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「あの人参、美味しかったな」

 どうして、こんなに美しい野菜が育つのだろう。
 どうして、こんなに丁寧に梱包されているのだろう。

 私は物書きの傍ら、農薬や化学肥料に頼らない有機野菜などを扱っているお店で仕事をしています。
 朝、集荷から戻って来たトラックから「逢坂農園」と文字が入ったコンテナを受け取ります。
 野菜は丁寧にパックされ、整えて詰められて。間には新聞紙が敷かれていたり、丸めて入れられたり。
 逢坂農園のコンテナを受け取るたびに、まるで贈り物を開けるときのような感覚になるんです。
 だから野菜を店頭に並べるときは、背筋を伸ばしてしまうほど。
 言い過ぎですか?
  いえ、本当にそうなんです。

  スタッフ間で「これ、間違いなく美味しいやろ!」「素敵なちんげん菜~!」などと会話を交わす。
   実際にとても美味しいのだけど、野菜に“萌える”なんて、めったにない。

   逢坂農園さんの野菜は、“際立って美しい”んです。

ーとても丁寧な梱包には、どんな思いがあるのだろう。
ーなぜ、こんなにも美しい野菜が、農薬に頼らずに育つのだろう。

   その理由が気になって仕方のなかった私は、連絡をとって、逢坂さんに会いに行きました。

(もちろん、お店に置いてある他の生産者さんの野菜も、美味しいです!)

6月11日木曜日

梅雨空。農園の場所がわかりにくいのでと、最寄りの道の駅で待ち合わせをして、逢坂さんの車の後をついていきます。
事務仕事などをする小屋のなかで、お話を伺います。

香川県まんのう町 

逢坂農園 逢坂勝さん(50)

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    出身は善通寺市です。東京にある大学を卒業して…。ちょうどバブルが弾けたころで、就職活動もしたんですが何か違和感があって…。うどんを打つ勉強をして、7年くらいうどん店もしていたんです。実家はお寺をしていて、兄貴が継いでいるんですけど、父の具合が悪いのもあって、お寺を手伝いに香川へ戻ったんです。36歳から41歳くらいの時ですね。しだいに、兄貴も落ち着いた。そのころ同窓会があって東京へ行くんですが、もうみんな結婚して家庭を持っていた。帰りの新幹線で「独立せなあかんな」って思ったんです。でも僕は40歳を過ぎてて、「選択肢は介護か農業か」。介護は自分には合わないかもと感じ、農業に絞ってネットで調べていたんです。

土佐自然塾との出会い

 “有機”という言葉は知っていましたが、あくまで漠然と。たまたま高知にある「有機のがっこう 土佐自然塾」のホームページを見つけて。農業で仕事をしようと思っても、年齢制限のあるところが多いなか、ここは年齢制限がなかった。試しに一週間、研修を受けに行ったんです。で、ここの野菜が綺麗だし、美味しくて…。そのまま一年間見習いをして、その後研修補助員として勤めました。当時、自然塾の事務員をしていた妻との出会いも土佐自然塾です。

 ここで、奥さんの由衣さん(38)が登場します。大きなお腹には、第二子が宿り、7月に誕生予定です。
さて、「有機のがっこう 土佐自然塾」とは、一年間のカリキュラムで有機農法を一から学べるところ。2006年に高知県と地元NPOとの協働事業で始まりました。故・山下一穂塾長の存在感も大きいようです。山下さんの力強さが、ネット上の写真だけでも伝わってくるというか…。

―土佐自然塾については調べてきたんですけど、けっこう厳しい感じを受けました。

(由衣さん)一日中除草とか、がっつり農作業の日も多いですね。カリキュラム上は9時から17時となっていますが、朝5時から収穫して、朝ごはん食べてパック詰めして…など、実質的にはもっとやっていましたよね。技術だけ学べればいい、と考えていた人もいましたが、やる人はずっとやる。分かれていたかな。

(勝さん)日曜日だけ休みなんです。でも、”売るのも勉強“だとして、月に一度、産直のような場所で野菜を売りに行っていました。だから休みは月に3日ほど。

(由衣さん)座学もあったけど、山下さんがよく言っていたんです。「感性を鋭くして学びなさい」って。

(勝さん)例えば、ピアノにしても、教わる部分はもちろんありますよね。でも、一定程度いくと、もう教えられない部分がでてくる。自分でつかむというか。農業は自然が相手です。「こういう時に蒔いたら」というような基本はあるけれど、気候の変動もある。“こういう時”でない、いつもと違う時にどういう判断をするかというのは、もう自分で判断するしかないんです。
産まれてこのかた培ってきたものの見方とか、そういったものとどうリンクさせるか、イメージするか。言葉って、わかったようでわからないもの。山下さんはね、口数は多くなかった。冗談も言いますけど「肝心なところは自分でつかめって」、そういう人でしたね。

