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いつ、どこに意識は宿る? 脳神経科学に問う、われわれの正体

私たちはこの世界をどのように感じ、経験しているのでしょうか。

その主体となる「意識」は、全身の感覚器官からの情報や記憶、そこから湧き上がる感情、思考など、たくさんの情報をもとに形作られています。ですが、そもそも「意識」とはいったい何なのでしょうか?

1月12日に開催した名大カフェ第100回 × 高等研究院ウェビナーでは、文学、脳神経科学、実験心理学など、様々な分野の研究者が集いました。第一線で探求している現場の皆さんに研究の今を伺い、「意識」の謎を探ります。

ゲスト:左から中村 靖子なかむら やすこさん(名古屋大学 人文学研究科 教授/人文知共創センター センター長)、大平 英樹おおひら ひできさん(名古屋大学 情報学研究科 教授)、笹井 俊太郎ささい しゅんたろうさん(株式会社アラヤ Chief Research Officer)、宮田 龍みやた りゅうさん(株式会社アラヤ サイエンスコミュニケーター)
司会は、一番右の綾塚 達郎あやつか たつろうさん(名古屋大学 高等研究院 サイエンスコミュニケーター)

第1部 「SFストーリーから考える研究のフロンティア」

1. SFプロトタイピング~未来、想像できますか?

宮田さん:現代の複雑な社会の状況から、より良い未来を作るにはどうしたらよいのか。今の科学技術を背景に、いろんな価値観を持った人たちと、いろんな視点から語り合って、より良い可能性を探っていきましょう、ということで、SFプロトタイピングを手法として使っています。

SFから未来の姿を問う宮田 龍みやた りゅうさん(株式会社アラヤ サイエンスコミュニケーター)
「今、未来ってすごく想像しづらくなっていませんか? かといって、想像するのをやめるわけにもいきません。そこでSFの力を借ります。」

さまざまなSCプロトタイピングを行っていますが、例えば、いろんな人たちが未来を想像し、話に入っていきやすいように、一緒に考えたい科学技術をもとにSF作品を創作するプロジェクトを立ち上げました。

プロジェクトの概要。研究者、作家、市民が一体となって未来の研究と社会の在り方を考え、一つの作品を作り上げていく。様々な意見や考えを踏まえながら、作家が一つのSF作品を創作。公開されたSF作品をもとに対話をさらに繰り広げ、未来社会について考えを深めるきっかけとする(宮田さん提供)

公開された作品の一つが.rawドットロウです。

「.raw」の世界では、ニューロテクノロジーが発達した未来で更新されゆく価値観や、それにともない揺れ動く登場人物の心理が描かれています。作品を通じて、いいなと思うところや嫌だなと思うところを一緒に考え、より良い未来を想像する。想像したプロトタイプの未来を、また次の漫画や小説の作品にして、皆さんと考えて、といったことをグルグル繰り返していくことで、幸せな新しい世界を作れないかなと考えています。

綾塚さん:新しい科学技術が社会に入るとどうなるかは、わからないことが多いんですよね。それでも昔から、暗中模索の中で新しい科学技術を社会に適用し続けて今の社会があります。その時々で人々がどう関わって向き合っていくのか、という部分で、文学の視点ではいかがでしょうか?

中村さん:18世紀のゲーテは、最先端の科学的知見を吸収し、それを人間理解に役立て、次の世代に生きる人間像を小説の中に描き出しています。そうやって、次の世代の人間モデルを構想する役割を果たしてきました。その後19世紀になると、一般の市民がいかに技術を理解し、自分のものとして受け止めていくかという議論とその過程が小説に描かれるようになりました。また挿絵を入れてイメージを持ちやすくするなど工夫もありました。

文学・哲学が専門の中村 靖子なかむら やすこさん(名古屋大学 人文学研究科 教授/人文知共創センター センター長)
「作家の村上春樹さんが『言葉にできないからこそ物語にするんだ』とお話しされているように、ストーリーにのせることで理解の場を作れるのだと思います。」

SF作品とかいろんな小説が描いたことが、必ずしも具現化するわけではないのですけれど、一つの未来を創造する営みに関与していることになるんじゃないかと思います。

宮田さん:そうですね。また、物語のいいところは、自分じゃない、別の誰かの視点に立てる事だと思います。フィクションの世界を通して、僕たちの現実より先にいろんな失敗を疑似体験できれば、より良い選択につながると思っています。

