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海外で暮らす私が、Stand FMを続けているたった1つの理由

こんにちは。

オーストラリア・メルボルンでバリスタをしています。

最近、新たな発信ツールとしてStand FMというラジオを始めました。
始めたきっかけは、私の尊敬する人が始めていたから。大したきっかけではありません。
それでも放送していく毎にラジオの面白さに気づかされます。

始めて約1ヶ月、再生数は3,822回、登録してくださっているリスナーの方も180人と、本当に多くの方に聴いていただけています。(4/17日現在)
リスナーの皆さま、本当にありがとうございます。



といっても私はラジオが好きだったわけではありません。
しかしその収録を重ねていく毎に、他の方の放送もよく聞くようになり、ラジオが大好きになりました。
使っているStand FM自体も徐々に有名になりつつあるようで、以前よりもバラエティ豊かな放送が楽しめるはずです。

そんな中で、海外で暮らしている私がラジオを収録しリスナーの方に届ける意味についてずっと考えていました。

以下、結論と、このStand FMの特徴を含めながら、私の放送で行っていること、そしてどんなことを意識して、どんなこだわりを持って取り組んでいるか、を説明します。
もしStand FMを始めようか迷っている人がいましたら、ぜひ最後まで読んでいただけるとその背中をふっと押せるかと思います。



「素の声」を届けること

コロナがひどくなる前に既に始めていましたが、その時とは今全く状況が異なります。それでも私は、このラジオを始める時から変わらない、大切な心掛けがあります。

それは、「一次情報を届けること。」

私の言う「一次情報」とは、私がこのメルボルンという街で見た現実。景色、出来事、人や動物の行動、そのもの。
それが文字や画像でSNSを通して伝えると、どうしても脚色してしまいます。それは本当の意味での一次情報とは言い難い。


でも、発声する、本当の意味での「声」なら、私は脚色も何もできません。
そんな「素の声」は、今、そしてこれからもっと必要とされるはず。

今私が住んでいるシェアハウスのテレビでは、現地で流れるニュースは見れません。見れるのはNetFlixかYoutube。
なので世界の情勢や日本の出来事は、各種SNSのニュースかフォローしている人のつぶやく情報。信頼たる個人、企業から回ってくる情報・意見に対して疑いを常に持っているわけではありません。
でもどうしても、次々とタイムラインに流れてくるつぶやきや画像を、私自身心のどこかで他人事のように扱ってしまっているような気がするんです。

だからこそ今私が届けるべきなのは、この「素の声」

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このコーヒーの街、メルボルンという街で目の前で起こっていること。
それはこの街でバリスタとして暮らしている私にしかできないこと。
その情報がいつか、そして今必要としている人が必ずいると信じて続けて発信し続けること。

海外で暮らす私が、Stand FMを続けているたった1つの理由。

それは、「素の声を届けることが、僕が今すべきことだから」ということ。



声は、その人と空間を伝える。

音声は、その人の声だけではなく、例えばその声の反響音、服が擦れる音、鼻をすする音、風でゆれる木々、車のエンジン、その空間すべて含みます。
それらが耳を通して脳内で響くと、あたかもその人と同じ空間いるような、立体的な感覚になります。


私も実際に、メルボルンの地元スーパー内で収録した放送があります。

収録自体は至ってシンプル。
音声を拾えるよう携帯片手に、録音ボタンを押して話すだけです。
Stand FMは、この収録のハードルがとても低く、誰でもどこでも簡単にできる設計になっています。

なので普段は部屋の中で済ませることも多いですが、それだと面白みに欠けるなぁと感じ、試しに収録してみました。

なにより、文字や写真で伝えるより、スーパー内で流れるアナウンスや通り過ぎる人の声など、生の音があった方がより海外にいるという空気感を伝えられると思いました。

雨の雰囲気が伝わればと思い、直近の収録も雨の中で行いました。(もちろん雨をしのげる場所で)


外に出れない今、「外」の空気感を味わいたい人は少なくはないはず。


場所を選ばない収録が可能になった。

基本的にラジオの収録と言えば、周囲の環境から遮断された密室で行う、というのが一般的ではないでしょうか。密室にマイクと机があり、そのガラス越しには音声を調節するミキサー、みたいな。なので、放送局みたいな場所が必要、というのがイメージとしてありました。

しかし、既に録音できる媒体(携帯)が手元にあり、どこからでも放送できる電波(wifi)がある今、場所を選ばないラジオ放送が可能になりました。

そして最初にお伝えしたように、音はその人と空間を伝えることができます。これは映像だけではなかなか伝わりません。

「音のみ」という制約があるからこそ、人はその音から想像をし、空気を感じ、情景を思い浮かべることができる。簡単にはそこには行けないからこそ、音によってその情景がより魅力的に映る。



「素」の時代は、もうそこに。

最近Instagramのライブ配信をよく目にする方が多いのではないでしょうか。それが意味するのは、人は綺麗な画像や編集された動画ではなくて、加工も何もされていない「素」を感じたいということ、だと思っています。


私はこの「素」ということにこだわっていきたい。

なぜなら、社会的な分断が余儀なくされている今、人の温かさを私自身欲しているから。私は母国にいない分、余計にそれを欲してしまうのかもしれません。でも皆さんも同じではないでしょうか。

それをいくら便利だからとSNSで文字や画像でメッセージを送っても、私は他人事のように感じてしまいます。

でも「素の声」なら、人の温かさを感じさせてくれる。それは、今の時代、携帯さえあれば、誰でも簡単に、海を越えて届けることができます。


ふと、このことを思い出しました。

メルボルンの街中に、公衆電話が設置されています。
2019年のクリスマス期間に、その公衆電話がすべて無料になります。
携帯があるからこんなの必要じゃない、と思う方も多いのではないでしょうか。

メルボルンに来てまず驚いたのは、ホームレスの多さです。

電話するお金すら持っていない人が多くいる現状。
そんな人たちにも、クリスマスには電話をする機会が与えられるんです。
電話によって、国籍、人種、性別、年齢、肩書を越えて、誰もが「素の声」を大切な人へ届けられる。

このことを今思い出して、改めて「素の声」を届けることの大切さを感じています。
ラジオの本質はそこにあるのではないでしょうか。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。
もし私のラジオに興味持っていただいた方、ぜひ聴いていただけたら私の励みになります。

ほぼ毎日、そして毎週土曜日にはメルボルンからLive放送もしています。


ある、コーヒーの街から。

https://stand.fm/channels/5e6084e36f309ff13520c36f




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