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訓練不要!たった3ステップで怒りを鎮める方法を開発

「わかりやすい怒りの抑制方法を開発しました」

川合伸幸かわいのぶゆきさん(情報学研究科 教授)の最新成果の一報を受け、情報学研究科棟にある川合さんの研究室を訪ねました。

川合伸幸かわいのぶゆきさん(情報学研究科 教授)

怒りを書き出し、眺め、捨てる。これだけで、怒りを劇的に鎮めることができることを実験で証明したといいます。

世界も注目した怒り抑制法は、何を根拠に開発され、どうすごいのか。認知科学を専門に、人の「心」を長年研究し続けてきた川合さんに訊きました。

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── 怒りを抑えるといえば、アンガーマネジメントという言葉をよく聞きます。怒りと付き合うさまざまなテクニックがあるようですが、その一つと考えてよいですか?

「アンガーマネジメント」と呼ばれるものは、心の鍛錬法みたいなものでしょうか。セミナーを受講して、長時間の訓練が必要なものだと理解しています。今回発表した方法は、根本的に違うものです。

── 訓練は必要ないということでしょうか…!?

そうですね。普通、「悲しいから泣く」、「楽しいから笑う」のように、心が動いて体が動くと考えますよね。でも逆に、「泣くから悲しい」、「笑うから楽しい」のように、体が動いて心が動くことがあるんです。実際に、行為が気持ちに作用することを示す研究もあります。そこで、「捨てる」行為で気持ちも捨てられるのではないかと考え、これを心理学実験で証明したんです。

── 海外でも話題とのことですが、注目ポイントはどこにありますか?

怒りの抑制法は、心理学や認知科学の分野で科学的に証明されたものがいくつかあるんですが、実際にやろうと思うと結構難しいんですよ。その点、我々の方法は非常に簡単です。しかも、怒る前の状態まで怒りを抑えられます。簡単で効果的なので話題にしてもらっているのかなと思います。

── 実験では、協力者の方々に怒ってもらったのですよね。どんな実験ですか?

協力してもらったのは大学生約100名です。いくつかの社会課題を提示して、そのうち一つを選んでもらい、自分の意見を小論文形式で書いてもらいます。それに対し、低い評価とネガティブなコメントでフィードバックします。

── (コメントのサンプルを拝見しつつ…)一生懸命書いてもらったものに対し、結構辛口なコメントを返すのですね…。これはイラッとするかも。

はい、みなさん怒りの度合いがぐんと上がります。でも、怒っている気持ちを書き出してもらい、それを眺めて、捨てるかシュレッダーで裁断してもらうと、怒りは消えてほぼ元の状態に戻るんですね。書いて眺めるだけだと、怒りは持続しました。

実験で使った怒り度合いを評価する質問票
全23アイテムのうち、怒り度合いを測るものは5つ。ダミーアイテムも混ぜることで、回答者に質問票の意図をわかりにくくするそうです。さて、”怒りアイテム”はどれかわかりますか?

── 怒りが収まるまでの時間はどのくらいでしたか?

7分くらいです。書いて、眺めて、シュレッダーにかける一連の動作にそのくらいかかったので。

── 早っ!7分で怒りが消えたらいいですね。書き出したものを「眺める」のはなぜですか?

「意味を重ねる」ためです。私たちは、意味を重ねながら世界を見ているから、自分の生きる世界に意味があると感じるんですね。大切な人からの贈り物に特別な思い入れを持ったり、恋人が美しく見えたり、自分の子どもが可愛く思えたりしませんか?

「意味を重ねる」ことを、専門的には「プロジェクション」と呼ぶそうです。「10日ほど前に、プロジェクションをテーマにした著書を出版したばかり」と川合さん。(心と現実 私と世界をつなぐプロジェクションの認知科学. 川合伸幸, 鈴木宏昭. 幻冬舎 2024)

── 確かに。同じものを見ても、同じ空間にいても、人はみんな違う世界を見ているというのは、何となくわかります。

愛知県清須きよす市にある日吉神社の「はきだし皿」を知っていますか?捨て去りたい気持ちを「封」と書いたお皿に込めて、パンと割ってもらうんです。すると、その気持ちがなくなったように思えるようです。このように、物を壊すことで、重ねた思いも一緒になくなってしまう働きがあるのではないかと考えました。なので「思いを重ねる」ために、自分が書いたものを30秒間しっかり読んでもらいました。

── 手で破るのではなく、シュレッダーを使うのはなぜですか?

心理学実験は再現できることが重要です。破り方は人それぞれなので、統一する必要があると考えました。シュレッダーなら誰がやっても同じですよね。シュレッダーのボックスも透明なものに取り替えて、怒りの思いを重ねた紙がバラバラになっていく様子が見えるように工夫してあるんですよ。

怒りを書いた本人が、その紙をシュレッダーにかけます(画像はプレスリリースより)

── 川合さんも怒ることはありますか?実際にこの方法を試したことはありますか?

こういう研究をやっていると怒らない人と思われることもありますが、普通に怒りますよ(笑)。思い込みもあるかもしれませんが、やはり落ち着くように感じますね。

── 川合さんとフロントラインの出会いは、一人で食事を食べる「孤食」についての研究でした。幅広いテーマで研究されているのですね。

心の成り立ちを、自分なりに理解したいと思っています。その一つとして「孤独」にも興味を持っています。本来、人間は集団でないと生きられなかったので、孤独な状況は非常に不快なはずです。現に孤独だと死亡率が高くなることがわかっています。それで、人と一緒に食べることが重要なのかなと考えて、美味しさや食欲との関連を見たんですね。

サルやゴリラたちに見つめられながらの取材…そのワケは…?
「霊長類で『恐怖』の研究も続けています。人を含む霊長類はヘビを見つけるのがとても早いんですが、大昔彼らが木の上にいたときにヘビが唯一の敵だったからなんですよ。すぐに見つけられるように目を進化させたんですね。」

── 川合さんは、心に関する本をたくさん書かれていますね。目を惹くタイトルで思わず手に取りたくなるものばかりです。

はい、論文もちゃんと書けていると思いますよ☺ 僕は、実験して論文にしたものを書籍にまとめるタイプです。研究して論文がないと本も書けません。だから実験データなしに自分の考えを本にできる方々はすごいなと思いますね。知識や思いやストーリーがないと、読んでもらえるものは書けないと思うので。それが本来の学者の姿だと思いますし、そうなりたいですね。

── 研究テーマだけでなく、目指す姿のスケールも大きいです…!注目の研究成果から、心への興味のお話まで、ありがとうございました。

川合さんの授業を受けたい!みなさんへ
「全学部の1年生対象の『基礎セミナー』で、ものの考え方、根拠論拠の扱い方、簡単な心理学実験ついて学ぶ授業を担当しています。情報学部の2、3年生対象の『認知科学』では、怒りや恐怖、孤独など、ネガティブな感情について学んだり、人と動物の連続性から人とは何かを考えます。名古屋大学の情報学部は、文系と理系が混ざったユニークな学部ですよ。」

インタビュー・文:丸山恵

◯関連リンク

  • プレスリリース「紙とともに去りぬ ~怒りを「書いて捨てる」と気持ちが鎮まることを実証~」

  • 論文(ネイチャー・パブリッシング・グループのオンライン総合科学誌「Scientific Reports」に掲載)

  • 比較認知科学研究室(情報学研究科)

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