短編小説:『高校生探偵団(仮)』

 1
 この子はもしかしたら口から生まれたんじゃないかしら、なんて小学生になってすぐに担任の先生に言われて、僕の母親はこう返した。
「将来は落語家か、詐欺師かもしれませんね」
 生憎だけれどもちろん僕はどちらにもなるつもりなんて全くなくて、この十五年間で描いた将来の地図はこうだった。

 この世のすべての人を幸福にする。

 自分でも馬鹿で馬鹿でかい風呂敷を広げてしまったなと思っているんだけれど、それでも口に出すとなんとなくできそうな気がしてくるから人間って面白い。本当にやりたいことややるべきことはどんどん周りに表明するといいと思う。中途半端な気持ちでやると逆に言うだけで満足してしまうらしいって話もあるけれど。
 で、じゃあ、どうやってやんの、って質問されるのが当然のことだ。そりゃそうだ。このテーマはすべての人類が夢見ていると言っても過言じゃないくらい普遍的なもので、できるものならとっくに誰かが代わりにやってくれている。いや、でも、これは違う。僕はこの書き方は違うと思うんだ。
 過去に多くの偉人たちはすべての人類を幸福にするために、多くの技術革新をし、発明を続け、文明と文化を発展させてきたんだ。だから今の僕たちはその恩恵を受けまくっている。もちろん、便利になって困ることだって出てくるんだけれど、それはやっぱり便利になる前と比べると、大したことないような気がしてくるんだよね。
 え、それでどうやってやるのかって。
 つまり、僕は新しいものを作りたいんだ。

 よく喋る発明家。

 僕が目指している者は、きっとそれなんだと思う。

 2
 高校一年になり夏休みもあと三日。残暑は厳しく逃げ水も見えそうな昼間だった。
 昼食のそうめんをテレビを見ながら両親と食べていると、ニュース速報が入った。てろりん、てろりん。なんか違うかも。
 最寄り駅で通り魔らしい。死人は出てないけれど、東京の郊外って言っても、五人が負傷で犯人は逃走中だって!
 父親は言う。
「これは大事件だな」
「そうね」
 母親が同意した。
 犯人がまだこの辺にいるかもしれないと思った僕はいてもたってもいられなくなって、友人のショウタに電話した。
「ショウタ、テレビ見てるか?」
「いや、見てない。何かあったのか?」
「この辺りで通り魔だってさ!まだ犯人は捕まってない」
「……わかった。じゃあ駅に三分後な」
「流石、話がわかる!」
 会話を聞いた両親はやれやれ、という感じで、父親は「無茶するなよ」と、母親は「気を付けてね」と一言で送り出してくれた。
「いってきます!」
 僕はナイキのローカットのバッシュを履いて、急いで家を出た。

 途中で幼馴染のユリナに会ってしまった。
「あっ、どこ行くの、ユウキ?」
「えっと、少し駅まで」
「スマホの速報見てないの?駅は通り魔がいるかもしれなくて」
「あー、だから行くんだよ、じゃあな」
「なっ、駄目だよ、ユウキに何かあったらどうするの!私も行く!」
 あー、もう、いつもこうだ。
 彼女は幼馴染で、黒髪ショートの似合う美人なんだが、何かと保護者みたいなこと言ってきてついてくる。うざい。たまに親が連絡しているみたいんだけれどさ。今日はスカートで女の子らしい服装だ。
 そして、今ここで合流したショウタは、高校一年にして一八八センチのスポーツ青年だ。ちなみに僕は一七〇センチ。
「あっ、おはようショウタ」
「ユリナも一緒か」
「そう、ま、いつも通り」
「高校生探偵団のお出ましだな」
 ショウタが続けた。
「なんかなーださいよなーいつも思うけれど」
 さらに僕が言った。
「他にいい呼び方ないもんな」
「私は気に入っているよ」
「ユリナには言ってない」
「何よーーユウキのばかーー」
「ケンカは後にしよう」
「そうだな、消える手がかりがあるかもしれない」
 僕は同意して、事件現場へと向かった。テレビに映っていたのはあっちの方のはずだ。
 泣いている子どももいた。見事にバラバラな人種が狙われており、老夫婦、若い夫婦とその子どもだった。凶器はどうやら、鋭利なナイフのよう。
 遠くから様子を窺っていると、知らない警官が声をかけてきた。
「おっ、これは有名な高校生探偵団じゃないか。この事件は君たちには荷が重いんじゃないかな」
「あっ、そうですかね。ありがとうございます」
「いやいや」
 そう言ってその場を足早に立ち去った。

