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リハビリ界初、筋トレ効果をネットワーク解析

適度な筋力トレ―ニングが、健康づくりや老化予防にいいことはよく知られています。でも、なぜ筋トレっていいんでしょう?筋トレしている筋肉としていない筋肉では何が違うのでしょうか!?

「筋力トレーニングをすると、骨格筋に脂肪がたまりにくくなります。」

教えてくれたのは、飯島弘貴いいじまひろたかさん。理学療法士としてリハビリテーションの現場を経験したのち、リハビリテーション医学の研究者に転身。情報科学を駆使した新しい切り口の研究を展開しています。

飯島弘貴いいじまひろたかさん(名古屋大学医学部客員研究者、ハーバード大学医学部 助教授)
現在暮らしているボストン(アメリカ マサチューセッツ州)から、オンラインでお話を伺いました。

「骨格筋に脂肪がたまると、筋力が落ちるだけでなく、全身の代謝に影響します。その結果、色々な病気になりやすくなったり、死亡率が高まることが知られています。骨格筋への脂肪の蓄積は、以前から問題視されているんです。」

飯島さんは、筋トレで骨格筋の脂肪が減る「メカニズム」がわかっていないことに着目。これを解明すれば「運動したことにする薬」もありえるかも…!? ユニークで少し謎めいた研究について、詳しく訊きました。

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── 筋トレ効果の「メカニズム」を探る研究とは?どんな実験をしたのですか?

実験ではなく、公開されているデータセットを使って解析しました。MetaMExというプロジェクトがあるんですが、運動する人や寝たきりの人の骨格筋でどのような遺伝子が発現しているかを示すデータをウェブ上で公開しています。これを活用して、①継続して筋トレを行う高齢者と、②ベッドに寝たきりで過ごした高齢者のデータを比べました。

── 遺伝子のデータを使ったのですね。何か特定の遺伝子に的を絞って解析したのですか?

一つの遺伝子に着目するのではなく、1万くらいの遺伝子を包括的に解析しました。一つひとつの遺伝子がお互いにどのように関わりあっているか、「ネットワーク医学解析」という手法で調べたんです。

PC上で繰り広げられる実際の解析画面。個々のデータ(ここでは遺伝子発現)を点で表し、関わり合うもの同士を線で結ぶことで、莫大な量の情報を一元的に扱う一つのネットワークとして表現できる(画像:飯島さん提供)

このネットワークの中で、多くの線を持っている遺伝子を「ハブ遺伝子」と呼びます。このハブ遺伝子に働きかければ、他の多くの遺伝子に影響を与えられると考えます。例えば、病気の重症化や老化を抑え込む可能性があるんじゃないか、といった仮説を立てるヒントになるんですよ。

── 視覚的にわかりやすいですね。真ん中の点からたくさんの線が出ている様子が一目でわかります。

そうなんです。今回の研究では、Pgc-1αピージーシーワンアルファという遺伝子がハブ遺伝子となっていました。何段階もの解析プロセスを経て、筋トレの脂肪燃焼効果にPgc-1αピージーシーワンアルファが重要な役割を担っていることがわかったんです。

筋トレでPgc-1αピージーシーワンアルファが発現し、脂肪の燃焼を促す。一方、寝たきり状態ではPgc-1αピージーシーワンアルファは減少する。(画像:プレスリリース)

── 飯島さんとネットワーク医学解析との出会いは?

名古屋大学の松井佑介まついゆうすけ先生(糖鎖生命コア研究所 数理解析部門 部門長/医学系研究科 准教授)と知り合ったのがきっかけです。松井先生は、生命科学分野で使えるデータ解析手法を開発する研究者で、私が名古屋大学に教員として在籍していた時のメンターでした。

松井先生とお話する中でネットワーク医学解析を知り、自分の研究に応用できそうだと直感しました。ネットワーク医学はこれまで生命科学や薬理学などの分野で発展してきましたが、私たちは世界に先駆けてリハビリテーション医学への応用を試みてきました。

ちょっと余談…プログラミングも学べる保健学科!
飯島さんが9月まで所属していた名大の医学部保健学科は、情報系の授業を多く取り入れていて、プログラミングを学ぶ機会が豊富です。保健学科で情報学を学べる、世界でも珍しいカリキュラムを提供しています。

── 筋トレの脂肪燃焼効果のメカニズムがわかると、私たちにとってはどんないいことがあるのでしょうか…?

筋トレが体にいいのは周知の事実です。メカニズムがわかろうが、今現在行われている筋トレの方法が直ちに変わるわけではないので、日々運動をされている方にとってはあまりインパクトはないかもしれません。

ただ、何らかの理由で運動できない方もいらっしゃいます。そのような場合、筋トレの効果を得られる「運動模倣薬」があれば、運動不足による病気のリスクを抑えられるかもしれません。これまでのように特定の遺伝子に着目するのではなく、全体を俯瞰してメカニズムを理解することで、 安全かつ効果的な運動模擬薬を迅速に開発できると考えています。

── 理学療法士としてリハビリの現場を知る飯島さんならではの視点ですね。

ゆくゆくは、リハビリ現場への応用に挑戦したいです。例えば、個々の人がどんな筋トレをどのくらい行うとより効果的かを予測し、一人ひとりに寄り添った運動指導を可能にしたいですね。

── ネットワーク医学解析によって、今ある知見が線でつながり、運動指導のよりよい未来が訪れるといいなと思います。お話をありがとうございました!

インタビュー・文:丸山恵、飯田綱規(名古屋大学サイエンスコミュニケーター)

◯関連リンク

  • 論文(2023/12/15 国際学術雑誌「The Journal of Physiology」の特別号「Physiology of Ageing Skeletal Muscle and the Protective Effects of Exercise」に掲載)

  • プレスリリース(2023/12/15)「筋トレが秘める骨格筋の老化抑制効果~ネットワーク医学解析で分子メカニズムを俯瞰的に理解する~」

  • 名大カフェ「歩く門には福来たる」(2023/4/22開催)飯島さんをゲストに迎え、ひざの健康づくりにつながる研究についてお話いただきました

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