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【第8回】人生を振り返る【中学校1年】

今回から中学生編。

僕が中学校入学の頃は1996年4月から1997年3月。
当時の大きな出来事は、森且行SMAP脱退、アトランタオリンピック、めちゃイケ放送開始、たまごっち発売、など。
当時はそれなりにテレビ見てたし森且行SMAP脱退はけっこうびっくりした記憶があります。
めちゃイケもよく見てました。

中学校入学についてはいろいろ思い出すことがあります。
まずは人数が一気に増えたこと。
小学校編で書きましたが小学校は僕の学年が1クラスで20人弱、下の学年はどんどん減っていって全校生徒はたしか80人とかだったような。
そこから中学校は校区がかなりの広さで、たしか学年で200人くらい(7クラスで1クラス20〜30人くらい)、全校生徒だと600人くらいの規模になりました。
僕の感覚としては小学校までは村の仲間的な意識だったのが、中学に進んで初めて社会に出たように感じました。
そしてこの感覚は高校進学、大学進学の時にも同じように感じるのですがそれはまたその時に書こうと思います。

中学入学の頃で印象的だったのは、最初のテストで上位5人以内に入ったらバスケットゴールを買ってもらう、という約束を親としたことです。
正直上位5人がどれほどのことなのかもよくわからなかったんですがなぜか自信があってこんな約束をしました。
ご褒美がバスケットゴールだったのはあいかわらずバスケに熱中していてバスケ部に入るつもりだったからです。(実際バスケ部に入りました)
で、テストを終えて結果が出ると見事学年3位(たぶん)。
親はきっと5位以内に入るとは思っていなかったでしょうが数万するバスケットゴールを買って庭に置いてくれました。

その後はバスケ部を頑張ったりクラス委員長的なことをしたりしていたような。
当時はわりと優等生的な性格だったような気がします。(自習の時間にわいわいしているクラスメイトを注意するような)

あとは年の離れた兄がいてついでに不良漫画(特攻の拓とか)とかも読んでいたせいか制服は着崩すものだという先入観があったんですが、実際入学してみるとそんな人はごく少数だということがわかってちょっとがっかりした記憶があります。(学年が上がると多少着崩すようにはなっていきますが漫画のような格好をしている人はほぼいない)
制服は学ランだったんですが、最初襟カラーを付けるのが嫌でなかなか慣れませんでした。
付けなきゃいけない理由が今でもいまいちわかってませんが付けてないと怒られるし外してる人はいわゆる不良っぽい人しかいなかったので結局付けてました。


ちなみに襟カラーというのはこういうもの。
軽く調べた感じだと今はもうほとんど無いみたいですね。


今はこういうラウンドカラーと言われるタイプ(学生服の襟に白い縁取りがしてあって襟カラーを付けているような感じに見える)が主流のようです。
襟カラーのプラスチックの感触が嫌いだったので今の世代がちょっと羨ましい。

中学まで来ると書くことがいっぱいありすぎて1学年1回とは限らないかもしれませんがとりあえず1年はここまでとします。

次回は中学2年編予定。

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