- 運営しているクリエイター
記事一覧
最終話 『神の戯れ』
何度春を迎えただろう。
康平は病院のベッドで目を覚ました。
ぼんやりとした視界が次第に像を結び、心配そうに覗き込む娘と目が合う。
妻には、先立たれてしまった。
和斗と、茜にも。
妻は七年前、肺に癌が見付かった。
既に病状は進行していて、しばらく健康診断に行っていなかったことが悔やまれた。
子供にも孫にも恵まれ、だから延命治療は望まないと妻が言った。
康平は言う通りにしてやっ
第二十九話 『森の管理小屋』
「新入生代表、木上桃花」
「はいっ」
時は流れ、康平は娘が自分の通った中学校の入学式に出るのを感慨深げに見つめていた。
何故だか新入生代表の挨拶をすることになってしまって、右手と右足が同時に出そうなくらいに緊張している娘にビデオカメラを向けながら、上手くいきますようにと必死で願う。
自分が中学生だった頃にはもっと広かったように感じられる体育館が懐かしかった。
今もまだ、この体育館の七不思
第二十八話 『善意と悪意』
また、見られている。
いつからか、家の中に彼女が一人になると感じるようになった視線。
壁と棚の隙間、その棚に並ぶ食器の隙間、壁と扉の隙間、ベッドと布団の隙間、隙間隙間隙間、ああ、あの隙間から、見られている。
誰にも相談できなかった。
信じてもらえないに決まっている。
父にはこっそり冗談交じりに話してみたことがあるが、流行っている創作怪談の類だと思われて話すのをやめた。
母はこの手
第二十七話 『前に進むために』
部屋の中にはもう目に見えないものは何もいないのだと、康平たちは理解できた。
今までより少しだけ広がった世界が悲しくて、康平と和斗はもちろん、茜の瞳からも涙がこぼれ落ちていた。
康平の母が焼き立てのクッキーを持って部屋にやってきて、全員が泣いているのを見て仰天した。
かなりの大声で話していたと思ったが、怜二か神様が声が周囲に漏れないようにしていたのだろうか。
今ここに怜二がいたのだと、そ
第二十六話 『あの日の約束』
「ねぇ、小学生が飛び降り自殺したって聞いた?」
「小学生っていっても、学校には行ってなかったんでしょ?」
「そうらしいね」
「あのビル、毎日横通るんだよー、時間が違ったら見ちゃったかと思うとさー」
「えー、じゃあ今日も通ってきたってこと?」
「ううん、それがあってからは道一本変えたー」
「それがいいね」
下駄箱に靴を入れて上履きに履き替えながら、女生徒がそんな会話をしている。
会話が聞こえて
第二十五話 『魔法少女になりたくて』
少女にそれを与えたのは、ほんの気まぐれだった。
少女の母はシングルマザーで、多数の男と関係を持ちながら生活をしていた。
父親はもともと水商売の客で、母を店から上がらせてはくれたものの、子供ができたと分かるとすぐに新しい女に乗り換えた。
捨てられた母は再び水商売の世界に戻ることはせず、以前の上客に狙いを定めて金を搾り取ることに決めたらしかった。
少女の家は安いボロアパートで、母は毎日違
第二十四話 『幽体離脱』
彼女が自由に幽体離脱できるようになったのは最近のことだった。
キッカケは授業中のいねむり。
前日に発売された乙女ゲームにどハマりして夢中でプレイした結果、睡眠時間がほとんど取れなかったのだ。
そして運の悪いことにその日は天気がよく、窓際の彼女の席はものすごく暖かかった。
さらには、通常時でも居眠りを誘発する喋り方で有名な先生の日本史が五限目にあり、眠ってしまったのはもはや必然と言えるだ
第二十三話 『楽しいお菓子作り』
結局、廃工場での一件以来、康平たちの足は心霊スポットから遠ざかっていた。
情報収集は変わらず続けていたし、地図の付箋も増えたけれど、今日の放課後にどこどこに行ってみよう、みたいな会話が減っていることを、全員が分かっているのに口にすることはなかった。
怜二はそんな三人を見つめながら、複雑な気持ちでいた。
三人の命を危険に曝したいわけではもちろんない。
けれど、普通の中学生の日常を送ること
第二十二話 『ゆめ』
「どうして怖い思いはたくさんしてるのに、肝心の幽霊は見えないんだろう……」
康平は学校からの帰り道、一人呟いた。
この間の缶詰工場は本当に死ぬかと思った。
幽霊屋敷も病院も、カボチャも、森も洞窟も、なんだかんだでいくつも怖い思いをしているのに、肝心の幽霊には会えないのだ。
茜には、幽霊が見えているという。
けれど茜も、生きている人間と間違えるくらいにリアルな幽霊は見たことがないと言っ
第二十一話 『缶詰工場』
缶詰工場が廃業になったのは、人肉缶詰を作っていたからだ。
ありがちな都市伝説だが、まさか自分たちの住む場所で聞くことになるとは思わなかった。
それは康平が聞いてきた話で、放課後いつものように机の上に広げた地図に付箋を貼った。
特に付箋の貼られていなかった地域の噂で、黄色の付箋が目立つ。
全員そんな場所に廃工場があったことは知らず、思ったほど遠くなかっため、次の休みに行ってみようというこ
第二十話 『呼ばれた子供』
康平たちの暮らす町では、秋に祭りが行われる。
元々この周辺にあった田畑の豊作を祝い、願う祭りだったのだが、今ではもうこの辺りには住宅が立ち並ぶばかりだ。豊穣を祝うことも願うことももうないのだが、祭りだけが形式的に残っている。
町の北側にある神社の境内が、祭りの中心となっていた。
本来であればその年に採れた米や農作物を祭壇に捧げ、実りが多ければ感謝の祈りを、実りが少なければ来年への豊作の願
第十九話 『闇営業』
彼がクリーニング屋を始めたのは、自分の才能に気付いてしまったからだった。
不本意な才能ではあったが、稼ぎの良さに目が眩み、気付けば立派なクリーニング屋の店長になっていた。
地域密着型のクリーニング屋であり、利用客のほとんどは近くの団地や住宅街に住む主婦たちだ。持ち込まれる服のクリーニングは基本的には雇っている社員たちが行う。
どうしても落とせないシミがあった時だけ、彼が呼ばれるのだった
第十八話 『柿の木は知っている』
その家の庭には立派な柿の木が生えていた。
彼の生まれた時にはすでに美味しい実の成る木であり、いつからそこにあるのかなど考えたこともない。
秋口になると毎年熟した柿を収穫して家族で食べていた。
テーブルを囲み、柿を食べる。
そんな当たり前の光景が、幸せだと思えていた頃に戻りたい。
少し復習しただけでテストでいい点が取れて、みんなに褒められていた頃に。
順風満帆だったはずの人生に陰
第十七話 『復讐の夜』
一週間前くらいから、みんなそわそわしていた。
ニュース番組やワイドショーでも度々流れる、週末の流星群。
なんでも、今回を見逃すと次に見られるのは八十年後になるとかで、その日ばかりは夜更かしも許されるかもしれないという下心込みでそわそわしているのである。
「うちの屋上、住人向けに開放してくれるみたい」
「え、いいな。うちもそ−ゆーのやってくんねーかな」
「来ればいいんじゃない? お母さんも