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another story-ほんとのところ⑧

「近くまで行っていい?」

波打ち際までコンクリートでの階段を降りた。

「水が透き通っているね。ほんとキレイ」

海に手を入れると冷たかった。
水平線まで視線を向けると小さな島が見えた。

「今日は風が無いから漕ぎやすいと思うよ。
向こうに島があるでしょ?そこにも漕いで行けるよ」

「あんなところまで行くの?ちょっと怖い」

怖がりだね、とようちゃんは言う。
そう、私は人一倍怖がりだ。

水着の上からラッシュガードを羽織りショートパンツを履く。
どこか心許ない恰好にそわそわと落ち着かない。
更衣室を出ると、ようちゃんはボードに空気がいっぱいになるのを
車のドアを開けてシートに寄りかかり
足を外に放り出して煙草を吸っているところだった。

ようちゃん、と抱き付いた。

「こらこら、こんなところで、誰かに見られちゃうよ」

言葉とは裏腹にようちゃんは私の背中に腕を回す。
キスをするとようちゃんの手が腰に降りて来た。

「もうこんなになっちゃった」

ようちゃんは私の右手を股間に持って行く。
ハーフパンツの前が張っていて性器が屹立しているのが分かる。
服の上から性器を撫でると、あぁ、、と切ないため息が漏れた。

もう一度キスをしようとしたとき
ビーグル犬の散歩をしている女性に気付いて咄嗟に体を離した。
ふたりで顔を見合わせて照れ笑いをして、ようちゃんが耳元で囁く。

「続きは、、また、後でね」

カフェでボードとパドルを借りた。

「水冷たいけど、膝下まで浸かるくらいまで入ってボードの上に乗って」

ようちゃんは慣れた様子で
ボードを浮かべてバシャバシャと海に入ってボードの上に座った。

私もボードを浮かべて思い切って水の中に入った。

「冷たい!」

思わず声を上げる。
いくら天気が良くて汗ばむくらい晴れていても10月半ばの海の水は冷たい。

ボードの上に座ってようちゃんを見る。

「グリップを手のひらで包み込むように持って
肩幅と同じくらいの持ち幅で持つの。大きく漕いでみて」

ようちゃんの真似をして漕ぐとボードが前に進んだ。

「右側を続けて漕いでみて」

するとボードは左側に周り始めた。

「ね、反対に進むでしょ?
だから、左右交互に漕いでいくと真っ直ぐ進めるよ」

ようちゃんはボードの上に立ちスイスイとひとりで進んで行く。
左右交互に漕ぎながら必死でようちゃんを追いかけた。

「じゃぁ、今度は膝で立って漕いでみて」

そっとお尻を浮かせて漕いでみる。
大丈夫、転んだりしない。

「できるじゃん、次はボードの上に立ってみよう」

「えっ?立つの?怖い」

そう言ったけれど、えいっと勇気を出して立ってみた。
恐怖心で足が少し震えたけれど立つことが出来た!

「出来たじゃん!」

うん、と笑顔でようちゃんを見る。
ようちゃんは人に教えるのが上手い。
否定的な言葉を使わないで
出来た時はちゃんと、できたじゃん!と笑顔で言ってくれる。
そして、私はここでも、ようちゃんの生徒なんだなと思った。

ひとりでドンドン進んで行くようちゃんを必死で追いかけた。

ふと気付いたら、私たち以外に誰もいない。
風も吹いていなくて波もない穏やかな海。
つるんと滑るようにボードが進んで行く。
水面が空を映し込んで、まるで水鏡みたい。
こんなに光り輝く世界を初めて見た気がした。

カフェのテラス席で飲む紅茶は
少し冷えた体を温めるのにちょうどいい。

「水着可愛いの着てるよね。後で見せてもらおう」

ようちゃんは私の首の後ので結んである
ホルターネックのリボンを軽く引っ張った。
もう、とようちゃんの手をわざと叩く真似をする。

「ようちゃんは黒いTシャツを着ていること多くない?」

「そうかな?そうかも、僕のインスタのストーリーみたことある?」

いつも覗いているのに、ううん、と知らない振りをした。

ようちゃんはインスタのスートーリーを見せた。
このTシャツを着た人とようちゃんが一緒に写っている写真。
ようちゃんて友だちがたくさんいるんだな、と自分と比べてしまう。
そんなに友だちも多くないし、会社勤めの平凡な私は
ようちゃんにとってつまらない人間なんじゃないか、と考えたら
どうして、私なんかと一緒にいるんだろうと切なくなった。

「ようちゃんは、友だちが多いんだね。何だか、いつも楽しそう」

「友だち?うーん、知り合いは多いよ。広く浅ーくって感じかな」

そう答えたようちゃんに、なぜか少しだけ安心した。

「ほら、この今着ているTシャツを広めているの。なぎちゃんも着る?」

ようちゃんはニコニコ笑いながら勧めてくれるけど
年々、Tシャツが似合わない歳になって来ているし
胸のロゴが〇A〇Aになっている。
いくら若く見えるよと言われても、自分の歳を気にしているのに
自分でババァなんて言いたくないよね・・・
ようちゃんはそんなことに気付いていないらしい。

「私は、大丈夫・・・」

答えにならない答えを呟いて誤魔化した。

私の髪を撫でながら、ようちゃんが言った。

「汗かいちゃったから、シャワー浴びよう」


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