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「会話って、いいね」夕暮れの名大キャンパスを歩き語らう「夕方さんぽ」

 夕暮れ時のキャンパスを、誰かとおしゃべりしながら歩く。ただそれだけで何となくうれしくて、楽しくて、気持ちが晴れたり自分を見つめなおす機会になったりする。そんなイベント「夕方さんぽ」。名古屋大学の一人の大学院生と学生支援本部が運営する「気が向いたらふらっと行ける場所」に、今日も学生たちが集まった。

初対面の3人チームで思い思いの方向へ足を向ける学生たち

 午後4時30分。学生支援本部の一室に一人、二人…と学生が集まり始め、用意した椅子は満席となった。初対面の学生同士、会話する姿はない。沈黙を破るように進行役の学生が説明を始めた。「夕方さんぽの流れとルールを説明します」。

 ルール①聞くこと:話をさえぎらず、うなずきや相づちをして寄り添う。②話すこと:自分の思いを自分の言葉で話し、思いを分かち合う。③してはいけないこと:聞いた話を誰かに話さない、意見やアドバイスをしない。
 参加者が互いの思いに寄り添い、分かち合うための工夫だ。

 3人ずつのグループに分かれた学生たちは、思い思いの方向へ歩きながらおしゃべりをする。「今日のお昼ご飯は」「100万円あったら何をしたい」「私が大切にしている時間」など、事前に用意されたテーマに沿って話すうち、ぎこちなかった空気が次第に和らいでいく。
 普段は何気なく歩いているキャンパスも、誰かと歩くと違った景色に見えてくる。あっという間に時が過ぎ、空が夕暮れ色に染まる頃には不思議な一体感が芽生えていることに気付く。同じ時間を過ごした“仲間意識”のような感覚なのか、名残惜しさすら感じることに驚く。

留学生の参加者も多く、英語での“Talk”に花が咲く

 主催するのは角羽(かくは)康希さん(活動名)。現在、勤め先を休職して名大の大学院に通う学生だ。角羽さんは5年前、父親を自死で失った。当時、父がそこまで深刻な悩みを抱えているとは気にも留めていなかった。
 茫然自失となった母の支えになろうと二人暮らしを始めたが、母も自分も、心の晴れる日は訪れない。父を失った悲しみと喪失感。「どうして死んでしまったの」と責める気持ちも湧き出す。一方で「もっと話を聞けばよかった」「父を楽にさせられた言葉があったかもしれない」――。自責の念を拭い去ることができなかった。
 そんな折、大切な人を自死で亡くした遺族の集いに参加した。そこで父の死を語ると、涙があふれて止まらなかった。相談会や電話相談、お話し会…、いろいろな場に顔を出し、自分の気持ちを話し、人の話を聞くと、心が落ち着いた。角羽さんは「人と話をして、話を聞くこと、そして話を聞いてもらえること。こんなにすごい力があるんだ」と実感した。
 次第に父への思いも変化していった。父の人生とは何だったのか。「父の最期だけを見るのではなく、父が生きてきたことを肯定し、抱きしめ、愛してあげたいと心から思えるようになりました」

夕暮れとなり集合場所の豊田講堂前の広場へ向かう

 「人の役に立つことをしたい」と考え、名古屋市が主催するまちづくりプロジェクトに参加した角羽さん。そこで知り合った仲間と活動グループLove Life Projectを立ち上げ、2021年から始めたのが「夜さんぽ」だ。
 主に社会人を対象に、市の中心街にある久屋大通公園を語り歩くイベントを企画。人と人との付き合い方が希薄化し、引きこもりや自殺などさまざまな問題が顕在化する中、「会話を通じてあたたかな気持ちになる」というコンセプトが支持された。2023年10月までに開催27回、延べ300人超が参加する活動として定着した。

運営について打ち合わせする角羽さんと学生支援本部スタッフ

 その頃、勤め先を休職し、自死遺族に寄り添う生き方を探して名大で学び始めていた角羽さんは「夜さんぽの活動を名大でもやってみたい」と学生支援本部に相談した。学生の心のケアや進路相談など、学生のサポートに取り組む同本部は角羽さんの思いと提案に共感し、名大バージョンとして「夕方さんぽ」の運営協力に乗り出した。
 同本部によると、コロナ禍を経て「研究や学業にやる気がでない」「人間関係に悩んでいる」「友だちには相談できないことがある」といった悩みを抱える学生は増えていて、誰にも相談できないまま「引きこもり」となる学生も少なくない。同本部学生相談センターのセンター長を務める鈴木健一教授は「体を動かしながら、人との会話もできる。心身の健康にとても良い」と期待する。

薄暮の中、車座になり感想を述べ合う参加者ら

 午後6時30分。「夕方さんぽ」の終点、豊田講堂の芝生広場に集まった一同は車座になった。「自分の中で抱えていたことを聞いてもらえるだけで、救われた気持ちになった」「普段話さないような人と会話できて刺激になった」「少し前に悲しいことがあり、誰かに話したかった」――。それぞれが、何かを感じ取った様子だった。

 散歩が好きな人、もやもやすることがある人、誰かと話をしたいと感じている人。そんな人が「気が向いたらふらっと行ける場所でありたい」と考えている角羽さん。最後に「歩きながら話をするだけのイベントなので、何かを解決したり正解を提示したりすることはできませんが、一緒に歩きながら話をすることならできます。みんなでこの今を、一緒に生きていけたらうれしいです」と呼び掛けた。

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