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グレープフルーツ・ムーン


ICカードとiPhoneをポケットにつっこむ。
少々乱暴にスニーカーをつっかけ、かけたところでイヤフォンを忘れたことに気づいて自室に戻る。
こういう時、絶妙に嫌な気持ちだ。

時間は、よる23時。

私は特に何も変哲のない平凡な学生だ。

朝起きて学校に行き
授業を受け
部活をして帰宅し夕飯を食べ風呂に入り眠る…
並べてみると本当に特筆することがない。(ちなみに部活は吹奏楽部だ)

風呂。
パンテーンのシャンプーの香り。
ふと思い立ってしまった。

「お風呂上がったら、散歩に行こうかな」

今のご時世、
学生が深夜の徘徊⁉︎なんて大袈裟な表現である。
そもそもこれ、フィクションと同等。
台本をなぞっているようなものだ。

指に纏わりついたインクが滲むような日々。
今日は少しだけ、寄り道がしたい。

……

アイボリーのTシャツにやや大きめのネイビーのパーカーを羽織り、
下は黒いスキニーズボン。
コンバースのくすんだ赤いスニーカー。

パーカーの胸元にはヴィンテージの雑貨屋で買った、月の形のピンバッジがほの暖かく檸檬色に煌めく。

「夜」という学生にとって非異現実的な世界に
溶け込むにはベストな服装のチョイスだ、と我ながら思う。

しかし、白い不織布のマスクが
自分を「平凡な学生」たらしめて少し憎たらしい。
もう少しお洒落なの、買っておけばよかった。

絡まったイヤフォンを爪先でいじりながら、
玄関を出る。
平凡という真四角からの逃避行には
音楽がかかせない。音楽がないと、踊れない。

ようやくやや真っ直ぐになったコードは、
まだ少し絡まり、捻くれている。

諦めて耳に突っ込み、歩きはじめる。
流れてくる今日のBPMや、好きなリズムのとこで、ちょっと跳ねたり、回ったりする。
そんなことして大丈夫かって思うじゃない?

いけるいける。だって人通りがほぼ無い。
というか全然人とすれ違ってない。

夜が私を隠してくれてるのかも、、、なんて思ったが、逃避行の舞台、そこそこ田舎でよかった。

月夜に二人、音楽と私。

日中と違う街の表情。
あ、このお店はこの時間にやってるんだ。
いつものケーキ屋さんのステンドグラス、蛍光灯に反射してきれい。
まるで夜の水族館を見て回るように、歩く。
私が魚で、大衆に街の窓から見られてるのかも。

今の私、全然平凡じゃない。
むしろ、ちょっと主人公みたい。
ジャンルはよく分かんないけど。

空。
よーくみると星が光って、
月はグレープフルーツみたいなまんまる。

道。
コンクリートが夜の海みたいに深く深く、
黒くて美しい。 
さっき降った雨による水溜まりが、蛍光灯と月明かりを反射してちらちらと光るのが楽しい。

ステージと照明。
ちょっとのドレスコート。
音楽。

まるでステージだ。
私もう、真四角の外にはみ出せてる。

さっきの不機嫌はどこへやら。
かなり機嫌がいい。

暫く歩くと、
白みがかった人工的な光を発見。
コンビニだ。

羽虫のように、すいよせられる。

あ、この時間って挨拶されないんだ。
それとも、声が小さかっただけなのかな?

よく顔を合わせる店員さんもシフトが違うのか
知らない顔ぶれしかいない。鈍い金髪がふわり。

それも違う世界みたいで、ワクワクする。

探検探検。

普段何気なく見ているコンビニの棚が、
今日は解像度が高くて目がくらくらする。

チョコレートと、オランジーナを手に取り、レジに向かう。むむむ、無難だ。
いっそおさけやたばこでも買ってしまおうかと思ったが 私がはみ出したいのは、そういう枠ではない。
レジに向かう道中、棚の端っこにネットに入ったビー玉と、シャボン玉をみつける。

長いこと誰も手に取っていなかったのか、やや埃をかぶっている。
なんだか健気で愛おしいと感じてしまうのは、夜の魔法にかかっているせいだろうか。

チョコレートにオランジーナ、ビー玉にシャボン玉を購入して、店を出る。

(担当の店員さんは、耳元にシルバーのインナーカラーがちらりと光っていて、
隣のレジの金髪のお姉さんと並ぶとアニメのキャラクターみたいで良かった)

エコバッグ持ってくればよかったな、と思いつつ、
レジ袋に入れてもらったシャボン玉を取り出し、思いっきり吹く。

まるに閉じ込めた、虹色に、月明かり。

気持ちよく広がる泡に、思わず見入ってしまう。

コンビニの前でたばこじゃなくてシャボン玉なんて、なんでよく分からないことしてるのか
しばらくして面白くなってきて、なんだかもう満足してしまった。

帰ろう。
オランジーナを一口。

帰りはイヤフォンを外して、ビー玉がぶつかり合って奏でる音と、レジ袋のガサガサした音をBGMに、街灯の光のみを踏みながら帰宅した。

冷蔵庫をばこん、と開け、チョコレート、飲み掛けのオランジーナをしまう。

ふ、と。
まんまるのグレープフルーツと目が合う。

明日冷蔵庫を開ける時には半分になっているだろうか。

私は、一夜限りの 真四角から、まんまるへなる為のお散歩を思い出しながら眠りについた。

夜空からは、グレープフルーツみたいなお月様が、わたしを見守っていた。


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