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5000個の石器と向き合い、見えてきたホモ・サピエンスの「試行錯誤」

700万年の人類の歴史の中で、なぜ私たちホモ・サピエンスだけが生き残ったのか──。以前、石器を通じて人類進化の謎に挑む門脇誠二かどわきせいじさん(名古屋大学博物館 教授)の研究を紹介しました。

門脇さんが重視するのは、石器技術だけではなく、石器づくりに関連する人類の行動。ホモ・サピエンスが石器の種類によって石材を使い分けていたことを示した前回の研究に続き、彼らが試行錯誤を繰り返しながら石器技術を向上させていったことを発表しました

約5万年前のホモ・サピエンスに「脳の突然変異」が起き、文化を大きく変えたという従来の仮説は証明が難しいままです。今回の研究成果は、文化進化が「一度の革命」だったのではなく、ホモ・サピエンスがアフリカからユーラシアに拡散する間に複数の段階や試行錯誤を経ていたことを示唆します。

名古屋大学博物館に研究室を構える門脇さんを訪ねました。

門脇誠二かどわきせいじさん(名古屋大学博物館 教授)

インタビューのダイジェストをポッドキャストでお届けしています↓

── ホモ・サピエンスの「試行錯誤」をどのように検証したのですか?

石器の「刃部獲得効率じんぶかくとくこうりつ」に着目しました。刃部とは石器の「刃」の部分、刃部獲得効率は「刃部の長さ ÷ 石器の重さ」で計算します。

時代が経つにつれて石器は小型化。刃部獲得効率は高まっていった。(プレスリリースの画像を一部加工)

── 「刃部獲得効率」が何を語るのですか?

石器は、刃部獲得効率が高い、つまり小型で薄いほど「製作の効率がよい」と考えます。でも、小さな石器は使うのが難しくなるんです。石器を柄にはめたりする知識や技術も必要になったはずです。

── ということは、上の図は、時代が経つにつれて石器技術が複雑になったと読み取れるのですね。一見、順調に向上し続けているように見えますが、どこに試行錯誤があったのですか?

5万年前から4万年前くらいの時代です。ホモ・サピエンスが中近東からユーラシアに拡散し始めた時期で、まだネアンデルタール人など旧人もいた頃です。この時代の複数の遺跡から発掘した石器を見ると、刃部獲得効率が低いものが多いんです。真ん中の箱に入っている石器ですね。

門脇さんたちが調べた石器サンプル。左の箱が7万年前くらい、中央が5〜4万年前、右が4〜1.5万年前の時代の石器。

── 確かに、真ん中の箱は、見た目にもサイズや形のバラつきがありますね。

この5〜4万年前の期間、刃部獲得効率は前の時代よりも低いものが多く、単に向上し続けたわけではなかったようです。一方、その後の時代になると、小型化がぐんと進んでいます。

── 「一度の革命ではなかった」とはそういうことなんですね。それにしても、すごい量のサンプルです!これら全部の重さと刃部の長さを測ったのですか!?

これはサンプルのほんの一部なんです。全部で5000点ほどの石器を、8年かけて測定しました。この規模の研究って、過去にないんですよ。だから5〜4万年前の石器の特徴をこれまでになく詳しく示すことができて、その結果、初めて「試行錯誤」が見えてきたんです。

── 石器の重量測定はイメージできるのですが、刃部の長さはどのように測定するのですか?

実はいくつかの工程が必要で、かなり根気のいる作業なんですよ。名大博物館研究員の渡邉綾美《わたなべあやみ》さんに担当してもらいましたので、ちょっと再現してもらいましょうか。

ということで、渡邉さんに測定を実演していただきました。

「この石器の刃部の長さを測ります!」
「スケールと一緒に石器を置いて、下から光を当ててシルエットを撮影します」
(実際は複数の石器を同時に配置して、効率的に撮影を行います)
「撮影したシルエットをPhotoshopフォトショップ(写真加工ソフト)に取り込んで、実物大になるようスケールを合わせます。平行・垂直も調整して、歪みをなくします。」(他の複数の石器と同時撮影したデータを使って再現してもらっています)
「Photoshopで補正した画像を、今度はIllustratorイラストレーター(画像加工ソフト)に取り込み、シルエットから枠線に書き換えます。」
「ここからは一つの石器にフォーカスして、刃ではない部分を消していきます。石器は欠けていることも多いので、刃なのか単に欠けているのか、迷うときは門脇先生と相談しながら作業します。この石器は、上と下が欠けていて、上と下の辺は刃ではないので消します。」
「残った線の長さが刃部の長さです。この石器の場合は2本あるので、両方を選択して合計の長さを確認します。99.63mmですね。」

── 一つの石器を測定するのもかなりの作業量ですね。5000個も測ったなんて、すごすぎます!

本当にそうなんですよ。渡邉さんには精度の高い測定をしていただきました。実は、測定する人が分析結果に何らかの期待を持っていると結果に偏りが出てしまうかもしれないので、彼女には研究結果がどのようになりそうかという見込みを伝えずに測ってもらったんですよ。

石器のナンバリングも渡邉さんが担当。どんなに小さな石器にもちゃんと書いてあります😳

── 門脇さんは、今回に限らず、これまでにも石器にまつわるさまざまなデータを収集されてきました。今後どう活用していくか、計画はありますか?

これまでは、石器を作る段階における効率性や石材の選択性についてデータを集めてきましたが、今後は石器がどのように使われていたのか、という点を明らかにしていきたいと思っています。小型の石器は刃部獲得効率が高いのですが、それを使いこなすためには柄にはめるなどの工夫が必要だったはずです。石器の刃こぼれなど「使用痕」と呼ばれる痕跡を顕微鏡で調べることを進めたいと思っています。

── 石器が小さくなったこと一つとっても、まだわかっていないことが多く、いろいろな可能性が残されているんですね。

絶滅してしまったネアンデルタール人も、小さい石器を作れました。作ること自体はそれほど難しくなかったかもしれません。ただ、小さな石器が増えたのは、これを道具として使いこなす知識があって、さらに効率的に作る技術が発達したからだと思います。ホモ・サピエンスの手先が器用だったからというような説明は難しいと思うんですね。

── 石器の小型化の背景にどんなドラマがあり、その使用法に関する今後の研究でどんな新しい発見があるのでしょうか。研究の続きが楽しみです。今日もありがとうございました!

(インタビュー・文:丸山恵)

◯関連リンク

  • プレスリリース(2024/2/8)「ホモ・サピエンスの石器技術はいつ、どのように革新したのか? ~ユーラシア拡散の時期、複数の段階があったことを明示~」

  • 論文(2024/2/7 イギリス科学誌Springer Nature社の「Nature Communications」に掲載)


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