(由衣さん)「答えは畑にしかない」って学んだよね。

“触ったことのない土”

(由衣さん)勝さんは、土を触るのが好きだよね。粘土もそう。うどんをこねるのもそうだし。さわった感じ。そこから何かを得るのが好きなんだと思う。その感性に長けているというかね、人と違うものがあると思うんですよ。(農園のある)この場所を選んだのも、“触って”決めたんだもんね。

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(勝さん)畑は段々畑なので作業性が悪いんです。トラクターが入らないので。でもここは、“今まで触ったことのない土”でした。触った瞬間に「うわー」て思って。

(由衣さん)2週間くらい、毎日触っていたよね。

(勝さん)妻に、“(この土地を)借りてもいいかな”と聞いたんです。

(由衣さん)夫が「ここでいける」と言うならいけるだろうと。私はもう納得していましたから。

 こうして、人伝に土地の持ち主を紹介してもらい、「逢坂農園」の場所が決まりました。
 勝さんは野菜のなかでも特にニンジンが大好きなのだそう。由衣さんいわく「(勝さんにとって、ニンジンが)かわいくて仕方ない」のだとか。真面目に勝さんは話します。
「ここでなら、自分の思うニンジンが出来るだろうし、売れると思ったんですよね、量産はできなくても」。

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【写真は直近の間引き人参。葉っぱは、かき揚げにしたら最高だろうなぁ…】

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高松市内にある串カツ専門店・串よしで、逢坂さんの人参が使われています。「もともとは和歌山県から姫人参を仕入れて調理していたのですが、産地が台風等の被害を何度も受けたり、仲介さん、市場を通しても、入荷が難しい状況が何年も続いていました。で、偶然、逢坂さんの人参をスーパーで発見しました。使えないかと揚げてみたところ、いけると。姫人参ファンだったお客さんにも好評」だそうです(串よし・宮本さん)】

(由衣さん)勝くんはこの土を後世に残したいんでしょ。

(勝さん)借りている土地ですが、本来は誰の土地でもないですよね。先祖代々から、さかのぼれば。慣行農業をしていないですし、土がいい。だから、僕が死んだとしても、いい野菜ができるはずなんです。
 さっき、「綺麗な野菜」と言ってくれましたが、僕の技術ではなくて土が90%。無施肥ではないけれど、適度に除草するとか、間引くとかしていても、蒔いたら基本放置です。潅水施設もないので、雨に頼るだけ。春が来て、何か感じたら「よし、このタイミングで蒔こう」って。そういう判断で育てているんです。

 (由衣さん)いい土になるよう手助けをしてる…いや、それは土に対しておこがましいよね。なんて言ったらいいんだろう…勝くんは愛しそうに土、触っているよ。きっと、キラキラしている野菜を作りたいんだよね。

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 (勝さん)子どももそう。何かが上手、下手だとかでなくて、その子がその子らしくキラキラしていたらいいんです。強制でなくて。野菜もそう。究極の野菜をつくりたいわけじゃないんです。「あぁ、元気そうな野菜」って。パッとみて”いい野菜“とわかる野菜。
 本能的に必要とするものを。体だけでなく心も元気になるような。そんな心持ちなんです。栄養のために食べるなら、サプリメントでいい。“生きている感じ”かな…大切にしたいのは。

 春の味、冬の味…季節ごとに

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 小松菜って、だいだい4週間ほど収穫できるんです。1週目は味が薄く、2、3週目になると味が乗ってきて美味しくなります。3週目の後半くらいから固くなってきて、4週目のものは強めに炒めたほうが美味しいかなって。
 料理の仕方もありますから、どれがいいってわけじゃなくて、季節の感覚というのがあって、それが無意識に体に入ってくるんです。冬の小松菜なら冬の味。春の小松菜なら、「わー、春の味がする」って。冬のカブは冬の味のカブが。その季節の味がある。

(由衣さん)そうだよね。春はポカポカしている味がする。

(勝さん)ちょっと美味しくない、とか、ここの人参はもっと甘いはずだとか言われることがありますが、それはもう季節が違うからなんです。
 僕、時間の感覚、流れが人と違うんですよね。自分の刻む時間というのがあって。時間、時間に合わせようとすると疲れちゃう。そこで人はリフレッシュしに海に行ったりするんでしょうけど。それができない人は、季節の味がする野菜を味わってみてほしい。
 綺麗に包装、パックしているというのは、手に取りやすいようにです。人参は大きさに合わせて袋も変えて。そこでの大きさは揃えるようにしています。揃っているほうが、料理しやすいから。だって、使いやすいでしょう?。

