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別世界 / 最後の東京帰省日記 ⑤

 前回の続き

 会場に到着すると、かなりの人で賑わっていた。先生に挨拶し、同期と話す。皆、昔と変わらなくて安心する。自分はゼミの9期生で、現在の4年生は17期生だそうだ。流れた時間に驚く。

 受付で渡されたゼミ生名簿を見て、血の気が引いた。名簿の備考欄に、出席フォームで記入した近況報告が印刷されていたのだ。「人生ままなってません」感全開の自分の近況が、全体に共有されてしまったのである。非常に恥ずかしい。けど、仕方ない。「こういう時、恥ずかしいのは本人だけで、周りはさほど気にしてないんだよな」と冷静になる。

 ゼミ会が始まり、先生が挨拶をする。会場には多くの教え子が集まっている。卒業してもこんなに人があつまるゼミ会は、うちの学部では珍しい気がする。当時、やる気のない教授とやる気のない学生が多い中、先生の講義は面白く、ゼミには真面目な学生が集った。もともと、社会学には一ミリも興味がなかったが、先生の良さでゼミを決めた。あの時の選択に、今とても感謝している。

 「品川くんが近況報告に書いてくれて思い出したけど…」先生が挨拶の中で、自分の名前を挙げる。「やっぱり、ゼミ会は、人生がままならない様な時でも、集える場所にしたいんだよね」会場の教え子たちが名簿をめくる音が聞こえる。びっくりした。ただ、嬉しくもあった。自分の記憶違いではなく、昔確かに先生はそう言っていたよな、と安心する。今、会場にいる若い人たちが、いつか人生に躓いた時でも、この場所に戻って来れることを願った。

 ゼミ会は楽しかった。色んな人と話した。面白く印象に残ったことがある。それは、東京で生まれ東京で育ち東京で働いている人は、長崎ないしは日本の地方での暮らしを、リアルにイメージすることが難しい、ということだった(そしてこれは、逆もまた然り、である)。両方に暮らしてみて思うが、個人的に、この二つは別世界である。それぞれに特徴があり、それぞれに良さと悪さがある。同じ日本という国で暮らしているため錯覚しがちだが、それぞれの地域で、仕事も、暮らしも、文化や慣習も、結構異なる。

 ゼミ会を3次会で切り上げて、電車に乗ってホテルをとった新宿へ向かう。電車の時間もあるが、既に二日酔いが始まり、頭が痛い。学生時代は無限に飲んで徹夜もできたが、それはもう遠い過去である。ぼーっと電車に揺られる。

 新宿で電車を降りて、歌舞伎町を抜ける。東京のホテルはどこも高く、一番安かったのが、歌舞伎町近くのホテルだった。道を歩くと、派手な格好をした、目の虚ろな若い人が数名が、隣を通り過ぎていった。ここも別世界である。しばらく歩き、無事ホテルに辿り着いて、ベッドに倒れ込む。ホテルの外から、断続的に男の人の叫び声が聞こえる。すげえところだな、と思いつつ、眠りに落ちた。

 次回に続く

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