2. BMIブレインマシンインターフェースで「意識」を読み取る

 綾塚さん:株式会社アラヤでは、「.raw」で描かれたニューロテクノロジーの着想となる研究をしているそうです。今、どんな科学技術の研究が進められているのでしょうか。

笹井さん:定義は難しいのですが、自分が感じていること、あるいは経験していること全てが意識だと思っています。最終的な目標としてその意識を機械につなげる、そうした状態を目指してBMIブレインマシンインターフェースを研究しています。私は理論的な脳の知識をもとに、BMIの設計をします。脳波を測定するための要素技術については、一緒にやってくださる方に助けてもらいながら進めていくという状況ですね。

↑脳波をAIで解析し、人の思考を機械で再現するBMIの開発現場の取材動画。電極を頭の中に埋め込まない脳波計を使い、リアルタイムで計測する(電極端子チャンネルがついた菱形シールを、髪を刈った頭に糊で張り付け測定)。チャンネルの数は、左脳の言語野と運動野を中心に16×8個で128個。一般的な脳波計に比べ、電極の密度が高い。電極を体内に埋めこまない脳波計はノイズが大きくなる傾向があるが、その欠点をある程度補うと期待される。実験では、脳波計を付けた人が四択の一つを念じ、対話用ソフトウェアを操作している。脳波の読み取り、判断にはAIモデルを活用している。実験前にはテスト問題を繰り返し、AIモデルの精度を高めるキャリブレーションを行う。

綾塚さん:BMIブレインマシンインターフェースに関連して、グローバルワークスペースについてもお話を伺いたいです。

笹井さん:グローバルワークスペースは、意識の研究の中で出てきた理論です。脳にはいろんな情報が入ってきて、その内容に応じて違う脳の領域が活動しています。でもバラバラで感じてるわけではないんです。そうした情報を集めて統合するような場所があるんじゃないかという仮説があって、その場所をグローバルワークスペースと呼んでいます。猫は「にゃー」と鳴きますが、「猫」と「にゃー」を別々で感じるのは相当難しいと思うんです。二つの情報は統合されて、複数の感覚をセットにして猫を思い描きますね。

脳神経科学が専門の笹井 俊太郎ささい しゅんたろうさん(株式会社アラヤ Chief Research Officer)
「意識の研究の魅力は、自分を知る事そのものにあると思います。困難さは、全ての意識の研究者共通の見解だと思うんですが、意識があるかどうかを客観的に確認する方法が存在していない・確立してないっていうところですね。」 

3. 心は脳にあるのか

綾塚さん:ご参加の方から「心はどこにあるのか」という質問がきています。心は心臓にあるのか、脳にあるのか、脳以外にも意識の欠片が眠っているのではないかというコメントに絡めて、大平さんのお話を伺います。

大平さん:私自身は、身体を非常に重要視しています。具体的には、内臓とか、血液、体液、腸にいる細菌とか、そういうものが実は脳と同じぐらい意識に関係していると考えています。私たちは生き物であって、生命を維持するために、体温とか血圧とかそういうものをある範囲にキープすることが重要です。意識というものが存在するとしたら、身体の中に脳と同じようなネットワークがあり、その中に意識があるという立場です。

心理・認知科学が専門の大平 英樹おおひら ひできさん(名古屋大学 情報学研究科 教授)
「私も脳波研究に興味があり、笹井さんにぜひお聞きしたいことがあります!」

BMIブレインマシンインターフェースの研究というのはずいぶんたくさんあって、例えば肢体不自由の方が、脳波信号で義肢を動かすとか、ロボットアームも実現されていますよね。従来のインターフェースと比較して、今アラヤさんが展開されている技術は、どこが先進的なのですか?何を目指しているのですか?

笹井さん:非常に核心的な質問をありがとうございます。今の状態を超えるっていうのが一番のアンサーで、我々が本当にやりたいのは、言葉を自在に操るようなBMIブレインマシンインターフェースです。言葉というのは、人が潜在的に持っているインターフェースで、コマンド(コンピュータの命令)みたいなものだと思っています。言葉を伝えられない人たちが脳波で言葉を取り戻すことができるのではと考えています。 

大平さん:ChatGPTが出現して、大規模言語モデルが非常に話題になっていますよね。そういったものとの接合は考えていますか? 

