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兵庫県たつの市の物語:第2話 面白い、の感度~矢野一隆さんのお話~

 矢野さんの素地と軸 “笑かせな、意味がない”

 知的や発達などの特別な支援が必要な子どもをもつ親の会「育成会」は、全国各地にある団体です。そのひとつ「たつの市手をつなぐ育成会」の代表が矢野一隆さん(58)です。矢野さんには重度の知的障害のある娘さんがいらっしゃり、育成会メンバーが中心の、知的・発達障害のある人たちが地域で楽しく笑って過ごせるまちづくりを進める団体「ぴーす&ピース」の代表も務めています。主な活動は知的・発達障害擬似体験で、すでに公演回数は200回を超えており、北海道から熊本まで、全国各地に活動を広めているといいます。SNSを通じて矢野さんの存在を知った私。何やら、いねいぶるやT-SIPの活動にも関わっている様子。お話を聞かせて頂けないかと連絡すると快諾してくださいました。
 矢野さんからのメッセージには「では食事がてらお話しましょう。日山ごはんはご存知ですか」とありました。“日山ごはん”はいねいぶるが運営するカフェ。ここを提案してくれたことですでに矢野さんの人柄が少しわかった気がしたのですが、2月13日が近づいて営業を確認すると、日山ごはんは休みであることが判明。私は慌てて場所変更のお願いをします。すると「何が食べたいですか?揖保乃糸は食べられたことありますか?」。素麺を食べに行くことがきまりました。

 矢野さんとはいねいぶるの前で合流。矢野さんの柔らかい雰囲気、かつ“おしゃべり”な人柄もあって、初対面の緊張はすぐにほぐれてしまいました。案内してくださったのは、たつの市観光協会が運営する「さくら路」。素麺をいただきながら、お話を伺います。

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 (矢野さん)たつの市って、ある種特殊だと思うのよ。育成会は全国組織ではあるけれど、うちは行政と育成会のつながりがかなり太い。宮崎くんの姿勢もそうだけど、行政に「〇〇して」「お金が欲しい」といった要望を出さない。一緒にやりましょうって言う。行政に委員として入ってもらったりして、お互い補い合うっていうのかな。市長が「行政ではできないことを応援するのが行政や」というような趣旨のことを言っている。一人では何もできへん。ただね、僕、人を知っている。僕のおじいちゃんがたつの市でずっとPTAをやっていて、母親も9年間PTAを務めていた。さらに僕自身、子どもが小学校に入って息子が高校に入るまで、計22年もPTAに携わっていたもんだから、「矢野」という名前が代々通っているんだな。矢野という名前の素地がまずあって。だから育成会に関する活動も市のなかで進めやすかった。僕のなかに”巻き込もう”って意識があるの。あの人とあの人が組んだらおもろない?って。宮崎くんは40代やからその前後の世代と、僕はシニア世代とのつながりが強い。で、市役所に勤めている同級生は今はもうみな部長クラスにもなっている。だから余計にね、活動しやすいっていうのはある。小学校区の人権教育の推進委員も務めているものだから、学校に入っていく垣根がめちゃくちゃ低い。

 今や、学校というと、不審者対策もあってどこも扉が固く閉じられているように感じます。地域に一番根づいているはずの“学校”が、地域生活のなかで遠い存在になってはいないでしょうか。教育委員会、なんていう言葉にもどこか固いイメージを抱いてしまいがち。だけど、矢野さんにとっては、学校は“近いもの”なのですね。

  たつの市は行政と民間の距離が近い。市が主業になるでも、民間にまかせっきりになるでもない。双方でやらないとダメだと思うんだけどね、たつの市はそれが出来かけているんじゃないかと思う。0円イベントの“Okurimono”には行政職員も参加していたけれど、職員がいい表情していたものね、楽しんでた。“Okurimono”にも、コープ龍野で行われた“ユニバーサルショッピング体験”のときにも市長は来ていたね。“イザ!カエルキャラバン”の時は、肢体不自由の女の子と居合わせて、女の子を(防災イベントの一環で)“毛布担架”で運ぶシーンがあって市長自らその毛布担架を持ってくれた。ユニバーサルショッピング体験では市長自ら知的障害のある女の子の買い物アテンドをやっていた。その女の子の親が「普段は見せない、いい表情をしていた」って。女の子は感動して市長に手紙を書いて。で、市長から返信があったって。

