見出し画像

逃走の効用

 「人は、傷付いた分だけ優しくなれる」とは、よく言われる言葉である。他者の痛みが分かるようになり、人に優しくなれるらしい。確かに、一理ある。加えて最近思うのは、それと似た感じで、「人は、『逃げた』分だけ世界が広がる」のかもしれないと思っている。

 ここでいう「逃げる」というのは、ある世界観・価値観から離脱することを意味している。例えば、自分の場合は新卒で勤めた「大企業」が合わずに逃げ、次に務めた「スタートアップ」も逃げるように辞めた。スタートアップ勤務中は、当初「エンジニア」として働いていたが、しっくりこずに「営業職」に逃げた(営業は自分にとても合っていた)。今では、長崎に落ち着いている。

 とある世界や価値観から他の世界や価値観に移動すると、その違いに驚かされる。かつていた世界以外にも、いろんな世界・価値観が存在することにびっくりする。かつての「当たり前」が、当たり前ではないことに気が付く。そして、そんなことを繰り返していると、今いる世界を絶対視することなく捉えられるようになる。

 私は、逃げることを全面肯定しない。全てのことには、良い面もあれば悪い面がある。人によっては、逃げることで、傷と後悔を残すこともある。ただ、それも踏まえた上で、逃げることには、世界が広がるという効用があるのではないかと思う。もちろん、「逃げ」ではなく、単純に「移動する」ことができれば、その方が良い。「逃げる」という行為には、不本意さや止むに止まれなさが内在している。しかしだからこそ、当初は意図していなかった世界観の変化に出くわし、時にそれが、人を掬い上げるきっかけにもなりうるのだと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?