#3 ひたすらにdefspiralの話

引き続きdefspiralの最新アルバム「ULYSSES」の話。
和樹が入って初めての作品、という想像からすると「ULYSSES」がこういう作風になるとは思っていなかった。

じゃあなんでこのタイミングでこのような作品を作ったのだろう。

今作は12曲中TAKA作曲が8曲(RYOさんとの共作1曲を含む)と過去にないくらいの曲数を占める。
名古屋のインストアイベントでトークを聞いて、他のメンバーが、TAKAが表現したいことを汲み取って自分の演奏に反映し作品を作っていったことが窺えた。
じゃあTAKAはどんな想いでこの作品を作ったのだろう?
考える糸口のひとつはCDに記載された"dedicate"のクレジット。(誰に?はぜひCDをゲットしてみてほしい!)
表現を生業にする人が使う「dedicate」の重み。
アルバムの創作過程を、ライブやSNSで発してくれる言葉や情報で見ていて、もちろん「その出来事」に大きな衝撃を受けてそれが創作に影響するであろうことは容易に想像できたけれど、「dedicate」を見て「そこまでだったんだ!」と思った。

ライブのMCなんかでも、この作品のことを端的に「幸せの青い蝶を探し求める物語」と言ってらして、一聴してハッピーな曲もありますが、私感としてはもっと喪失感とか、人は必ずいつか死ぬという絶対に変えられない事実に対する無力さ、無常観に想いが至ります。

そしてこれを作っていった過程に想いを馳せると、大切なものを失った喪失感とか焦燥感とか、そのとき自分が感じた感情を捕まえて封じ込めたかったんだな、と。そして封じ込めることができたんだなと。

最近読んでる本に小林賢太郎の「表現を仕事にすること」があるのですが、「一瞬『ムラッ』とやる気が出るときもあります。いわゆる創作衝動です。こういうのは逃したくない。だから僕は、いつでも作業に取り掛かれる環境に身を置くようにしています。」という一文がありまして、ハッとしました。
ここで「幸せの青い蝶を探して捕まえようとする」姿と、表現者として逃してはいけない感情のゆらぎを捕まえて作品に昇華したTAKAの姿が重なったのです。
(ムラッが正しい表現かわからんけど)

ものづくりって大抵そうなんだと思うけどね。
言いようのない感情を言葉と音にする、それに共感したりしなかったりする。
とても人間として健全なやりとり。
それがULYSSESを通してできてることがなんとも嬉しい。

その絵が見えたことが、今回の「ULYSSES」ツアーの収穫でした。

次は曲ごとの気に入ってる箇所の話でも書こうかな。

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