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華麗なる雑談は静かにもぐる #1【不安の影】

「晴れの舞台でとびっきりの笑顔を振りまいている子供なんてそうそういないよ。出来るとしたらその子が特別だと思った方がいい。嘘だと思うなら、そうだな 入園式の写真でも見返してみると良いよ。」

そう言うと静かに守島 康一郎はクラウド上にある一つの画像を取り出し 少し目を細めた。

スマホに映し出された画面には、おそらく入園式の時に後方の保護者席からカメラ撮影をしたのであろう、三人の幼い顔が並んでいた。きっと一人は守島の子供なのだろう。

「ほら、皆 不安そうな顔してこっち向いてるだろ。子供はじっと前なんか向かないさ。初めて顔を合わす園長先生なんかより親が座っている後ろの方が気になって仕方がないんだよ。」

確かにそこには不安気な表情をした入園児たちが三人とも一様に振り返ってこちらを見つめている姿が写っていた。

「この子達にとってはいつもと同じ朝だったと思うんだ。ただ早く起きなさいと急かされていつもと違う服に袖を通し、眠気まなこを擦りながら園舎に手を引かれてやって来た。親からは入園式だと聞かされてるだろうけど、そんなこと子供は誰一人理解できていないだろうし、流れについて行く内に気が付いたら親からちょっと離れた席で座らされているんだ。そりゃあ不安に決まってる。」

スマホの画面を覗きこむ佐原 治(さはら おさむ)はなるほどと黙って聞いていたが、やがて我にかえると、

やや不思議そうに間をおいた後に

「ところで守島さん、さっきまで美味しいカレーとは何かって話題で熱弁を奮ってたと思うんですけど、唐突になんでこんな子供の話になってるんですか?」と切り出した。

「ん?そうだな、、」

バツが悪そうに守島 康一郎はちょっとの間 右手で首の後ろをぽりぽりと掻いてたかと思うと、スマホの画面を閉じ、視線を佐原に戻して

「君が強張った顔をしていたからかな。」と答えた。

そうだ。確かに佐原はその時難しい顔をしていた。本人は悟られない様に振る舞っているつもりであったであろうが、そんなものは数秒も会話を交わせば自然と伝わるものだ。

そしてその理由を守島 康一郎は知っている。

「聞いたよ、大きな商談を控えているんだって?」

不意に本題に踏み込まれた佐原は一瞬息を飲んだが、「私は子供じゃありませんよ」と月並みなセリフで強がってみせた。

別に強がる必要もなかったのだが、二人の会話はいつだってこうだったのだ。年齢差はあったが軽い口の掛け合いでいつだって接してきた。

「別に子供に限った話でもないよ。私だってそうさ。人前に立つ時はいつだって足が震えそうになるし、鼓動も速くなる。」

「ええ?守島さんは毛の生えた鉄の心臓かと思っていました。」

「まぁ ガラスの心臓ってほど透明で繊細な訳でもないけど、土器の心臓ぐらいには不透明かもね。でもね土器だから割れることだってあるさ。」

そう言うと続けて、守島は土器で出来ているであろう心臓がある胸らへんに手をあてて
「ほら 今だって明日の会議の事を考えると 胸もドキドキするし、、」

「するし、、?」

「土器(ドキ)もムネムネする」と昭和的な絶妙なしょうもなさで惚けてみせた。

「ツッコミを入れる気持ちも失せますね」
言葉とは裏腹に佐原はその日はじめて心の底から笑った。

普通なら子供扱いされた事を怒るべきだと思うが、歳が10以上 離れているせいか、それとも守島の語り口がそうさせるのか、佐原の腹は全くと言って良いほど立たなかった。むしろそう接してくれる事に安心すら抱いていた。

◇◇◇

雑談好きな守島 康一郎はとにかく平凡な男であった。

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