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“ちょっと” 3個目の老眼鏡(7月19日水)

小さい字が見づらくなってきたら、意地を張っていないで、早めに自分に合った眼鏡をつくったほうがいいと、眼科の医師は言っていた。
そういう話を聞いていなかったら、もうちょっと裸眼で頑張っていたと思う。
新聞や本が好きな私としては、すらすら活字が読めないのはやっぱりつらい。もう限界という今からちょうど10年前、2013年に老眼鏡第1号をつくった。

2018年に発売された『広辞苑第七版』は、それまで使っていた普通版ではなく机上版のほうを買った。文字が大きい分、辞書の大きさもデカ版で、「あ-そ」「た-ん」の2冊に分かれている。これなら老眼鏡なしでも見えると喜んでいたのも束の間、それを見るのも怪しくなってきた。ここで第2号の老眼鏡となる。

それから5年後の2023年、今度は外出時にも持っていけるように、小さめのフレームにした。外で字を見る機会も結構ある。スーパーの商品表示、カフェのメニュー。今まで不自由していなかったことは、本当はありがたいことだった。現状の目に合わせてもらったレンズは、小さい字をもろともせず、くっきり見える。これまでの眼鏡は何やったんやと、ちょっとショック。

眼鏡店の方の話によると「もうしょうがないですねぇ」ということ。目の周辺の筋力の衰えとともに、だんだん合わなくなるものらしい。4~5年して眼鏡をつくり直すというのは標準的と太鼓判を押され、そんなもんかと納得。ほぼみんながそうなっていく言われると、受け入れるしかない。

第3号の眼鏡があれば見える。

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