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天然ガス活用、「だます」のが名古屋流

2000年代後半、アメリカに始まったシェールガス革命──

「シェール層」という地下約2,000mの岩石層に閉じ込められた天然ガスを掘削する画期的技術で天然ガスの生産量が大きく増加。世界のエネルギー情勢を一変させました。

都市ガスや火力発電に使われ、クリーンエネルギーとも呼ばれる天然ガス。メタンを主成分とする天然ガスは、現在、燃やして活用するのが基本です。石油より少ないとはいえ、二酸化炭素の排出源になっています。

天然ガスをよりクリーンに活用すべく、

「メタンを、液体燃料のメタノールに変換できないか…?」

単純そうで、実は難題中の超難題に、世界中の研究者が挑んでいます。

その一人、荘司長三しょうじおさみさん(理学研究科教授)は、世界の誰も思いつかなかった方法で、メタン→メタノール反応に成功。

荘司長三しょうじおさみさん(理学研究科 教授)

言われればそうだけど、普通はなかなか思いつかない発想で切り込む荘司さんに、お話を伺いました。↓のポッドキャストからお聞きください。

<インタビュー概要>
──まず、メタンをメタノールにするのはそんなに大変なのですか?

高温高圧ならできます。メタンは非常に安定した物質なので、反応させるのに膨大なエネルギーが必要なんですね。でも、過酷な反応条件はコストがかかるし、二酸化炭素も出るので環境に配慮しているといえません。自然界には、メタンをメタノールに変換する「メタンモノオキシゲナーゼ」という酵素もありますが、複雑な構造で大量生産するのは難しいですね。

メタン(CH₄)はとっても安定(=反応しにくい)

──でも今回、別の「酵素」に着目されました。

反応条件をなるべくマイルドに、と考えると、やはり36℃で機能する酵素は魅力ですよね。人間の知恵を使えば、常温でできるだろうと、世界中の研究者が使っているP450ピー・ヨンゴーゼロという水酸化酵素の一種に着目しました。

──P450は人間も持っている酵素ですよね。 

P450って地球上に30万種類くらい見つかっていて、人間は57種持っています。大体は水酸化反応といって、OH基(水酸基)をつける反応をするんですが、種類によって活性が違います。例えば、人はお酒を飲むとP450がアルコールを分解します。でも活性は高くなくて、大量のP450がゆっくり反応しているイメージです。
 
でも僕らが対象にしたのは、P450の中でもP450BM3ビー・エム・スリーというバクテリア由来の酵素で、桁違いに活性が高い。早くから世界で注目されていて、ベンゼンをフェノールにするとかプロパンをプロパノールにするといった研究に使われてきている酵素です。

水酸化酵素「P450BM3」
自然界のP450群の中で最高の反応性を持つ。

──誰も思いつかなかったやり方とは?

酵素(P450BM3)を誤作動させる「おとり分子」を使う方法です。酵素が誤作動状態だと本来起こらない反応が起こるので、その状態を強制的に作ってしまおうと。化学的に作ったおとり分子で酵素を飼いならすようなイメージです。実は世界の主流は、遺伝子操作で酵素自体を変えるやり方ですが、遺伝子操作を全く使わずに、従来の反応レベルを上回りました。そういったアプローチってないんですよ、どこにも。

P450BM3は、本来は長鎖脂肪酸を水酸化する酵素
P450BM3の”鍵穴”に、”鍵”である長鎖脂肪酸がはまると、OH基がつく
おとり分子でだませば、メタンも水酸化できる!
おとり分子が”鍵穴”にはまると、P450BM3は本来の”鍵”と誤って認識し、水酸化反応を始める
(画像は荘司さん提供)

──「おとり分子」の概念自体は元々あったものですか?

僕が考えたものです。「こういう分子が取り込まれたら、おそらくこうなるはずだ!」という感覚で作り出したもので、酵素化学の中でそんなことを考えた人がいないんですよね。 

──その発想はどこから降ってきたのですか?