 3
 駅のショッピングモールにあるベンチに三人で座る。
 いつも通り、僕が開口する。
「警官のあの反応からすると、犯人は一般人じゃない可能性がある。と言うより、きっと危険人物だ」
「そういうことか」
「えっ、そういうことなの?」
「ああ、あいつら僕のことをどう思っているか知らないけれど、このつっよいショウタがいることはわかっているから。ショウタが喧嘩で負ける可能性があるのはその道を究めているレベルの人や、あるいは」
「プロ」
「……プロって」
「殺し屋かヤクザかもな」
「……大丈夫かなぁ」
 確かにこれは危険だ。今までぶちのめしてきた痴漢や不良とは違う。
「うーん、やりたくないんだけれどなぁ」
「どうした?」
「何?」
 ショウタとユリナが続く。
「僕とユリナのどっちを囮にする?」
「聞くなよ。お前に決まってんだろ」
 そうですよねショウタパイセン。

 4
 犯人は愉快犯だ。でも、それはついででしかない。きっと次は人気のないところを狙う。
 駅裏の商店街の裏路地を歩いていると、同じくらいの身長をした青年に正面から声をかけられた。眼鏡をかけている。
「こんなところを歩いていると危ないよ、少年」
「あなたのような危険人物と出くわすからですか?」
「……鋭いな。なぜ気づいた」
「まずナイフの切れ味を見るサンプルとして、十代の男女のサンプルがなかったと思った。あとは、あれだけの人数を相手にして、まったく手がかりを残していない。つまり」
「決め手は雰囲気か」
「そうです、その狂気を感じるほどの威圧感ですよ」
「ははは、面白い」
「それで、今度はきっと殺すつもりでしょう」
「話が早いな」
「ええ」
「ちょっと死んでもらおうかな」
「いや、そういう訳にはいきませんって」

 初動が速い。力があるというより、一瞬のスピードで相手を仕留める型だ。しかも、切れ味を試すためのナイフを持っている。
 今のところ、すべての攻撃を避けているが。
「やるな、小僧」
「いやいやそんな」
「でも、読んでいるぞ。ここで背後から、少女の一撃か」
 ユリナの足払いが避けられる。
「速いっ」
 思わず叫ぶ。
 でも、これでニ対一。
「うまく隠れていたみだいだね。お嬢さん。でも、少し覚えがあるからって僕みたいなのを相手すると、痛い目に合うよ」
「ユリナ、僕の後ろに」
「うん!」
 これで僕は彼女を守らないといけなくなった。と、この愉快犯だけはそう思っているだろう。
二段構えだ。
「いくぞ!」
 僕にもう一度攻撃してきたこの瞬間、後ろからショウタの足払いが――
 避けられた。

 けれど残念。
 そこへ僕を蹴飛ばして飛んだユリナの、強烈なハイキックが入る!

 ショウタの蹴りを本命に見せ、僕を囮にしてさらにユリナの蹴りっていう、まあ、念入り過ぎるな。
 気を失った犯人はナイフを落とした。こいつを警察に届ければ無事に事件解決というとこだろう。
「ユリナ、一つだけいいか」
「え、何、ユウキ」
「いつまであんな可愛いパンツ履いて…」
「エッチ!バカ!」
 僕も蹴られて気を失った。

 ここは警察署か。
 ショウタとユリナから結果の概要を聞き、帰路につく。

 夕日が眩しい。
「なあ、ユウキ」
「ん?何?」
 ショウタが声をかけた。
「ユウキは最初からあいつを飛ばして、つまり空中なら身動きが取れないだろう、って読んだんだろ」
「そうだね」
「なんで相手が素早いタイプだってわかったんだ?」
「まあ、本当の力自慢ってさ、武器を使おうとしないんじゃないかなってさ」
「そういうことか」
 なるほど、とショウタは呟いた。
「私も聞いていいかな」
 ユリナも話しかけてくる。
「いいけれど」
「ユウキってなんでこうやって色んなことに首つっこむの?」
「それは、うーん、先が長いからかな」
「え?」
「うるせえ!いちごパンツが!」
「あー、もうほんと無理。吐き気するから殺す」
「まあまあ、ユリナ……」

 僕が本当に求めていることは問題を解決することじゃない。それだけじゃ駄目なんだ。僕はここが問題だ、とそれに気づき、それに対して解答を求めることまでやらないといけない。愉快犯を逮捕するんじゃなくて、生まない技術。
 どうすれば自己中心的な犯罪を減らすことができるのか、あるいはその技術が生まれるか、と考えて、帰宅した。

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