ヤシナッテホシイからのキャリアの話

(ヤシナッテホシイ=養ってほしい)

つらつら書くので、整合つかない所も多々あるかもしれませんが、ご容赦を。

文字通り、人に養ってほしい、という強い願いが文字になった形だが、私自身がいつからそう思い始めたかと思えば、多分学生時代終盤の就職活動の最中であろう。

大学以降は、高校時代の恩師に学業では心配をかけたこともあり、良い成績を取ろうと心がけた。成績が良いと、給付式の奨学金が貰えたり、学費が安くなったりしたことも大きい。学業の延長であるエンジニアとして第一人者になりたい、という思いを強く持った。

それとは裏腹に、就職活動の時期に養ってもらえそうなアテができ(注:勝手に思っているだけ)、就職活動も真面目にやってはいたものの、身が入らなかった。当時、就職は厳しく、学校推薦も通りにくい時期であったため、就職活動は難航した。
そうこうするうちに、養ってもらうアテが外れることとなり(注:勝手に思っていただけ)、ちゃんと就職活動をしないといけなくなったわけだが、諸々の事がうまく進み、研究開発の部署に配属が確定している内定を得た。当時は、部署が決まっている形の内定は珍しかったが、そういった形の内定がいくつかもらえたのは幸運だった。
当時の夢(というか、将来像)は、自分がいないと事が回らないようなことになると、周りが頭を下げに来るような、圧倒的な技術力を持つエンジニアであった。部屋の隅で腕を組んで、「そういう態度なら君の仕事やらないよ」と言わんばかりの地位を確立したかった。今思うと、何かに追い立てられるようなことがないような、精神的な安定が欲しかったのだと思う。

結果、数年してから、そういった地位を確立できるような位置にいた気がするが、結局上からこき使われるし、いくつも上の部署の先輩もまたこき使われている様を見るにつけ、一旦は当時の夢を諦めることにした。別の話となるが、入社以降宝くじを万単位で買っていたが、高額当選はならなかった。ストレス(SAN値)も高く、長期休みが明けては、仕事の始まりの絶望していた。とにかく何もしなくても暮らせるような、お金と、何もしない時間が欲しかった。

それからまた数年経った頃、今度は、暇を持つと色々考え込むようになり、気分が落ち込むこともあった。これを避けるがために、あえて休みで暇になってしまう日を、仕事や、仕事に必要な勉強に当てることにした。転職を経ていたので、職場環境が劇的に変わっていたこともあり、仕事自体を嫌と思うことはほぼなくなった。

それでも、ヤシナッテホシイという願望は変わらずにある。恐らくは、金銭的な心配をせずに、暇を感じないくらいに過ごし、適度に休息を取りながら過ごしたい、と思っているのだろう。ただ、養ってもらうアテがない今、そういったスキルを身に着け、自分でどこでもやっていけるように備えるしかないのだ。(転職をしたいと思った動機もスキルを身につけることにあった。)表向きは、「食べていけるスキルを身に着けたい!」であり、なんとなく、「当時の夢」と重なっていると思う。

自分で生きていけるようにスキルを身につけることと、ヤシナッテホシイという願望は大本では繋がっているんだろうなぁって思う。
そして、今身につけようとしているスキルは、将来的にも食べていけるものである可能性が高いあたり、幸運なことなのだと思う。

(終わり)

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