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ワインの味とタイムトラベラー

ワインに限らず、味って美味しいかどうかは大体の場合、何かとの比較ですよね。
普段の食事と比較して美味しい、いつも飲んでいるワインの味と比較して美味しい。こういう意味では味の判断というものはその人の味に対する経験値で語られるものなのかなぁ、と思います。

ソムリエの皆さんが、経験値を集めるためにたくさんのワインに触れる機会を少しでも増やそうとしていらっしゃることも、きっとこうしたことから来ているのだと思えば納得です。人間、知らないものとは比較できませんものね。

今日はちょっと、そんな「比較する味」について書いてみたいと思います。

ワインを飲んだ時、その味を判断するために無意識に比較対象にしている味って人によって千差万別なんじゃないでしょうか。
もしかしたらワインと比較するのではなくて、何か別のものと比較している人もいるかもしれません。それって不思議じゃないですよね。より身近で馴染みのあるものと比較した方が自分の好みに合うかどうかの判断はしやすいように思えます。

ただ、いわゆるプロフェッショナルな人たちはそうではないかなぁ、と思います。
彼らにとっての比較対象は、同じ生産者の別のヴィンテージであったり、同じ地域の生産者であったり、ちょっと似たニュアンスを持った全く別の国や地域のワインであったり。そうしたある意味で総合的な比較をしたうえで、このワインは美味しい、よくできている、という評価をされたのであれば、そのワインはいわゆる開けてガッカリする心配の少ないワインと思っていいのではないでしょうか。

より多くのものを使って平均化した方がより標準化の方向に動く、というやつです。

ちなみにこれは完全な余談ですが、私のような生産者は自分たちでワインを造る過程ではほとんどの人が「美味しい」「まずい」という判断はしていないのではないかと思います。少なくとも私はしていません。
私たちが比較する対象は、自分たちのベースラインです。具体的には、まずは前年の同じワインですね。そのワインに対して酸はどう出ているか、残糖やボリューム感といった印象はどうか、と見ていきます。

もちろんここに、今年のワインは美味しいという感想が全くないかといえばそんなことはないですが、基本的には去年、もしくは例年と比較して酸がどう、バランスがどう、といった見方をしたうえでよくできている、ちょっと劣る、といったような評価をします。感想ではなく、評価であることが我々にとっては重要なんですね。
美味しいとか不味いというのは評価ではなく感想ですので、我々が仕事上で使うことはない、というのもご理解いただけるのではないでしょうか。

さて、横道にそれた話を戻しましょう。

たまに自分が飲んだワインが「うーん...」という味だったのに、隣に座ったおじちゃんやおばちゃんは同じワインを飲みながら「美味しい!」と言っていて「え、そう?」と思った経験、ないでしょうか?

私はあるんです。
ちなみに経験的にワイン祭りなどに足を運んで適当に見繕ったワインに挑戦したときに出会うことが多いです。

確かに好みは人それぞれ、個人差があるのでそういうこともあるかとも思うのですが、どうにも納得いかない時ってあるじゃないですか。何を基準にしたらこの味を美味しく感じられるんだろう、って。
で、そんな時にはタイミングを見計らって聞いてみるんですよ。それ、そんなに美味しいの?って。

そうするとそれなりの確率で返ってくるのが、
10年前から比べたらずっと美味しいわよ
というお返事。

これ、もう何にも言えないですよね。
そりゃ10年前と比べたら醸造技術も栽培技術も違うし、気候も違うからブドウの熟度も違う。場合によってはワイナリーの世代交代も起きてるかもしれないし。なんなら名前だけ同じ別のワインを飲んでいる可能性さえあるわけですよ。
ついでに言っちゃえば飲んでる人の年齢も違うから味覚も変わってる。。。もう、なんもかんも全部違ってるから比較してるみたいで比較になってないんです。

でも記憶の中のワインと比較して美味しいから「美味しい」って言っちゃう。いやその感想は「美味しい」じゃなくて「美味しくなった」が正確だと思うんですけどー!と言いたくなります。せめて毎年記憶の中の味をアップデートしてくださいよ、とも。

この例は町のおじいちゃんおばあちゃんが相手なので、こちらの被害としてもせいぜい、そうした人たちの集まりに誤魔化されて、賑わっているワインスタンドみたいだからきっと美味しいんだろう、と思って飲んでみたらグフーってなった、なんて程度で済みます。
完全な笑い話ですね。

でも、これが笑い話にならないケースというものがあります。

例えばどこかの国のワインのように、実は昔からやっているけど最近になって注目が集まってきた、という場合。
昔はとってもマイナーだったので注目していた人自体が希少だったんですよね。そういう環境で注目が集まりだすと、やっぱり昔から関わってきた人がいわゆる「識者」として取り上げられるようになります。で、言っちゃうわけです。

「このワインは品質が上がってきた !」
「このワインは非常によくできている !」

って。
こう聞くと普通の人は、自分たちにとってよりメジャーなフランスやチリ、カリフォルニアのワインなんかと比較してそのレベルまで来たんだ、すごいな、と思っちゃうことが多いと思うんです。でも、実際にはこれを言った人たちは頭の中では「今から10年前と比べたら」という前提で話をしていたりするわけですよ。
もう完全な認識の相違があるわけですね、両者の間に。

「(10年前と比べたら) 品質が上がった」ということは、それだけでは「そのワインが消費者にとってより一般的である世界のワインと比較して」品質がどうか、とか味がどうか、ということは一切言っていないわけです。これ、結構な不幸だと思いませんか?

もちろん、そこをキチンと明示してくださっていればなんの問題もありません。聞く側、読む側も「あぁ、なるほどね」と思えますよね。
さらに今の現状を踏まえた基準による評価も併記してくれている場合など至れり尽くせりで、非常に嬉しい限りです。

別にタイムトラベラーよろしく10年前とか5年前とかと比較することが悪い、ということはないですし、それはそれでいいんじゃないかなぁと思います。
端的な成長の軌跡が分かって参考にもなりますよね。

ちなみにこれまた余談ですが、実際、ヴィンテージの垂直試飲って人気なんです。まぁ、人気の理由は熟成具合が違うワインを比較できるから、という、ちょっとというか、かなり違うところにあるんですけど。10年前のワインは今飲めば10年分味が変わっちゃってますからね。仕方ないです。

そうはそうと、まずはやっぱり同じものを歴代で比較するのではなくて、他のものと比較しておススメしてくれると嬉しいなぁ、と思うわけです。
比較対象が頭の中って、どうやっても他人はそこを比べられないですからね。ちゃんと比べられるところで比較して、そして感想を教えてもらえるのであれば、その方が選ぶ側も失敗が減っていいんじゃないかなぁと思います。

あ、でも、並ぶものなき高品質であることが当然のように約束されているものであれば、それは「比べるべきは己のみ」、ということでもちろんいいんですよ。
最低限、保証されたスタートラインが分かるのであれば、それで十分安心できると思うので。

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ガイゼンハイム大卒/エノログ/醸造用葡萄の栽培醸造エンジニア/元ワイン無関係の会社員/現ドイツのワイナリー勤務とワイン醸造やブドウ栽培関連フリーランスの二足の草鞋。決断力のある方向音痴。お仕事のご依頼はいつでも大歓迎。メインはhttps://nagiswine.com/