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Dearest(嫌われもの)

 あたしはバカ、ほんとーにバーカ。
 でも、あんたはもっとバカなんだよね。

 生きてちゃいけないくらい嫌われてたんだ、
知らなかったよ。

 あんたの吐く科白の全部が、あたしの心を締めつけているって、それぐらいは解ってたけどさぁ。


    彼と逢えば、毎日セックスのことばかり考えた。

    抱きあってキスしてると夢見心地、なにもかも忘れられた。
 それが、将来なん の役に立つとも思えないけれど、大人になるってのはそういうことだと、無精ひげの彼は笑っていたが、あたしには解らない。
 この男はいったい何を言っているのだろうか?
 とか、思っちゃったりしたりして。
「ねぇ、タマシイに色をつけるとしたら何の色?」
 黒いキャミソールきて下半身は何もつけていない。
 あたしは煙草を吸っていた。
「タマシイ、そんなものはありゃしないのさ。あれは、腐敗した人肉からリンが溢れて、それを月光が照らすから、煙りのように立ちのぼる。それが視覚でとらえられるほどに鮮明だから、そういう錯覚を昔の人間はタマシイって表現したんだ」
「あるじゃん。タマシイって」
「オマエの言うのは、それとちがう」
「そんなこと言うんだー。あたしのこと嫌いってこと?」
「嫌いじゃねぇよ」
   あたしの部屋なのに、何故にそんなに偉そうなのだろう?
 彼はまだ、裸のままで、歯みがきしてくんねと言ったあたしを止めた。
そいで、またベットのうえに、シートで身をくるめる二人の関係は淫靡だった。
「じゃ、好きなんだ」
   しばらくして、実感を手さぐりしたい、あたしがきいた。
「さぁな」
   というが、好きなんだと思いたい。
「つまり、あたしが死んだら死んでくれるんだよね」
   実感を手さぐりしてるから。
「なに言ってんだ?」
   また煙草を吸ってみる。
「愛するものを失ったら、人は死ななくちゃなんないんだよ」
   黒い肺から煙を吐きだしているあたしが言う。
「中原中也か」
   その続き。
「汚れちまった悲しみに、今日も小雪がちらついてんの」
   あれっ、ちがった。
「中原中也だろ」
    だれから聞いた言葉だろう。
    疑問に疑惑。
 あたしは呟く。
「だれだろ?」
    と、
「中原中也だって言ってんじゃねぇか」
    彼は、ちがう思考に錯誤する。
「おもいだせないや」
「ひとの話をきけって、ソイツは中也だ」

