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偏った書評:プロペラオペラ

(画像は公式HPより)

 空。戦争。お姫様。
 作者・犬村小六先生の「お家芸」ともいえる本作は、我が国にとっての最後の戦争・太平洋戦争の要素を(若干無邪気に)引用しつつ、架空の世界において主人公・ヒロイン・敵役の三角関係を中心に恋愛ドラマと艦隊決戦を描いている。

 本作最大の特徴は、自信家の主人公でもヒロインでも仲間たちでもなく、時折隙を見せるが負けそうにない敵役でもなく、何かと省略されがちな昨今において名前付きキャラが多く決して「モブ」扱いではない将校・下士官・水兵諸君でもなく──タイトルにあるとおり「プロペラ」で水平飛行する『飛行艦艇』だろう。

 本作における『飛行艦』は空中の浮遊物体に吊り下げられている。具体的には大気圏内・高度1200メートルの空気層(浮遊層)に浮かび続ける物体(稀少鉱物)にケーブルをつなぎ、船体を浮かべている。
 浮遊体の高度は常に一定であり、それより上空には飛べない。降りることもできない。
 よって作中の飛行艦は高度1200メートルの空域を水平移動する。さながら水上艦艇が海面を水平移動するように。
 現実と同様に航空機も存在するが、上記の空気層が揚力を阻害するため、1200メートルより上には飛べない。

 初めて見た時、これはすごい設定だ、と素直に思った。
 メカニズムの設定については私自身がド文系なので解説を放棄させてもらうが、要するに高度1200メートルにもう一つの「海面」を作り出したわけだ。実際、作中では魚雷同様の「空雷」が登場し、幾度となく水上艦同様の回避行動が実施される。明白に「海」を模した表現となっている。

 そんな『飛行艦』を特徴的なギミックとして繰り出しておきながら、本作では引用元の水上艦艇も出てくるから興味深い。モチーフとなった大日本帝国・アメリカ合衆国の戦艦や巡洋艦・駆逐艦が名前もそのままに登場する。大和、武蔵、高雄……連合艦隊は健在である。

 二つの「海面」にそれぞれ存在する「艦隊」。
 出くわしたら、何が起きるのだろうか。

 本作では現実とは違った形で三次元の攻防が繰り広げられる。
 上空の飛行戦艦から放たれる対地砲撃、水上艦隊と飛行艦隊の高低差ある砲撃戦(飛行艦隊のほうが若干有利)、対飛行艦用の特殊雷撃機の飛来──二つの「海面」に挟まれた1200メートルの狭い空間を砲弾が飛び交う。

 本来、三次元の戦闘は理解しづらいものである。
 古代から現代に至るまで、人類の戦争は「紙の地図」で描かれてきた。水平だった。二次元であった。まだ私たちは三次元の戦争描写に慣れていない。映画等で視覚的に認識できても把握に時間がかかってしまう。ここ・そこ・あそこ程度ではXYZの座標を端的に言い表せない。
 それゆえに「お約束」として三次元の戦争を二次元的に描いてきた作品が多い中で、本作は「お約束」として片づけず、作者本人が評されたように「ご都合主義」の設定を取り入れて二次元の地図を2枚重ねた「疑似三次元」のわかりやすい戦場を作り上げた。ここがすごい。本当にすごいと思う。
 感銘が伝わらないとしたら、私の文章が拙い。

 もっとも作中におけるメインディッシュはあくまで飛行艦隊同士の華々しい艦隊決戦であり、三次元の利用は往々にして「敵の飛行艦隊を倒すことで得られるメリット」として語られる。
 主人公が飛行艦隊の参謀ということもあり、地上戦力や航空部隊を活用するのは後半の──このあたりはネタバレになるので止めておく。


 以上。キャラクターや物語に関する感想は他の方と大体一緒です。
 以下はネタバレ込みで、物語の内容や設定等の面白かったところ・気になったところ。




 ①高度1300メートルから航空機が飛び立てば、セラス粒子の接触による揚力の喪失を防げるのではないか。飛行艦艇は構造的に上方の敵に対応しづらいため、急降下爆撃などで有効な攻撃ができそう。航続距離の問題があるので本土防衛用になるか。

 ②技術的な話でいえば、やはりミサイルの登場により戦後飛行艦艇は廃れていくのだろうか。ミサイルなら揚力関係ないし。

 ③最終巻に名前だけ出てきたエルマの名将は今後別作品で描かれるのだろうか。

 ④エルマといえば、作中地図の国境が2021年仕様なのが気になった。エルマがすでに東方領土を失い、ポーランドが西に移動している……。

 ⑤最終巻で首都圏は火の海となり、現実の戦後混乱期を思わせる状況となったが、現実と違って地方都市は空襲を受けずに健在なので、あそこまで苦しい状況にはならない気がした。各方面から復興のための物資を回せると思う。全国が焼け野原の状況とは違う。

 ⑥作中を通じて、一般の日之雄国民や兵士がちょっと純粋に描かれすぎている気がした。全員が『欲しがりません勝つまでは』を率先してやっているとは思えず、作中であまり描かれていないだけでバスに乗りたくない人たちがいたはず。
 また非現実世界にまで戦後の罪の意識を押しつけるつもりはないが、題材が題材だけにちょっと無邪気な引用・描写だな……と感じてしまう部分があった(これはあくまで自分の感想なので、もっと加害者の自覚を持った作品にするべき! と言いたいわけではない)。

 ⑦最終巻、結ばれて良かった! と思ったし、プロポーズ突然すぎてビックリしたり、仲間たちの壮絶な死が続いたけど大団円で素晴らしかった。ただ作者が「3ヶ月で書いた」(?)と呟いていたので、もうちょっと時間があったら、どんなふうに内容を詰めていたのだろう……と思う部分も正直あった。

 何だか重箱の隅を突いただけのような……それでも感想といえば、感想である。
 ちなみに私自身は同作者の作品では『やがて恋するヴィヴィ・レイン』と『追憶』コミック版にしか触れていないので、過去の作品と比べると──みたいな考察は出来ません。

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