石井光太が語る「路地裏に立つ女性たち」2

マニュアル化が進む労働現場、“見えない困難”を抱える人が排除される

山浦:路上に立つ女性たちに対して、「仕事だったらいくらでもあるじゃない」という批判もあります。なぜ、路上に立たざるを得ないという状況まで追いつめられるのでしょうか?

石井:(前略) たとえば、風俗店で働く20代後半の女性がいました。一般企業でスーツを着て働いても不思議ではない感じの子です。
でも、彼女は幼い頃から両親から虐待を受けていて、小学校時代からはじめたリストカットで手首どころか太ももやお腹まで傷だらけ。対人恐怖がひどくて、5分くらいは話せるのですが、それを過ぎると限界になって嘔吐をくり返してしまう。特に女性が相手だとダメだそうです。さらに、うつ病やパニック障害もあって、決められた時間に出勤をすることができない、電車に15分以上乗っていられないといったことがありました。
こうなると、昼間に一般企業で働くことは難しいですよね。でも、風俗店なら受け入れてくれるんです。体調が悪くなってドタキャンしても許してくれるし、客と話すといっても源氏名をつかって嘘で塗り固めた話を5分くらいして性的なサービスに移行すればいい。それで1回当たり数千円をもらえて、客からは「きれいだ」「今度は外で会いたい」と言ってもらえる。いわゆる、社会的なコミュニケーションはほとんど必要ない。さらに身の周りの世話は男性従業員がしてくれて、住む場所も店が寮を提供してくれる。彼女からすれば「風俗なら働ける」となるのです。
ただ、彼女のような女性はやはり風俗の世界でも弱い立場にあり、何かの拍子に転がり落ちかねない。たとえば妊娠したり、精神疾患が悪化したりすれば、店から追い出されてしまいます。特にコロナ禍では、風俗店であってもそういう女性まで雇う余裕がない。だから、彼女のような「一見普通に見える女性」が路地裏に立つことになるんです。もちろん、彼女たちは自分の弱みなんて口にしないでしょうから、なんでわざわざ路地裏に立つんだ?と思われてしまう。

(中略)

そもそも劣悪な家庭で育った子たちは、親の無理解から福祉につなげてもらえない子が多いのです。また、虐待によるゆがみや精神疾患は生活環境も相まって年齢を追うごとに悪くなっていくことがあるので、それが悪化した時はすでに不登校になっていたり、家出していたりして、社会の網の目からこぼれ落ちているということもあります。
そういう子たちが、自分の病理を把握したり、第三者に相談したりする力を持てないまま、高校に行かせてもらえず、16、7歳で家を放り出されたら、行く先は夜の街くらいしかありません。住所すらない子を、どの会社が雇ってくるというのでしょう。そうして夜の街で何年か働いていれば、心の問題はさらに深刻化するし、それ以外のところで生きていくことを考えられなくなってしまう。

(中略)

山浦:福祉につながらないまま大人になり、働く場でも排除されている構造は深刻な問題です。そういった女性が社会で働ける場所は少ないのでしょうか?

石井:まったくないとはいいませんが、少ないのが現実でしょう。今はいろんな職場で業務が複雑化し、管理され、質の高いサービスが求められるようになっています。たとえば、かつて古本屋でバイトをするといえば、近所で古本屋を経営する知り合いのおじさんに雇ってもらって、レジ打ちや本の埃を払っていればよかったわけです。ところが、今チェーンの古本屋で働こうとしたら、シフトをきちんと守って、分厚いマニュアルを暗記し、本だけでなく、ゲームや服や食器まで取り扱わなければならない。外国人のお客さんに商品の場所や販売方法を聞かれて対応しなければならないこともあるでしょう。無断欠勤なんて論外です。古本屋のバイトひとつとってもこういうわけですから、社会全体で考えれば弱い立場の人たちの仕事が、時代とともにどんどん狭められていっていることが想像つくのではないでしょうか。
特に路地裏に立つ女性に話を聞いていると、彼女たちにしか見えない生きづらさというのが山ほどあるのがわかります。勤務時間を守れない、人の顔を見て話せない、同僚と関わるのが怖い、大きな音を聞くとパニックになる、集中力がつづかない、潔癖でものに触れることができない、緊張で「トイレへ行きたい」とさえ言えない……。まるでスパイ映画の赤外線ビームのように、この社会には彼女たちにしか見えない障壁が山ほどあり、前に進みたくても進めないのです。だから、その障壁が比較的少ない風俗の世界に流れていく。
そう考えてみると、社会で生きる力のある私たちが、彼女たちの生きづらさを理解せず、「なぜ路上で売春をするのか。信じられない」というのは、おごりでしかないですよね。そういう言葉や考え方が、余計に彼女たちを追いつめることにもなります。

【石井光太】
作家。1977年生まれ。国内外の貧困、災害、事件の現場を取材。著書に『こどもホスピスの奇跡』『格差と分断の社会地図』など多数。

聞き手/山浦彬仁
NHK制作局ディレクター。1986年生まれ。クロ現+「外国人労働者の子どもたち」「虐待後を生きる」「コロナ禍の高校生」「ルポ少年院」「さらば!高校ドロップアウト」など制作。

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