(由衣さん)揃っているほうが、野菜がかわいらしいかなって。イメージは大事にしています。“丁寧”というのも「大切にしているんだ」ということがお客さんに伝われば、それで手に取ってもらうことにもなるかと。
 コンテナの中の野菜の間に新聞紙を挟んだり、丸めて入れたりするのは、野菜がぶつかったり、陽にあたってしまうのが嫌だからなんですね。陽にあたると劣化してしまいます。お店の方にとってはゴミが増えてしまって恐縮なのですが。

(勝さん)野菜を持って帰るまでが農家の仕事だと思うから。うちの野菜、安いお金ではないですよね。小松菜が一束180円とか。でも、大事につくっています。それを買ってくれて、お客さんにも、その家族の心にも何か残れば…。ものを大切にするとかそういうのが出来ることが大切かなって思うんです。
 物の価値がわからなくなっていますよね、今って。服にしても、安い値段でみんなが同じものを買える。僕、もともと服が好きだったんです。でも、デパートなどに買い物に行っても、欲しいものがない。いい値段の、美味しいものを食べたことがエクスタシーになっていたこともありますが、今はもうありません。
 そんななかでプチ贅沢というか、そういうものが野菜にもあっていいのではと思うんです。プチ幸せ。想像力をあげてほしい。

 守るべきものとは

 今までいろんなことをやって生きてきました。でもね、こういった農業は割に合いません。いまが「70」だとして、人が求めるものが80だとします。10あげるのって、とても大変なんです。
 小松菜の高さをもっと揃えたいけど、揃えようと思ったら手間がかかります。そして葉物は劣化も早い。
 何かもっと肥料を?ということに、価値を感じないんです。それをするのは僕じゃなくてもいい。そもそもは、土がやってくれていること。
 何かするとしたら、水くらいだと思います。必要な時に水を上げられるように潅水施設くらい。

 (由衣さん)雨が全く降らなかったり、夏は夏で暑すぎたり、環境の問題もあります。それによって、野菜がまったく育たないこともあるし、蒔いたうちの、少しだけしか発芽しなかったこともある。うちの場合、水は雨が頼りなので、雨が降らないと大変ですね。

 (勝さん)農業人口に対して、95%が家族経営です。これは日本に特化したことではなくて、世界的に。日本は山間地が多いから、大規模農業は向いていない。できるとしても北海道とか。香川なんて大規模農業はそもそも無理です。うちは段々畑とあって、除草だけに一週間かかることもあります。電気代、水道代などもあって、自給自足は今の日本は難しいでしょうね。24時間、手は二本しかないわけで。この地域もですが、田舎は人がいなくなって、イノシシ、サル、ハクビシンなどが増えてきています。山が近くなってきたんです。動物たちとのせめぎあいにもなっている。ここらへんも専業農家は2、3軒しかないですね。跡取りがいなくてどうなるんだろうって。この地区をひとりで管理することはできません。集落でみんなで草刈りするとかそういった共同作業が必要です。
 田舎への移住がブームになっていて、そういう地域もありますけど、数家族だけが移住するのではあまり意味がない。後々にね、畑を山に返すのは仕方のないことかもしれません。周りに農家がいないと山とのせめぎあいはできないですから。だけど、たとえば水路。“組合”があって、長い水路をみんなが管理するから、水が引けるんですね。

 あー、本当にそうですよね。どんどん人が減って空き家の多い田舎が目立っています。田舎の風景も変わっていく。異常気象だとか、環境問題にしても、これからどうなるか不安は絶えないですよね。
 ところで、畑の場所は、あちこち探して見つけたんですか?

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 (勝さん)ここは、地区名では仲南というところで、マツタケとかタケノコとか、小さい頃よく掘りに来ていた。その空気感が好きで、仲南地域で畑をしたかったんです。

(由衣さん)勝さん、自然が好きだよね。だって、歩きながら草触ってるもん。

“100年後の肥やしになりたい”

