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しびろい日々 綴じ帳

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挑み果てた者供を拾う日々の営み(あるいは、アラフォーを自覚した誕生日、なんか書きたくなって始めたやつ)1章・公開分の綴じ合わせ
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2023年5月の記事一覧

しびろい日々(12)

しびろい日々(12)

「律儀だよねえ」
 呆れた調子の、娘の声がした。少し掠れて甲高い、愛嬌のある声音である。
 振り向いたモグリは唐突に顔をしかめて眉根を寄せる。
「ナトリさんさあ」
「いまどき、そんな丁寧に鏡の“試し”やってる死拾いとか居ないでしょーよ」
「じゃなくてね」
 モグリは利き手の人差し指をピンと伸ばし、己の胸元をつっつく仕草を見せる。ナトリと呼ばれた娘は、薄い夜着にショールを引っ掛けた姿で小首を傾げ、肩

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しびろい日々(11)

しびろい日々(11)

 鎧と兜の間から太い顎が覗いた。片手で仮面を剥ぐように外された兜を、いったん足元に置くために屈み込む。天井の灯火が目に入ったのか、眩しそうに瞳を伏せるモグリの素顔は、青年というには、多少、年輪を経ている。
 色の薄い肌には浅く皺が浮かび、まばらに伸びた無精髭と引き結ばれた薄い唇は、普段、人の営みの中で生きる存在とは違う、種の隔たりを感じさせる。赤茶けた剛毛の頭髪は、いちど短く刈り揃えたのを時間をか

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しびろい日々(10)

しびろい日々(10)

 四名ぶんの書類を重ね、角を揃えて記帳台の紙束の上に差し戻す。
 ふとカウンターに散った書類に記された乱雑な字に目が行った。
 走り書きを多少丁寧にしたような癖字はモグリも知った顔の同業者のものに違いない。書類の量を見るに、のらりくらり正式な報告を伸ばしたものを纏めて提出したのだろう。
 つまりは、これこそが管理人が夜なべ仕事せざるを得なかった原因であり、なお現在進行形の問題なのだ。その一枚を覗き

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