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マイクロフローで『わざわざ難しいものをつくる』そのココロは?

「マイクロフロー大好きなんで、ずっとやっているんですよ」

と話すのは、有機合成化学が専門の布施新一郎ふせしんいちろうさん。名古屋大学では、薬の発見から製造プロセスまでをカバーする創薬科学研究科でマイクロフロー推しの研究をしています。

布施新一郎ふせしんいちろう教授(創薬科学研究科)
オンラインでお話をききました

「マイクロフロー」は、正式には「マイクロフロー合成法」という、化学物質を合成する方法の一つ。薬を作る方法として注目されています。この後詳しく紹介するので、ここでは、マイクロ=とても小さい、フロー=流路、つまり「とても細いチューブ」を想像してください…!

布施さんは、このマイクロフロー合成法で、最近よく聞く「ペプチド」の作り方を研究をしています。マイクロフロー×ペプチド医薬品の可能性あふれる研究について、お話を訊きました。

── なぜペプチドに注目しているのですか?

医薬品として、とても良いといわれているんですよ。これまでは「低分子」という小さな分子が薬としてよく使われてきました。皆さんが風邪をひいた時に飲む薬とかはその一例です。注射も服用もでき、安く作れるので非常にいいのですが、小さいゆえに病気の原因以外にも作用してしまう…副作用の問題もあります。

そこで今、抗体医薬品というタンパク質の薬が流行っています。タンパク質は大きな分子なので、作用する相手を正確に見分けます。でも、注射で打たないといけない、細胞の中のものは叩けないという制約があり、作るコストも高い。

これらのいいとこ取りをするのが、ペプチドです。基本的に安く作れて、細胞の中の悪いものも叩けて、飲める場合もある。夢のような薬ですね。

中分子医薬に分類される「ペプチド医薬」は、低分子医薬と高分子医薬のいいとこ取り!
出典:特許庁ウェブサイト

── 先日発表の研究では、ペプチドの中でも「特殊環状ペプチド」に着目されました。どのように特殊なのですか?

特殊ではないペプチド…人の体にある20種類のアミノ酸でできたペプチドは、すぐに切れちゃうんですよ。つまり、薬として患者さんに投与しても、体内の酵素が分解してしまって、すぐに薬効がなくなってしまう。でも、人の体にないアミノ酸を持つ「特殊ペプチド」は、体内の酵素に認識されにくく、切れにくくなります。

── しかも、環状(輪っか)だと、さらに強くなりますか?

その通りです。鎖状のペプチドが酵素で切れるときって、末端からパクパク食べられるように切れていくんです。でも環状だと末端がありません。切れにくくなって、薬効が長続きするんですね。

── そんな特別な分子を、これまでの何万倍も効率よく作る方法を開発されたとか…!

実は、わざわざ作りにくいものを選んで作ったんですよ(ニヤリ)。ポイントは、使った反応剤です。とてつもなく高い反応性を持ちながら、安くてどこにでもあるものを使いました。論文の審査員も「こんな単純な反応剤で、こんな単純な反応で、何が新しいのか?」と、初めは思ったとか…。ただ、この反応剤は、反応性の高さゆえ、これまで副反応が防げませんでした。どうしても望むところ以外にも反応が起こってしまい、不純物で汚れてしまう。このジレンマをマイクロフロー合成法で乗り越えました。

マイクロフロー合成法
化学物質を合成する方法。フラスコを使う通常の方法に比べ、とても小さなスケールで(具体的には、内径1ミリ以内の細〜い流路に溶液を通しながら)反応を行う。効率よくスピーディな合成法として注目されている。

── どういうことですか?

「一瞬で混ぜることを実現した」ということです。フラスコを使って反応液を混ぜるとき、完全に混ざるまでにどうしても数秒かかります。それは理論でわかっていて、どんなにマドラーを早く回せる人でも、カフェオレを作るのに絶対に数秒以上必要なんです。

── 一瞬で混ざらないのは、普通に生活していても理解できる概念です…

そう、どんなに小さな容器でも難しいんです。ところが、マイクロフロー法で、内径1mm以下のチューブの中に、ある一定以上の速さで二つの液をバーンと流し入れてやると、数ミリ秒以内に混ざるんですよ。化学工学のシミュレーションや実験でも証明されています。

── 早く混ざるとなぜいいのですか?

反応のばらつきを抑えられます。例えば、よ〜いドンで原料を二つ混ぜても混合自体に数秒かかるので、フラスコ内に「2秒ぐらいしか反応してないところ」や「5秒ぐらい反応しているところ」といったばらつきができます。さらに副反応が起これば、どんどん壊れてしまいます。

── 壊れて別のものになってしまう…?