    駅の近くだから、すぐ帰ってくる。
 駅のホームで立ち読みしてたら、十四歳くらいの女の子がプラットホームから転がって、列車の下敷き、無惨な光景。見てみぬ振り、みんな残酷なんだよね。他人の死骸に群がるカラスみたく野次馬が群れている。
「ちょっとちがうよ。んなの、道徳的な観念からして」
 おもいながら、コンビニに行って、弁当買って帰宅する。
    彼はまだ、ベットのうえで寝てたりすんの。
 コンビニの袋をドサッと、わざと音が漏れるようにテーブルのうえに落としてみた。
「なんだ、帰っていたのか?」
 なんとも、つまんない返事をする。
 そいで、あたしは今日あったことを伝えようとするが、立派な人間じゃないので脚色する。彼はしらけて聞いていた。
 そのはなし。
「コンビニで買ったオムライスに血がついてんの。それはたぶん、店主が十年前に殺した奥さんの血なの。彼女の腐乱した死骸を地面に埋めたんだよね。ちょうど店主の実家にある母屋のウラあたりに。おばさんすっごく苦しかったんだよ。ほらっ、そいでダイイングメッセージ送ってんだよ。あたしにさぁ。そいでね、おもいっきり叫んでやったの。店主ね、なんで解ったんだろって、びっくりしていたよ」
「また、んなデタラメを」
    彼は、鬱陶しそうに上目づかいで、状態を起こして弁当とあたしを求めていた。
「ホントだってば、さぁ。それに血」
    あたしは弁当だけを放り投げて、彼のものにはなりたくない気分があった。
「そりゃケチャップだ」
    封をあけて、手づかみでオムライスを食っている。
「おどろいてたよ」
    真顔でいっても、
「オマエがいきなり騒いだからだろ」
    とりあわないんだ。
「だけど店主は、すいません、すいませんと、あたしにアタマをさげたとさ」
    まるで現実感がない。
「店で騒がれりゃ迷惑だからな。当然だろ」
    もっと、あたしを信用してよ。
    溜め息ついた。
「信じてないかも知んないけど、あたしはすべて、お見通しなの。このアタマの中には森羅万象すべての摂理が、あらゆる正義が積み込まれているんだよ」
    あたしは、どんどんムキになって、彼の方へ、彼はオムライスをつかんだ手で、あたしをひきよせてキスをせがむ。
「病気じゃねぇの? そんな電波にやられてんのか」
    キスしていた。
「電波っていえば、三組の三宅。学校では学級委員なんかして優等生、もったいぶってはいるんだけど、ほんとは他人なんかどーでもいい人なんだよ。すました顔してるでしょ。じつはあれ、ところかまわず宇宙人と交信してんの。彼女が体育のとき、腕を空にあげてんの、あたし見たこと何度もあるんだもん」
    衣服をはぎとる。
「そりゃ三宅ってのに限らねぇんじゃねぇか。体操にそんな運動でもあるんだろう?」
    Deepなキスと、その感情。
「もしかして、彼女自身が宇宙人だったかも。これすっごい発見じゃん。さっそく明日にでも皆に教えてあげよう」
   それからは、よく憶えてなくて。
「ヘンなウワサ、流すんじゃねぇよ」
    彼には叱られてばかりだった。
「それっ、このまえ買った立体望遠鏡。ぜんぜん立体じゃなかったよ」
 彼が枕がわりにもたれていたもの。
「そりゃ、ただの箱だからな。箱を開けりゃいいんだって」
   それはタダの箱じゃ、なかったり。
「ダメー。んなのしたら魔物が出てきちゃう。不幸を呼びよせるんだよ。たぶん死んじゃうよ、あたしたち」
彼は電波だとバカにしていたけど、
「バカ言ってんじゃねぇよ。ほら、簡単に開くじゃねぇか」
     あたしには、その中身がわかっていたから。
「ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

    その日、宇宙人と交信していた少女が、ゴミの焼却炉に二人の遺体をすてていた。
    学校は、まだ授業中で、彼女は最初から勉強なんか好きじゃなくって、宇宙人の友達と遊んでいたの。勉強なんか何でもないさ、ボクの科学力でキミを優等生にしてあげるよ。
    と、彼女は、そんなことに惑わされて、自分の秘密を知ったあたしを殺すために、高価な望遠鏡を安く売ったの。あたしは、そんなもの欲しくはないんだけど、彼女があまりに真剣すぎて、断りきれなかっただけなんだ。
    どーせ、嫌われものだもん。死んでもいいよね。って、おもったのさ。
    でも、それが宇宙人の科学で造られた最先端の爆弾とか、だったとしても、自分から死のうって気はなかったんだ。でも、んなこと言ったら、またインチキだと言われてしまいそうだから言いそびれたの。
 あなたまで巻きこもうとは思ってなかったって言ったら。たぶん、それもインチキなんだけど、信じてくれたかなぁ?
 あなただけじゃなく、この星にいる誰かひとりでも。あたし、んなこと考えながら光に収束されていったんだ。

 ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 本日未明・・・さん宅で火災が発生いたしました。現在、死傷者二名。重軽傷者・・・なお原因はもっか、調査中との報告が・・・以上、現場からお伝えしました。

 ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーブチッ。

    だけど、平気。
 ふたりは死んでも、おなじようなことしてたから、おなじ地獄に堕ちてめぐり逢えたんだよ。
 そして再会して、おなじようにバカな会話を続けているんだ。

「おまえのいうことなんか全部ウソっぱちだとおもってた」
    彼が謝りもせず、そう言うから、
「だから言ったじゃん。
 あたし全然ウソなんか言ってないんだからさぁ」
笑顔のあたしは彼の胸に、それ以上は言葉なんか煩わしいってくらいに夢中になって飛びこんだんだ。

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