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「英語教育」1月号に掲載の連載「アジア文学への招待」でプラープダー・ユン『パンダ』(宇戸清治訳、東京外国語大学出版会)を紹介しました。

プラープダー・ユン『パンダ』はゼロ年代に書かれた、タイのポストモダン小説です。主人公はパンダ。と言っても、あのモフモフの動物ではありません。

でっぷりと太った醜い相貌の二十七歳の男性。普段から狭い自室に閉じこもりがちで、日中は成人男性向けのシナリオを打ち込む仕事に勤しむ、ポルノ映画会社のうだつのあがらない社員。寝不足のせいで両目に隈のある、恋愛とは無縁な非モテの大人。〈本名を持ちながら、誰も本名では読んでくれない〉自分とは何かに悩む人物がこの作品の語り手。

そんな彼がある啓示を受けるところから物語は始まります。お前はこの星の生まれではない。パンダ・プラネットという本来の故郷に帰還せよ。そして、地球上の同種の存在たちに、そのことを伝えよ。ここから彼は壮大なミッションを任された一人の志士として開眼するわけです。

物語全編に描かれるのは、タイ社会のみならず、現代世界への痛烈な批判。そのなかで生きる個人のよるべなさ。そして、パンダの帰属意識の希薄さです。家族、会社、社会、国家。それらに属すことに違和を覚えるパンダは、孤独な存在として描かれる。近代社会が作ったしがらみから逃れた先で、疎外感を抱える彼は、何を恃みに生きることができるのか。二〇〇四年に書かれたパンダのこの物語は、その意味で極めて現代的な生の重みを核として持つのです。タイ文学研究者の福冨渉さんが以前、この小説について次のように書いていました。

この作品において、社会の中で自らの「星」を見つけ出してそこに帰還することは、自己承認のプロセスを意味している。その上で、個人が社会ではなく自らの「星」に帰属している状態が、一つの理想として提示されている。(福冨渉『タイ現代文学覚書』風響社)

書評では、この評言を援用するかたちで、近代の生み出した虚妄が消失した先で書かれた小説としてこの物語を読んでいます。プラープダー・ユンは近いうちに福冨渉さんの訳で新作『ベースメント・ムーン』が出るのでそちらもお楽しみに。近未来のタイを舞台にしたSF小説です。





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