そう、例えば過剰反応で、せっかく目的のものができても数秒以上置くと別の反応を起こしたり、1つだけ反応してほしいのに2つ反応してしまったり。そういう望まない副反応が起こるんですよ。

── それで「細いチューブに流す」のですね。装置は、コンパクトな実験キットのようなものですか?

反応する部分は小さいですが、実はポンプが30✕20✕15cmと大きくて、ラボの実験スペースが小さくなるわけではないです…。

マイクロフロー反応器
2台のポンプから送られる2種類の反応液をマイクロミキサー(赤丸)内で混ぜる。内部は溶液同士が混ざりやすいよう設計に工夫が施されている。溶液の性質によって、トップ画像のようなさまざまな形のマイクロミキサーを使い分ける。

ただ、流しながら反応させるので、大量の化合物を作るときも、反応容器を大きくしなくていいんです。流し続ければ、どんどん化合物が溜まっていくので。普通は、例えば100kgの化合物を作るとなったら、人間の体よりずっと大きな反応釜が必要で、反応温度の制御も大変なんです。

── だいぶズレますが…、給食センターで一気にドーンと作るにも、大きな釜が必要ですよね…

給食はご飯が爆発しないから安全ですけど、大釜で危険な化合物を扱うのはものすごく怖いと聞きます。何万リットルという規模でやって、もし爆発が起こったら、大事故につながってしまいます。小さなサイズの反応器はそういう意味でも結構大事なんですよね。

── いいことづくめのようですが、ペプチド合成法の確立にいたるまで、試行錯誤を繰り返されたとか…

始めは本当にトライアンドエラーでしたね。ペプチドは原料を作るのにお金がかかるので、安価で手に入りやすいアミノ酸を原料に反応の条件を組み、よさそうなものを実際のペプチドで試しました。すると、アミノ酸での結果とは異なる結果が出てしまったりして、何度も検討し直しました。でも担当した学生がとても粘り強くやってくれたおかげで、うまくいかないかなと思っていた反応さえうまく回りだしたんですよ。「あれ、こんなすごいとこあるじゃん!」というのが後から後から見つかってきて。

── 発表ホヤホヤの「ペプチド鎖を二残基ずつ伸長する」成果もその一つですか?

この研究も、どこにでもある化合物を使っていて、早い、安い、ゴミが少ないのがポイントです。実は研究室の学生が修士からずっと取り組んでいた化合物で、マイクロフロー合成法で副反応が抑えられるのを知っていたんですね。彼の読みが冴えたテーマなんですよ。

── こういった布施先生の研究は、医薬品開発のプロセスにどのように関わっていくのですか?

この研究は、医薬品開発の二つの異なるフェーズに影響すると考えているんです。一つは探索研究という新薬の種を探す研究です。もう一つは、プロセス研究と呼ばれるもので、まずは直近のところで主に取り組んでいるのはこちらです。売り出していく医薬品が決まった後に、なるべく安く、ゴミを少なく、短時間で作る技術を開発していくものです。例えば、製薬会社さんが売り出したいと考えているペプチド医薬品を、ゴミなく短期間で作れる技術を提供できれば、数年以内に何かしら貢献ができるかもしれないですよね。

── では、既に安全性や有効性が確認できている化合物を作っているのですか?

例えば先ほどの特殊環状ペプチドの場合だと、実は、医薬品として良いかという基準で選んでいません。というのは、世の中に薬を作る「方法論」を提供したいと思っていて、すごく作りにくいものをわざわざ選んでいるんです。うちの技術のポテンシャルを示すために。

── これができるんだから、あれもそれも大丈夫!みたいな…?

そうそう!

── 創薬研究者って、新しいお薬を生み出すことだけを目指されているのかなという思い込みがあったので少し意外です。でも、布施研究室HPで「革新的な有機合成プロセスの開発」を目標に掲げている意味がわかったように思います。

不可能を可能にしたいんですよね。それに尽きます。有機合成化学って、中世錬金術の時代からずっとフラスコでやっているんですよ。だけどフラスコでできないことを、新世代の技術で実現したい。これがもう最大のモチベーションです。

── そういえば、少し前には、マイクロフロー合成法でインドール誘導体という薬の候補物質を作る成果も発表されました。純粋に「ペプチドをつくる」ことにこだわっているわけではないのですね。

我々フローがとても好きで、ずっとやり続けてるんですが、一つの反応だけでなく、いろいろな反応がフローによって実現するといいなと思ってやっています。

── プレスリリース担当者も驚く勢いで成果を発表しまくっている布施先生、前向きなお話をありがとうございました!

トップ画像提供:布施研究室HP
インタビュー・文:丸山恵

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