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エネルギーのお話。他人には理解しにくい体感

おもに書物を通して知ることが出来る体感。健康においても武道においても、修練中に、本然の力が湧き上がってくる体感をされた者は、もはや病を気にする事も勝ち負けにこだわる事もしなくなるという。
そのような体感は、現代ではもう伝説でしかないのだろうか。

いやいや、現代でもその体感は必要な人に起こり、「他人にはなかなか理解できないもの」であるから他言しないだけのことだろうと思う。

例えば、合気道の五月女氏は、著書の中で、「〜正座している腿のあたりが非常に熱くなり、肛門部と尾骨のところから火の玉のようなものが背骨を通り、頭上にある大泉門を突き抜けた瞬間、火玉は花火のように部屋いっぱいに広がり、あたかも宇宙全体が黄金の霧に包まれたようになった。〜」「伝承のともしび」(著者五月女貢)。
という体験を他言する事を、師である植芝盛平氏に止められている。

こういう体感を気功では「衝関」といい、万人が火の玉のようなハッキリした体感でもないようだ。
ヨーガではクンダリーニというのであろうが、現代のエンターテイメントヨガでは伝説になってしまったようです。

日本人最初のヨギーの中村天風さんは、この体感を「絶対のしじま」という言葉で表現され、この体感を境に当時の不治の病が治っていったのです。

ジャンルは違っても、先人たちは「他人に理解できないこと」と自覚しながらも、それぞれの言葉で伝え残してくれています。有り難いことです。

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