどうなるかについては今なお交渉中ですが、少なくとも現時点では同じように保護されています)。

もっとも、英国には上記のEUのUCDとは別に、英国独自の登録を要しない意匠権(UK Unregistered Design Rights; UDR)というおもしろい制度があります。特徴的なルールは、以下の点です。

保護期間が長い販売から10年又は創作から15年のうち短い方)
・保護対象は商品の外観・形状(表面の装飾は保護対象外
・ただし、保護されるのは、①有資格者(quarified person)によるデザイン、②有資格者が最初に販売した商品のデザイン、又は③英国その他の指定国(EU加盟国やニュージーランドなど)で最初に販売された商品のデザインに限定。
・有資格者(quarified person)とは、❶英国その他の指定国に居住する個人、又は❷指定国法に基づき設立され指定国に事業所を置く法人

そして、今回の日英EPAに関して僕が気になっているのは、

日英EPAの内国民待遇条項は、この英国のUDRによる保護を日本人デザイナーによるデザインにも拡大するものなのか?

という点です。具体的には、日本国民を英国民より不利に扱わないという内国民待遇条項により、日本人も「有資格者(quarified person)」に含まれ得るようになるのだろうか?という点が気になっています。

条文でこの点が正面から明示されている訳ではなく、外務省の公表資料からもそういった明示的な意図は今のところ感じられないものの、条文だけを読むと、その余地もゼロではないのかな?とも感じています。

とはいえ、断定することも難しいので、今日のところは疑問点をメモするに留めて、引き続き検討してみたいと思います。

淡い期待かもしれませんが、もしそんな解釈が成立するのであれば、特にその保護期間の長さの点で、日本のブランドのUKにおける模倣品対策において、有効な「武器」が新たにひとつ加わることとなるでしょう。

参考:TRIPS協定との比較

なお、上記の日英EPAの内国民待遇条項は、TRIPS協定など過去の条約での同種条項を踏まえたものです(例えばTRIPS協定3条)。

もっとも、TRIPS協定では、対象とする「知的財産」は、著作権・商標・地理的表示・意匠・特許・(半導体)集積回路の回路配置・開示されていない情報の保護に限定されており(TRIPS協定1条(2))、「商品の登録されていない外観」は対象に含まれていません。

したがって、「内国民待遇はこれまで通りであり、今回の日英EPAでUDRの保護が拡大するわけではない」という単純な話でもないのではないか、と思います。

Photo by A Perry on Unsplash

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