此処にあり続けること
長いことネイリストをしている中で、忘れられないお客様がいる。
ひとまわり以上年下の彼女は、透けるように肌が白く、足も腕も折れそうなほど細くて、いつも不安そうな目をしていた。
もともとの知人で、不安定な部分を心配に思っていたから、
彼女から「ネイルをしてみたいんです」と連絡をもらった時は、すごく嬉しかった。
毎月通ってくれる中で、当日キャンセルも何度かあった。
ぷつりと音信不通になったと思ったら、数ヶ月後に連絡が来ることもあった。
人に裏切られたと虚な目をしている日もあれば、やっと信じられる人と出会えたとキラキラした笑顔で話してくれることもあった。
彼女は頭が良く勉強熱心で、大好きな心理学の話をしている時が一番楽しそうだった。
だから私はよく、いい年してうまくいかない恋愛相談をした。
人の心理に詳しい彼女は、いつも親身になってアドバイスをくれた。
会うたび痩せていく彼女は誰が見ても不健康で、痛々しい。
でもそんな彼女も、キラキラに仕上がったネイルを見るとはじけんばかりの笑顔で、
「明日からまた頑張れます!」と足取り軽く帰って行った。
通ってくれた期間は短いけれど、月に一回の施術の中でたくさんの話をした。
抜け出したいのに抜け出せない、自分の複雑な家族関係の話。
たくさん人に騙されてきた過去の話。
ランニングをしてみたいというので、一緒に走りに行ったこともある。
けれどある日突然、彼女は忽然と消えてしまった。
あまりにも透明で綺麗な子だったから、そもそも存在していたのかすらも曖昧な気がする。
ネイルサロンという空間は、本当に不思議な場所だと思う。
普段は人に言えない会社の愚痴とか
一人で抱えきれない人生の苦しみとか
愛してやまない推しの話とか
今日あったちょっといい事とか
いい事も、悪い事も、抱え込んでいるものも、なんだかポロッと話せたりする。
私はいつでも全てを受け取る心づもりでいる。それが私の思う「ネイリスト」だから。
長年同じ土地でネイルサロンを営んでいる人には、きっと共感してもらえると思うのだけど
地域に根付き、対面し、手を握り合う私達は、
「爪を綺麗にする」ということを飛び越えて、その先にある存在意義を考える。
ネイルサロンというものは、この世界に必ず必要なものではない。
けれど、その存在に救われる人は必ずいる。
そう私は信じているから、どんなに思うようにことが進まない時でも「やっぱやーめた」は絶対しないと決めている。
「此処にあり続けること」
これって、簡単なようで難しい。
その難しいことを継続していくことが、今の私の人生の目標であるし生きる糧になっている。
この世界にはきっと対話が必要で、手を取り合うことで生まれるものがたくさんある。
そのための「場所」が、ネイルサロンであってもいいんじゃないかと思う。
忘れられないあの子が今どこで何をしているかは分からないけれど、きっとどこかで走ってる。
そうであって欲しいなと思いながら、今日も私はお客様と対話をし続ける。