そもそも僕、専門が酵素化学ではないんですよ。高分子で学位を取って、超分子化学の分野で仕事をしていました。分子を作り、その中に何かを取り込ませる「ホストゲストケミストリー」と呼ばれる技術ですね。匂い分子を取り込むファブリーズはその一例です。当時は、何かを取り込む「箱」があれば何か入れようかな、という感覚でやっていました。だから酵素化学の分野に来て、酵素を見たときも同じように考えたんです。酵素に関しては素人だったので(笑)。

──主流の「遺伝子操作」と荘司さんの「おとり分子」、コストはいかに…?

費用に関してはそれほど変わらないと思います。ただ、遺伝子操作しないということは、天然のものを「そのまま使える」メリットがあります。どういうことかというと、遺伝子を組み換えたバクテリアの酵素は、工場やラボから絶対に出してはダメです。カルタヘナ法という法律の厳しい管理下に置かれます。でも、僕らはどこにでもいるバクテリアを使っているので、極端な話、うちの風呂でも全然できますよ。

──そんな簡単なお話なんですか!?

もう本当に簡単ですよ。今、バクテリアを使って土壌汚染を改善する研究にも取り組んでいて。遺伝子組換えで、汚染物質を分解するバクテリアはつくれるんですね。でもそれを汚染土壌に撒いた時点で違法です。撒けないんです。だけど僕らのは、どこにでもいるようなバクテリアを育てて、おとり分子と一緒にさぁっと撒けばいい話です。

──では、おとり分子も安全なものなのですね。

人にはほとんど害のないものですね。例えば、解熱鎮痛薬のイブプロフェンにアミノ酸を1個つけただけとか。それをバクテリアに取り込ませると、もう反応が始まるという感じです。

──メタンの場合はどんなふうに応用できるでしょう?メタン自体が温室効果ガスなので「土に撒く」ように簡単ではなさそうです。

メタンが出ているところでできればいいですよね。今はまだですが酵素活性が実用レベルに達したら、メタンの産出地に微生物を使ってメタノールを製造する工場を作って、できあがってくるメタノールをガソリンのようにジャバジャバって運ぶ。そういうのが理想の姿だと思います。

──お話の節々に、荘司さん独自の哲学を感じます。ズバリ目指すところは?

酵素化学の専門家では考えつかない系を作りたいですね。化学の視点で、かなり変わったストラテジーを考えたい。実は、抗菌薬の研究もしていて、バクテリアに食べさせる毒まんじゅうのようなものを作っているんですね。発表したら、みんな「ようそんなこと思いつくな、でも確かにそうなるな」って言うんです。まさにこれが一番やりたいことですね。誰もができないと思っていることに「それできるよ、こんなもんできちゃうよ」っていうのが、僕の生きがいみたいなものです。

──その感性を磨くために、心がけていることはありますか?

常に変なこと考えてます。こうなったら面白いだろうな、こうなんねーかな、と思いながらテーマとして温めています。ラボの大学院生には「できそうにない」って嫌がられますけど…。でもトップはある程度ぶっ飛んでなきゃいけないと思う。みんなの「安全なとこにいたい」って気持ちを理解しつつも、ぶっ飛ばしていかないと。それをサイエンスにしっかり落とし込んで、「名古屋の研究ってようわからんがおもろいな、オリジナリティすげえ高いよ」って、名古屋の元気度を知ってもらいたいですね。

そういう意味では、本当の目標は「守りに入らない研究者」をしっかり作っていくというところにあるかもしれません。

──以前、なんだか似たようなお話を聞いたことがあります。

あ、布施さん、昨日一緒に飲んでました。

──なんと、お仲間でしたか…!ぶっ飛んだ名古屋CHEMISTRYがますます盛り上がっていくこと、期待しています。前向きなお話をありがとうございました。

(インタビュー・文:丸山恵)

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