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 イザ!カエルキャラバン。中央が市長。

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ユニバーサルショッピング体験 

2012年の末、地元・たつの市で起きた事件がきっかけで、知的障害擬似体験を思いついたといいます。育成会として意見書を行政に提出。自治会での擬似体験を皮切りに、民生委員の人権研修や県職員管理職研修でも擬似体験を実施するようになったほか、今では幼稚園から小中学校などの教育現場でも積極的に擬似体験を実施しています。

 最近はね、福祉の範疇ではないところからも声がかかる。福祉の分野にこだわっていたっておもろないでしょ。宮崎くんが何かと掛け合わせたりして“おもしろい”をぶつけてくるの。コープ龍野でのユニバーサルショッピング体験だってそうだもの。実店舗で、実際にお金を使って買い物をするなんて試み、とても珍しい。というか日本初ではないのかな。とにかく、面白くやる。大変だな、ではなくて、気づきのきっかけにさえなればいい。福祉職にではなく、市民に。知見があまりない市民が気づくには、「笑かせる」しかないと思う。面白ければ、食いついてくれるから。だってさ、学校の45分の授業で笑いがなければそんな時間もつわけがないもの。
僕にとって、“おもしろい”が一番!基本!根底!

 疑似体験をする

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 矢野さんがカバンから、擬似体験グッズを取り出しました。
「実際に体験してもらったほうが話が早い」と。

 「今から、4つのカードを出すから順に絵を描いていってね」

 「りんご」…うん。簡単よね。「ボール」…うん。これも描ける。
 次は…え?
 「ちょっと」。
 描けません!パス!!
 最後は「ちゃんと」でした。
 描こうとしたけど、描ききれず…。

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りんごはストレートにけるよね。ボールは…あなたは野球ボールを書いたけど、サッカーボールを書く人もいるかもしれない。
そして「ちょっと」で描けなくなった。これがね知的障害のある人の気持ちなんです。どうしていいかわからないっていう。

 さらに続きます。

 A4サイズのカードがテーブルのうえに置かれました。
「どうぞって僕が言ったらカードを返して3秒数えます。そしたらまたカートを裏にしてね」
はい、ではどうぞ。1、2、3、…。
何の写真だったか書いてみて。

“白い鳥居があって、車が走っていた写真”と私は書きました。

ここで矢野さんが再度カードを返します。
写真をじっくり見てみると、背景は、出雲大社と書かれた大きな白い鳥居がある通り。その手前、橋がかかっている道に車が列をなしていて、脇には自転車をこぐ人の姿。さらに写真にはガソリンスタンドも映り込んでいました。

 普通の人は、あなたのように“鳥居”とか“車”とか、大きなものを見ようとするけど、知的障害のある人って自分の興味のあるもの、好きなものを捉えようとする。だから「橋の写真」とか「ガソリンスタンドの写真」とかって答えることが多いんだな。

 100人いたら、100通りの支援方法がある。コップに水を汲んでほしいという意図がある場合、コップを指さして「ちょっと水汲んでおいて」と言う。だけどね、障害者にとってはその「ちゃんと」って意味がわからない。具体的にここまで、という物差しが必要。「ちゃんと」だって同じで。どういうことかと具体的な説明が必要。

 実体験、わかりやすいものでした。実体験のネタはほかにもいろいろあるといいます。依頼先に合わせて組み合わせを変えたり、併せたりするそうです。

「ぴーす&ピース」のメンバーは37名ほどで、20代から60代までが所属しているといいます。20代には市役所職員や社協の職員も。内訳を矢野さんが教えてくれました。

 当事者も含めると育成会が11名、行政が13名、社協1名、地域住民が12名。でな、何がおもろいかというと、うちは劇をやらんのな。こういう団体は寸劇などをやることが多いと思うけど、うちは”面白いことに特化しよう“って。しゃべりで笑かそうってのが基本なんや。講演に呼ばれても、行くメンバーは2人か3人。漫才形式でやっとるの。台本もない。当日事前に少しは打ち合わせするけど、内容は都度変わる。メンバーの組み合わせも、そのときに都合がつくメンバーの掛け合わせやから。

 以前な、僕がネタを作ったことがあるけど、市役所職員に「わからんわ」と言われてネタ作りを辞めたの。僕は知的障害のある子の親やから、どうしても福祉寄りになってしまうのかもしれん。市役所職員がネタをつくるほうがわかりやすいしおもろいんやね。親の限界を超えられて、なおかつみんなに伝わるもんができる。

