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実話怪談

1902年に起こった八甲田雪中行軍遭難事件は199人の犠牲者を出す世界最大規模の遭難事件であるが特に現在の後藤伍長の銅像やその傍らのトイレ第一第二第三露営地に遺体安置所など果たして霊的な噂に事欠かないわけであって恐山に匹敵する青森県の心霊スポットと目されているのだがそんなことは知る由もなく11月23日17時27分路面凍結により本来進む予定だった道が封鎖されていたがために僕達は灯り1つない青森田代十和田線を青森市内へ向けて走る羽目になった知る由もないとはいったが暗い山道は薄気味悪いもので他に車も走っていないものだから早く通り過ぎてしまいたいものだと眉をひそめていたのだからチラチラと右側に灯りが見えた時に夜景が見えそうだと明るい声で彼女へ呼びかけたのは空元気でもあったしかし急カーブの連続で停車のタイミングもそうそう来ずやっと素人向けの路肩に落ち着くと夜景どころか灯り1粒すら見えずただしんしんと雪が降るばかりであったしかしこの時期に雪なんて故郷ではそうそう見られたもんじゃなしせっかく遠く青森まで旅行に来たのだからこの際雪の写真でも撮っとこかいなとバタンとドアを開けたはいいが想像以上の冷気-3℃これは関西の人間が5分と生存できる温度ではなくたまたまあった看板と雪だけ写真に収めていそいそと車に歩み寄りドアに手をかけたのだが突然後ろでキャンという鳴き声が聞こえたえらく甲高い声だはて何だと後ろを振り返るが真っ暗闇で当然何も見えないむむ現状から推察するに1番可能性が高いのはサルか下北半島はニホンザルの北限だと聞いた八甲田山にいても何ら異常なしそう瞬時に判断しどうせなら見て帰りたいものだと欲を出したのが悪かった次いで聞こえたのは無線のノイズが入った中年男性の声だキャンとは明確に別人で僕よりも低い声だしかし東北訛りもあってか何が言いたいか全く聞き取れなかったむしろ今思うと意図を持たない意味の無い音の連続であったかもしれないキャンと中年男性は何度か交互に聞こえた明らかに2つのなにかが音を発しているどういうことだ目前-3℃の暗黒の森に何が存在しうるというのだ今私が認識しうる状況において人間の声が聞こえたということだけが理にかなっていない車には灯りが付いていてその何かが気付くための器官を持っているならば僕達には容易く気づけるはずだったが中年男性の声は僕たちに向けられているようには聞こえなかったそしてキャンという声の主も途中からはキャンではない意味を汲み取ることのできない音を発し始めそれもまた僕たちには向けられていなかったどういうことだ無線は山で谺し続け決して麓へ届くことは無し震えて車へ戻り何も言わず発進したここは青森・八甲田山死の彷徨は今なお続く

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