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〝循環〝―場の意味、場の可能性の先にあるモノ

 2019年12月15日、築92年の町家を改修した「ささえるさんの家となみ」、プレオープンの日がやって来ました。
   北海道で在宅医療を通し、地域をささえる活動をしている永森克志医師の活動「ささえるさん」からののれん分けというのが名前の由来です。
 代表の鷲北裕子さんは、お母さまの玲子さん(86)とともに臨床美術に魅了され、4年前に「新富アートクラブ」を創立。月2回、約30名のメンバーと活動を共にしてきました。
   新富アートクラブの活動拠点である公民館が使えなくなることや、富山型デイサービス、ものがたり診療所の佐藤伸彦先生の活動、みやの森カフェなどの活動に深く関心を持っていたこともあり、鷲北さんは“臨床美術もできる、多世代が集える居場所をつくろう”と、持ち家だった空き家を改修して活用することを決意。クラウドファンディングも活用し、全国からの支援も受けました。

朝もやと月。―砺波駅到着。

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   12月15日、早朝6時15分過ぎ、夜行バスは砺波駅に到着しました。
辺りは少しずつ明るくなってきていましたが、空を見上げるとまだ月が輝いています。
 「奈保さん、来てほしい」
 そうメッセージをもらったのは、一週間前。
 一か月前の11月14日、15日、私は富山県に足を踏み入れ、鷲北さんと初めて会い、あちこち案内してもらっていました。
 それはとても印象強い2日間の取材になりました。

 心こもった案内をしてもらって富山を好きになり、鷲北さん自身の話も聞かせてもらって、鷲北さんの活動が”他人事“ではなくなっていました。
そこで再度、富山に行くことを急遽決意したのです。

 鷲北さんには6時25分着予定だと連絡していて、砺波駅まで迎えに来てくれることになっていました。
「もうすぐ着きそうです」とメッセージするも、返信がすぐにはありませんでした。4時間前にオンライン、とも。
 準備で寝不足であろうこと、疲れているであろうことは容易に想像がつきました。
 まだ寝ておられるかもしれないな…。
駅から歩いていけるところに、6時から開いているパン屋さん・霜月があり、モーニングをしていることも知っていたため、ひとまずそこへ向かうことにした私。
 鷲北さんには「パン屋さんにいるので、ごゆっくりどうぞ」とメッセージを入れておきました。

ステキな雰囲気のパン屋さんです。

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  モーニングを注文し、置いてあった雑誌を読もうとテーブルについたとき
 「奈保さーん!」と、鷲北さんが登場しました。

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 再会です。

 なんだか、もう旧知の仲のような感じ。
 二人でモーニング。
 話に花が咲いてしまいそうになりますが、食べ終えたらもう7時半。
 「後は、ささえるさんで…」。

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 〔↑一ヶ月前の様子 11月14日撮影〕

一か月前、空き家だったその場所は、改修工事が始まったばかりでした。
 あれからどうなったんだろうと私はワクワクしていました。

新富アートクラブのメンバーと友人たちへ

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 「わー!いい雰囲気!!」
 改修工事真っただ中だった一か月前とはうって変わって。

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   漆喰の壁がやさしく。
 築92年の町屋は新たに、人を迎える場に生まれ変わっていたのです。
 とてもいい雰囲気の場でした。

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 さをり織りのグッズがズラッと並び、臨床美術の作品もたくさん展示されています。
 漆喰の壁を塗ったり、棚の飾りつけをしたり、日々改修にも携わった新富アートクラブのコアメンバー3名が手伝いに到着。
 さをり織りの体験やグッズ販売を担うNPO法人Jamの羽馬円さんもやって来ました。その後、この家で産まれ育った鷲北さんの母・玲子さんも到着します。
 埼玉、東京、長野からという遠方からの来訪者の姿もあり、場は一層賑やかになりました。

 9時40分ころ、鷲北さんが挨拶します。
 鷲北さんの言葉には、新富アートクラブのメンバー、臨床美術を通して知り合った知人、立ち上げを支えてくれた友人たちへの感謝の気持ちが込められていました。

臨床美術で”スペシャルなひととき“

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 10時からは臨床美術体験。
 新富アートクラブに臨床美術指導をしている、富山短期大学の北澤晃教授によるプログラム。お祝いの意味も込めた「立山連峰の初日の出」です。

 前回の富山取材で初めて臨床美術を体験した私。「いま、ここ」に集中する心地よさを味わいました。
「上手い・下手」などと評価されることがなく、純粋にアートを愉しむことができたのです。

 先生がひとつずつ行程を説明、デモストレーションをしたうえで、参加者もそれに沿っていきますが、先生と同じようにする、のではないのです。
 「自由に遊んでもらって」との通り、参加者ひとりひとり、作るものはまったく異なります。
 筆に墨をつけ、山の線を描いたり、手で紙をちぎったり、糊でそれらを張り付けたり。
 「あっ!紙が破れちゃった」
 そんな参加者の声に先生は話します。
 「後悔しない、というのもポイントなんですよ。失敗ではない。偶然のなせる業というか…後から眺めるとそれもいい味わいになったりするんです。人生と一緒。臨床美術は思いがけないことを楽しむことでもあるんです」
 ほとんどが初対面、臨床美術も初体験という13名の参加者たち。先生のそんな言葉に、緊張していた心もほぐれていきます。
プログラムを進めていくにつれ、”同じプロセスを踏みながら、みんなまったく違う出来”が際立っていき、臨床美術のおもしろさに、参加者たちも気づいていきます。
 「うわぁ…みんなちがーう!」
 「おもしろーい」「すごい!」
 「どうなっていくが。ワクワクしてきた」
 「こんな時間、普段なかなかないがよ」
 参加者同士の交流も弾みました。

