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カーボンナノチューブ、低リスク化のキーは…微生物!?

夢の素材として大きな期待を背負うカーボンナノチューブ。人の健康や生態系へのリスクが指摘されていることは、どのくらい知られているでしょうか?

今さら聞けない…カーボンナノチューブって何? どうすごいの?
カーボンナノチューブは、網目状の炭素が、直径0.4~100nmナノメートルの細いチューブ状になった物質。1991年に、飯島澄男いいじますみお博士(名古屋大学 特別招へい教授)が発見した。しなやかで強く、電気や熱を伝えやすいので、産業応用への期待が大きい。地球に豊富な炭素原子が材料というのも魅力。

カーボンナノチューブの安全性の確立が求められる中、堀克敏ほりかつとしさん(工学研究科 教授)は、「生態系への影響や分解技術の開発は、私たちの研究力で貢献できるところ」と話します。

堀克敏ほりかつとしさん(工学研究科 教授)

微生物、酵素、SDGsがキーワードの堀研究室。2023年6月には廃油を微生物で分解するプロジェクトについてお話を伺いました。

堀研究室とカーボンナノチューブの関連性については「?」が浮かぶばかり…。さっそく研究室を訪ねました。

↓インタビューのポイントをポッドキャストでお届けしています。

── 今度はカーボンナノチューブですか…!?

カーボンナノチューブのようなカーボン材料は、一般的には生物分解を受けないと考えられています。生物が分解できれば二酸化炭素と水になって自然界に還りますが、生物が分解しないとなると自然界に残ることになります。これがヨーロッパを中心に懸念されていて、規制も検討されています。

── 炭素が原料でも自然界には還らないのですね。期待の大きい材料なのに、規制されてしまったら困りますね…。

有用性も将来性も非常に高いので、どうにかして安全性を担保したいところです。そんな折に、ホースラディッシュ(西洋わさび)に含まれる酵素「ペルオキシダーゼ」が、カーボンナノチューブを分解するという論文が発表されました。2009年のことです。以降、同様の論文がいくつも発表され、安全性については問題ないとする研究者も出てきました。

── それで堀さんも科学的事実を確かめようと…?

化学メーカーの日本ゼオン株式会社さんから声がかかり、カーボンナノチューブを分解する酵素技術の共同研究をスタートしました。まず、2009年の「ペルオキシダーゼ」の論文の実験を再現してみました。それがパンドラの箱だったとは知らず…。

── ど、どういうことですか…!?

我々の実験室で論文と同じ条件で再現実験してみたところ、酵素分解しなかったんです。酵素技術を開発しようというのに、まさかの事態でした。

驚愕の事実が判明した実験室…

── 何が起こっていたのですか?

ペルオキシダーゼは鉄を持つ酵素です。過酸化水素と作用し、強力な活性酸素を作る「フェントン反応」を起こします。カーボンナノチューブは、このフェントン反応によって分解されていたんです。酵素の触媒反応ではなかったんですね。

2023年6月、堀さんと大学院生の高橋慧良たかはしせいらさん(工学研究科 博士後期課程4年)は、ペルオキシダーゼによる酵素分解と思われた反応が実はフェントン反応によるものだったと発表。 Takahashi, S., Taguchi, F., & Hori, K. (2023). Contribution of the Fenton reaction to the degradation of carbon nanotubes by enzymes. Frontiers in Environmental Science, 11, 1184257.

── そんなことがあるのですね…。でも、結局分解するなら、結果オーライなのでは?

フェントン反応は持続しないんですよ。酵素中の鉄がすぐに酸化されてしまうので。しかも、pH2〜3以下の強い酸性にしなきゃいけない。いろいろ制約があって、この反応はあまり実用化されていないんです。

── なるほど。それで微生物に着目されたんですね。

そうです。微生物だったら、温度もpHもマイルドな条件でフェントン反応を持続的に駆動できるんです。直感的に「Shewanellaシュエネラ属の微生物がいけそうだ」と思いました。

Shewanellaシュエネラ属の微生物
水環境に生息する細菌群。酸素が少ない環境で金属イオンを電子受容体として利用でき、環境汚染対策やバイオエネルギー生成などの応用可能性を持つ。

── 微生物がカーボンナノチューブを直接分解するわけじゃないんですね!?  

微生物は「酸化されてしまう鉄を、フェントン反応に繰り返し使える状態に還元してくれる」んです。数々の実験を経てこれを証明し、論文の形で発表しました。

2023年11月に発表した論文。こちらも堀さんと高橋さんの力作。高橋さんがコピーを用意してくれました。Takahashi, S., & Hori, K. (2023). Long-term continuous degradation of carbon nanotubes by a bacteria-driven Fenton reaction. Frontiers in Microbiology, 14, 1298323.

── 権威あるジャーナル(学術雑誌)に既に掲載されている論文を否定したということですよね。発表した時、ドキドキしませんでしたか?

やっぱり真実を何とかして伝えないといかん!という思いで、時間をかけて取り組みました。実はこの論文は、何度もリジェクト(ジャーナルへの掲載を拒否されること)されました。過去を否定するのは大変なんですよね。

── 強靭な精神力です…。何が原動力になっているのですか?

論文を発表することがゴールではないからでしょうか。今の日本の研究環境は、研究費を得るために少しでもいいジャーナルに論文を出さなければならない、そんなプレッシャーを研究者に与えてしまっています。でも、本当に大切なのは、社会に役立ち後世に残る技術を創り出すことだと私は考えています。発明をビジネスとして発展させ、社会に貢献する── 。日本が苦手な部分です。

── 例えば今回の技術ですと、具体的にどのような形で残していくことをお考えですか?

実際にこの技術を使う企業の立場で考えると、微生物だけ渡されてもどうしていいかわからないですよね。だからシステムをまるごと開発するんです。例えば、微生物の濃度を検知して最適化する自動投入装置のようなものです。持続可能なビジネスとして機能させるために、経済界の動向にアンテナを張っておくことも大事だと思っています。

── 技術を創ることも本気、その先を考えるのも本気。堀さんの研究へのパッションを痛いほどに感じます。成果発表に至るまでのエピソードから研究哲学まで、盛りだくさんのお話をありがとうございました!

堀さんの授業を受けたい!みなさんへ
「工学部 化学生命工学科3年生の『生物反応工学』を担当しています。バイオテクノロジーが実社会や産業でどのように利用されているのか、あるいはどうすれば社会実装できるような研究ができるのか、その基礎となる生物反応工学を通じて、考え方や方法論を学びます。」

インタビュー・文:丸山恵

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