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糖質制限、いいの?悪いの? J-MICC研究が検証

「糖質オフ」の食べものや飲みものが世間にずいぶんと出回るようになりました。なんだか糖質は制限したほうがいいような雰囲気が漂う今日この頃ですが、短期的にはメタボに一定の効果がある低糖質ダイエット、長期的に体に良いかどうかについては専門家の間でも議論が続けられています。

そんな中、日本全国で10万人以上を対象にして病気の原因を調べている日本多施設共同コーホート研究(J-MICC研究)から、このギモンに答える注目の研究結果が発表されました。

「炭水化物を食べる量が死亡リスクと関連する」というのです。

しかも、関連の仕方は男女で反対の結果に。つまり男性は炭水化物の摂取が少ない方が、女性は炭水化物の摂取が多い方が、死亡リスクを高めるといいます。

死亡リスクというワードにドキッとしますね。この研究を行った田村高志たむらたかしさん(医学系研究科予防医学分野 講師)に、詳しくお話を伺いました。

田村高志たむらたかしさん
(医学系研究科予防医学分野 講師)

インタビューをポッドキャストで配信しています。研究結果の解釈に加えて、疫学研究についての詳しい解説や研究の醍醐味、研究者としての思いやビジョンまで幅広くお話しいただきました。↓のリンクから、ぜひお聞きください。

<インタビュー概要>
──私たちは今回の結果をどのように考えればいいですか?

長生きするためには、極端な食事習慣は見直す必要があるかもしれません。極端に炭水化物を減らすと食事の質が低くなり、病気の予防に必要なさまざまな栄養素摂取も不足することで死亡リスクが高まる可能性があります。逆に炭水化物を摂りすぎれば、糖尿病などの生活習慣病の発症リスクが高まりますので、炭水化物摂取の多さが死亡リスクを高めることは自然な結果と言えると思います。今回の研究では、女性は脂質の摂取が多いと死亡リスクが下がる可能性があるということもわかりました。「どんな食品からどのような炭水化物と脂質を摂るか」ということが大切なのかもしれませんね。

──今回の結果は日本人で特有の結果ですか?海外での研究はどうなっていますか?

欧米をはじめとする各国の先行研究でも、炭水化物摂取の少なさ・多さが死亡リスクを高めること(いわゆるU字型の関連)、また脂質摂取が死亡リスクを下げることが報告されていて、私たちの結果と概ね一致しています。

──糖質制限ダイエットを行っている男性、炭水化物が大好きな女性はドキッとされたかと…。一言お願いします。

今回の結果は専門家の中でもいろいろな議論があるところで、結論はいまだ得られていません。ただ、食事は人生の喜びや楽しみという側面もありますから、あまり考え込んでいては息が詰まってしまいます。これまでの知見を振り返ってみても、長期的には全体の食事バランスがうまく取れていることが大切なのではないかと考えています。

──ところで、今回の研究成果が得られたJ−MICC研究とは、どのようなプロジェクトですか?

2005年に立ち上がった日本初の大規模ゲノムコホート研究です。がんなどの生活習慣病の原因を探る研究で、全国で10万人以上が参加し、名古屋大学を含む13の研究機関で運営しています。コホート研究は、研究に参加された皆さまを、参加時点から未来に向かって調査する研究で、病気の発症や死亡、生活習慣の変化などを追っていきます。J-MICC研究は、参加者さまの血液にもとづく遺伝的な情報(ゲノムデータ)も考慮していることが特徴です。

実際に使用されている調査票

コホート研究のステップは大きく5つ!

① 研究目的と研究対象を定義する

どんな目的で何を調査するのかを明確にし、特定の地域や職業グループ、年齢グループに対象者を絞ります。
② ベースラインデータを収集する
参加者を募り、研究内容を説明します。参加者の同意を得た上で、年齢や性別などの基本的な特徴、生活習慣、食事習慣、既往歴を調査します。参加者の血液や尿の検査値データなどもここで集めます。
 追跡調査
定期的に健康状態や生活習慣の変化、がんの発生や死亡情報などを記録していきます。
 疾病の発生とリスク要因を解析する
追跡期間中に発生した疾病や健康問題を分析して、その原因を調べます。疾病の発生率などの統計学的な指標を計算し、結果を解釈します。
 研究結果の報告、そして活用
得られた成果を論文にまとめ、世界に発表します。公衆衛生政策の策定や医療の改善に役立てられることが多くあります。

──J-MICC研究における田村先生の役割は?

J-MICC研究の一地区である名古屋大学の「大幸だいこう研究」というコホートの研究責任者を務めています。研究名は、名古屋大学医学部保健学科の「大幸だいこうキャンパス」で調査を行ったことに由来します。大幸研究では、愛知県名古屋市にお住まいの方約5,000人を登録しています。

「大学院生だった2009年に初めて本研究の調査現場に携わり、疫学研究の道を歩み始めました」(2011年撮影)

名古屋大学は、J-MICC研究の中央事務局を務めていて、全国の研究機関からさまざまな調査データや血液サンプルなどが集まってきます。私はその整備や管理なども担当しています。

名古屋大学にあるJ-MICC研究中央事務局のフリーザー室には、
全国の研究参加者の血液が-80℃で冷凍保存されている

──今後の研究について、教えてください。

生活習慣や食事習慣、遺伝的な要因、社会的な背景など、病気に関わる複雑な関係を少しでもひも解いて、予防につながる確かなエビデンスとメッセージを社会に伝えていければと考えています。具体的には「がんの発症や死亡に関わる原因」を見つけ、「原因の原因」も探っていきます。ある病気の原因は一つだけということはなく、またその原因を作り出す原因も背景にあることが多いため、病気の予防に向き合うことの難しさを感じています。原因の原因まで見つけて、それを取り除くことが一つのゴールと考えています。

──先生の「病気の予防につながる確かなエビデンスとメッセージ」が、多くの人々に届くといいなと思います。詳しいお話をありがとうございました。

インタビュー・文:丸山恵
監修・写真提供:田村高志講師

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