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 うちはアドリブも多いから、活動内容をビデオに撮ったりもせえへんの。ライブが大事。舞台は生き物。うちのおもしろさは映像では伝わらへん。みんながな、アドリブで笑いを取りに行けるのがうちの最大の良さや。

―矢野さんが不在の講演でも大丈夫だと。

 そやで。だから後継者は必ずしも必要でない。うちの団体をみて立ち上がった団体が28団体あるんや。それらが子ども。孫までおるんやから。日本あちこち行って、伝授するのも役目やと思っとる。後継者は必要ないし、そもそも無理や。
 メンバーのみんなが何か特別な使命感があるわけじゃない。使命感は薄いんじゃないの。ある意味”趣味”でやっとる。たかだか90分の研修でわかってもらおうなんて思ってない。気づきのきっかけでいい。授業だってな「眠たかったら寝てていい」「擬似体験のときには起こすから」って。


 こんなんやけどな、僕は小心者だから毎回ドキドキするんやで。だけど、緊張感のない舞台は絶対に面白くない。緊張していないといいものもできないと思う。

 ここまで話を伺ってきて、矢野さんの存在感がいかなるものかに気づきました。矢野さんはきっとみんなに愛されてる。
「ぴーす&ピース」は、知的障害擬似体験というジャンルで、2019年、厚生労働大臣表彰を受けています。

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 宮崎くんから言われるんや。「これ、面白いって思わないですか?誰もやったことがないですよ」って。きっとな、宮崎君も僕も“初めて”に弱いんや。誰もやったことがないならやろか。
それが“軸”なのかもせえへん。
 でもそうやな、“初めて”やから失敗ってない。比較もされない。自分たちが楽しかったらそれが成功。

―こうあったらいいなとか、描いていることはないのでしょうか。

 ないな。活動自体、行き当たりばったりやから。ボランティア活動に”大きな労力は使わないの。そりゃあ、知的重度の娘がおるから、親がいなくなっても地域で暮らせるまちになればいい、だれにでもやさしいまちになればいいって思いはあるけどな。
 行政と市民の関係が近くなった。両者が近づくほどに、行政はいい加減なことできなくなる。お互いやけどな。行政と対立するとかではなくて、一緒になってやればいい。不足している部分は伝えればいいし、逆にお金がかからない方法を考えて、こちらから提案すればいいって思う。
 市長も”Okurimono”のイベントのことを「あれは面白かった」って言ってたんで。
 でもね、“カエルキャラバン”は、ひとつだけ失敗したことがあるって思ってるの。

―失敗?

 そう。あんなに人が来ると思っていなかったってことが失敗や。3時間のイベントに450人以上が来るなんて、誰も予想していなかった。だからな、マイクを用意していなかったんや。きっとまだまだ面白いことがあるんやな。想像できることがあるんやないかな。宮崎君は発想が豊かや。僕と違ってな。ひらめくんやろ。

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いやいや、宮崎さんの柔軟な発想は確かに間違いないのでしょうけど、矢野さんの“笑い”発見の感度もすごいものがなければ、アドリブでの舞台なんて出来ませんて。
 きっと双方、“面白い”の感度がすこぶる“高い”のだと思います。


私のアクシデント。矢野さんの気転。

 ここで時間は14時です。矢野さんの撮影をと思ったところで、アクシデントが発生しました。取材の様子をスマホで撮影しようとしたらスマホの容量がいっぱいで、それならば一眼レフで撮ろうとシャッターを押すものなら、(一眼に)挿入している2枚のSDカードが両方とも“壊れています”との表示。

 なんと!ダブルカメラアクシデント!!

 撮影不可能~!!

 どうする?!

 (ましてやこんなにいいお天気なのに…)


 すると矢野さんが 「僕のスマホで撮りたい写真を撮ったらええよ。あとで送るから」と。
 私はこのあと、15時すぎに、コープ龍野にアポイントを入れていました。
 「コープに(私を)送る途中で家電店に寄ったらええな」
 こうして、私はお店で新しいSDカードを購入し、カメラアクシデントを乗り越えることができたのです。
 矢野さんの気転に助けられたのでした。
 ありがとうございます、矢野さん!!

(トップの矢野さんの顔写真は、お借りした、矢野さんのスマホカメラで撮影したもの)。

第3話、コープ龍野のお話へ続きます。



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