笹井さん:そうですね。今は四択ですが、これを2000に増やせれば、日常はカバーできると思います。例えば、「何かこういういう話あったけどなんだっけ」みたいなことをChatGPTに聞いて、イヤホンから答えが返ってくる、それを頭の中の議論として行うことを目指しています。

第2部 「意識の研究における理論と実験、そして謎」

↑YouTubeで、第二部全編をご覧いただけます。
↓見どころをピックアップしました。

4. 意識の情報が集まる司令塔?グローバルワークスペースの存在とは(笹井さん)

「今よりもうちょっと自分の思ってることが相手に伝わるんじゃないか、そういうことをやりたいがためにBMIブレインマシンインターフェースを作っています。」

(笹井さん提供)

笹井さんの研究グループでは、意識が脳の中でどう機能しているのか、脳神経科学の面から意識の姿を明らかにする試みを続けています。どうやら脳の中には、自分が感じる情報の中から必要な情報をつなげてピックアップするシステムがあり、その領域をグローバルワークスペースと名付けているのだとか。「脳」は、全ての人が持っている臓器だというのに、まだ誰もその正体はわかりません。しかし、笹井さんは、グローバルワークスペースに「意識」のヒントが隠されていると考えているそうです。

5. 意識を語る有力な理論とは?(大平さん)

では、「意識」が宿るのは脳だけなのでしょうか。
神経生物学的な意識の理論に限定したとしても、先に紹介したグローバルワークスペース理論や、統合情報理論など、様々な理論があります。特に統合情報理論は近年大きな注目を集めていますが、一方、やはり意識の証明は難しく、決着はついていません。

大平さんが研究の軸に置いている理論は予測的処理理論。脳は受け取った情報を受け身的に処理するだけではありません。次に何が起こるか?次に体の状況がどのように調節されているべきか?例えばこのように、次の状況を積極的に予測し、その予測と実際に受け取った情報を比較し、次の行動指針へとつなげるそうです。マウスを使って血圧や心拍、血糖値などの身体情報を活用し、予測的処理理論の実証を進めています。

ちなみに、アドレナリンによって血圧や心拍が上がる、いわゆるわくわくドキドキしやすい傾向のある人は、安パイとハイリスクハイリターンの両方の選択肢を見せられた時、後者を選ぶ傾向があるという話も印象的でした。

(大平さん提供)

6. 哲学における意識とは(中村さん)

意識を考えるとき、対となる存在として「無意識」があります。実はこの「無意識」、歴史を振り返ると、ずっと昔から認識されていた概念ではありませんでした。「意識」と「無意識」の違いは何か、という問いに対し、ジークムント・フロイトとヨーゼフ・ブロイアーによる著書「ヒステリー研究」(1895年出版)では、以下のスライドのように語られていました。 

(中村さん提供)

ゲストのトークと研究の詳細は、ぜひ第二部全編動画でお楽しみください。

この後のディスカッションでは、会場からの質問が途切れることなく続きました。終了後も、登壇者の前にコメントを求める列ができ、皆さんの「意識」に対する関心の高さを感じました。

ゲストのみなさま、寒さも吹き飛ばす熱いお話をありがとうございました。
 
取材:森真由美(株式会社MD.illus---アウトリーチ活動を支援しています)

開催概要(名大カフェ第100回×高等研究院ウェビナー
タイトル:いつ、どこに意識は宿る? 脳神経科学に問う、われわれの正体
ゲスト中村 靖子なかむらやすこさん(名古屋大学 人文学研究科 教授/人文知共創センター センター長)
大平 英樹おおひらひできさん(名古屋大学 情報学研究科 教授)
笹井 俊太郎ささいしゅんたろうさん(株式会社アラヤ Chief Research Officer)
宮田 龍みやたりゅうさん(株式会社アラヤ サイエンスコミュニケーター)
司会:|綾塚 達郎(あやつか たつろう)さん(名古屋大学 高等研究院 サイエンスコミュニケーター)
日時
:2024年1月12日(金)18:00~20:00
会場:名古屋大学NIC館 Idea Stoa・Youtubeライブ
対象:どなたでも
参加:会場42名

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