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 1時間半ほどで作品が完成。13点の作品が一斉に並びました。13人の「初日の出」、圧巻です。
 ここからは鑑賞会が始まります。批評会ではありません。
 「その人が何を感じているのか。感じていることが絵に現れていますね」
   北澤先生が、作品ひとつひとつの持ち味や良さを言葉にして伝えてくれるのです。
 それらは嬉しくなる言葉たち。
 だから、参加者全員が笑顔になっていたのです。

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 2回目の体験の私も、「あー、楽しかった!!」なのでした。

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 さて、臨床美術を体験していたその空間は襖で仕切られていたため、外の様子を見ることはなかったのですが、
ずっとワイワイ、ガヤガヤ…。

多くの人たちが訪れていたのでしょう。

「臨床美術とは無限大やわ」

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   体の小さい玲子さんですが、体は丈夫で、大した病気はこれまでしていないそうです。
 この家で、鷲北さんを産みました。現在の自宅は別の場所にあっても、長く生活してきた大切な家。
数年人が住んでいないと、家というのはすぐに朽ちていきます。実際、改修前は10年ほど空き家になっていました。
オープン前日に、改修したこの家に入った玲子さんはその変化に涙を流したといいます。
 玲子さんからは「こんなにしてもらって…ありがたい。先祖も喜んどる」。
 ストーブの前に座りながら、ポロっとそんな言葉がこぼれました。
 娘とともに臨床美術に取り組んで4年。
 玲子さんは言います。
 「臨床美術は無限大やわ。取り組んでいる時、雑念が入ってねぇ…無心になるって難しいがよ」
 これからは、産まれ育った家で臨床美術に取り組む時間が積み重なっていきます。
 玲子さんは、どんな作品を生みだしていくのでしょうか。

さをり織りの空間で考えた

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   さをり織り体験も、前回の富山取材のときに初体験していました。Jamのスタッフ、羽馬さんと岩見さんにもそのときに会い、話を聞いていました。さをり織りと臨床美術には、共通するモノがあることに、鷲北さんも私も気づいています。
 言葉にするならば“いま、ここ”に集中できる芸ということと、”正解はない、上手い・下手ではない世界“といったところでしょうか。

 Jamの利用者も訪れ、さをり織り機が空いている時間には、新富アートクラブのコアメンバーである千春さんとおしゃべりをしながら織りを続ける姿がありました。
 さをり織りは、誰でも気軽に取り組める織物です。織り機もそれほど重くもなく、大きくもない。持ち運びがしやすいのです。

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糸の素材や色もカラフルなものが多く、自分でそれを選ぶのも楽しい。
様々なひとが同じ空間に混じり合う、そして“おしゃべり”の空間も生みやすい。
 これがまた、さをり織りの魅力です。

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 色とりどり。カラフルでポップな作品や商品。ファッションのアクセントとしても幅広く使えるものが目立ちます。
 羽馬さんも、岩見さんも、とても素敵なファッションをしているのです。(さらに美人さん!!)
 羽馬さんは話します。
 「作品の展示の仕方も色々試みているんですよ。私自身ももっとセンスを良くしないとなと思います。センスを磨く日々です」

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 Jamの活動拠点は、砺波市の隣・高岡市。
高岡はもともと、ものづくりの盛んなまちだそうで、「他の人たちとももっとコラボなどもしてみたいんですよね」(羽馬さん)。

   千春さんは、ここ2、3か月でさをり織りをマスター。
この日もひとつ、Jamメンバーとおしゃべりをしながら作品をひとつ仕上げていました。
   千春さんは大きな笑顔と笑い声が響く素敵な女性。アクセサリー作りも趣味だそうで手先が器用。この日ショップ棚には、千春さんが作ったグッズも置かれていました。
   「すでに幾つかストールを織っていてさ、Jamで販売してもらえればって」(千春さん)

   プレオープンイベントを手伝っていた新富アートクラブのコアメンバー3名は全員自作の、Jamで織ったさをり織りストールを纏っていました。

「さをり織りは、織るのがとにかく楽しいがよ」
   作品はグラムで値段が決まります。
ストールとなると、3000円以上になり、決して安い値段ではありませんが、Jamの収入になり、障害のある人の生活を支えることにつながります。
   千春さんの言葉、さをり織りを取り巻く空間、ささえるさんの家となみにこの日一日居て、私は思ったのです。

消費、ではなく「循環」だと。
お金だけではない。エネルギー、人の交流、心持ちの「循環」です。
地域のなかでそれが育まれていったら、どんなに素敵なことでしょう。
それはまた、暮らしやすさだとか、“共生”だとか、につながるのだと思います。

“ものがたり”のある場所で。

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 この空間で、これからどんな場が生まれ、どんな場に育っていくのでしょうか。
 楽しいだけではないこともある。
 運営を持続するには、パワーも必要。
 ですが。
 これまで培ってきたものが鷲北さんにはたくさんあって、太い樹となっているものもあることを確信しました。
 ささえるさんの家となみを通して、人とのつながりもさらに広がっていくことでしょう。
 そこでまた、パワーも強くなるはずです。

 砺波市、新富のまちに、いろんな人が集える場の誕生です。

 私は時々、遊びに行きたいと思います。



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