(勝さん)
独特の、放線菌の匂い(≒土の匂い)が好きなんですよ、笑。顔にあたってくる風の感じも。
土佐自然塾を卒業するとき、メッセージをムービーにして流すんですが、僕は確か「100年後の肥やしになりたい」って言った。
この場所も、農家であること自体も、これから先はどうなるかわからない。だけど、僕の前にも、後にも、形は変わっても農家はいることでしょう。ただ、100年後には農業というものがこの社会からなくなっているかもしれません。でもね、やっぱりこの畑が山になってしまって、そこをゼロから畑にするのはとても大変なこと。だから、畑をしている。可能性があるなら残していきたい。
 これからの地球とか農業に対しての理想はあります。希望もあると思っているんです。
 でもそこで、実践するのは僕でなくてもいい。ただどこかに何かが残っていたら、一部になっていたら…という気持ちで農業をしています。
 落ち着きどころというか、ものの見方というか、そういうのをね、作りたいんです。自分の名前なんかどうでもいい。「小さい頃食べた、あの人参、美味しかったな」、それがいい。
    食べたとき、心が落ち着いたとか、そういう人が次の世界も創造できるし、生きていくんじゃないかって。日々のなかで波をつくれる、つくっていけるような。
   わからないんですよ、ふつうの人の感覚が。
   僕は周りに合わせないで生きてきた、とも言えます。

(由衣さん)それを許してくれる環境があったよね。

(勝さん)好きなことをやりたいので、綺麗にパックしている。それだけです。あと、食べたときの見た目とのバランス。

(由衣さん)食べながら出荷作業してるよね。収穫しながら畑の調整もしている。食べて「味、乗ってきたねー」とか。しょっちゅう、食べてます。私たちが一番、逢坂農園の野菜を食べてるかも、笑。

(勝さん)綺麗な野菜は美味しい。きゅうりもね、スーパーにあるようなものは違いますが、まっすぐでピッとしているものが一番美味しいんですよ。人参も真っ直ぐなものが美味しい。素直。気持ちの良さそうな人っているじゃないですか、それと一緒で。

ここで、勝さんが「名刺の裏を見て下さい」と言います。裏を返すと、野菜のイラストが。「これ、なんだかわかります?」と。

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野菜の名前はわかるけど、何だろう…。

(勝さん)野菜の頭文字を読んでみてください。

お、い、し、さ、は、し、あ、わ、せ。

もう…。
伝えたいことがギューっとこの言葉に詰められていたんですね。
「うつくしさはおいしさ」にしようかと、迷ったのだとか。
どちらにしても、ものすごく、“いい”ですよね。

(由衣さん)思いがなかったら、勝くんの野菜、つまらない野菜になると思うんです。

(勝さん)誰が作った野菜だとか、うんちくを聞いて考えながらとか、頭で食べるんじゃなくて、食べて何となく“ホッとしたね”と感じてほしいんです。当たり前に、食べてほしい。
美しさとは安心だし、信用かなって。

勝さんの、自然体で正直で、“芯の通った姿勢”。それをずっと感じながらのインタビューでした。
私が抱いていたふたつの質問への答えはもう、十分に伝わっていますよね。
同時に、
勝さんの感性を受け取める由衣さんの存在もあってこその「逢坂農園」でもあるのだろうなと感じながら…。

伺った時は、小松菜が終わり、ミニチンゲン菜が終わり、カブの収穫が終わったばかり。畑には野菜がない状態とのことでしたが、畑、見てみたい。
「草ボーボーですけど」と言う勝さん。
見せてもらいました。

小屋を出て、裏の畑へ。

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私は一瞬、言葉を失います。
畑全体が、本当に草が伸び放題だったので。(失礼ですが)予想以上に。
でも、そこでまたハッとさせられるんです。

(勝さん)草は刈るのではなく、粉砕する機械で細かくしますが、草は土に戻します。

畑にとっての草=刈るもの、としかイメージがなかった私は胸を突かれました。
戻すもの…。

(勝さん)
草も、野菜もそのまま。虫が食べるでしょう。粉砕した草は微生物が好みます。そこでまた循環していくんですね。畑のなかに生態系がある。虫はもちろん、いろいろいますよ。

由衣さんが言いました。
「ほら、また草、触ってる」。

これほど、土のことを思い、考え、「農」に向き合っている逢坂さん。
こうして私は逢坂さんの言葉を文という形にはしたものの、言葉に出来ないものが、いまも私の胸には残っています。
TPP、在来野菜、遺伝子組み換え、F1、種子法…。農をとりまくこうした問題はもちろん、私たちは真剣に、私たちが食べている「野菜が育つ背景」に、関心を持つ必要がある。

畑に行こう。
農家さんに会いに行こう。

食べ物=food=風土(フード)。
同じ韻、ですよね。

おいしい、を漢字で表すと「美味しい」。
美しいという文字が入るんです。

逢坂夫妻に会った夜、私は気づいたんです。

―最後に。

野菜に限らず。
心身から“美しい”と感じられるもの。
「うわー」って感じるもの。
その奥にあるものにちょっと思考を巡らせて、その“理由”に触れられたら、
世界の見方が変わりそうです。
手に取るものが、変わりそうです。


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