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証券アナリストジャーナル読後メモ:国際金融センターとしての東京に向けての課題

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証券アナリストジャーナルを2010年頃からずっと購読している。著名な学者そして経営者の貴重な講演や論文を閲覧できることができ、大変勉強になっている。年会費18,000円は高いという声も周囲でよく聞くが、月にならせば月額1,500円である。月一回の外食をやめればいい程度の費用で高い水準の論文や講演が読めるため、圧倒的にコストパフォーマンスが良い、と常々思っている。

以下は2022年3月号の記事である。日本の資産運用立国に向け、実務上何が課題となっているのかがわかりやすく理解できる。


1.日本の資産運用市場の国際化に向けて:課題①日本独自ルールの存在

  • 日本の資産運用市場の国際化に向けて、金融規制は重要ではない。重要なのは日本独自ルールの存在だ。

  • 例えば投資信託では、投信の基準価格の算出にあたり、信託銀行と資産運用会社がそれぞれ算出し、その二つの値が一致しないと基準価額を公表することができないとされている。この二重計算を行なっているのは、先進国の中で台湾と日本だけである。

  • この投信の会計ルールに対応するために、資産運用会社は基準価額をマッチングさせるシステムを開発し、これに対応する人材を置かなければならない。

  • この会計ルールがあるため日本の投信マーケットは一向にグローバルスタンダードにならない。

  • このルールに対応する部門だけは最後まで在宅勤務に移行することができなかった資産運用会社は多い、と聞いてる。

  • 法令上、シングルNAV化は可能で、基準価額の二重計算結果照合は不要である。

  • 法令では、委託者(投信委託会社)が責任をもって基準価額を出すこととなっており、受託者(信託銀行)が基準価額をチェックしなければならない、という規定はない。

  • だが、シングルNAV化の結論は出なかった。信託協会と投信協会で話してきたが、信託協会としては、基準価額算出の正確性が下がるようなシングルNAV化は容認できないとのこと。

  • シングルNAV化は信託銀行の収益源を奪う形になるが、二重計算問題が残る限り、東京はグローバル市場にはなり得ない

  • 本当の国際化を進めるにはインフラを他の国々とそろえる必要がある。まず、ルクセンブルクでは投信の基準価額の乖離が50bpsまでなら許容の範囲内としており、訂正などは要求されない。等身の基準価額の誤差が一円たりとも許されず、二重計算の結果が一致するまで基準価額を公表できないのは日本だけ。

2.日本の資産運用市場の国際化に向けて:課題②日本の機関投資家が資産運用会社に求めるサービスのレベルが高すぎる

  • もう一つの障害は、日本の機関投資家が資産運用会社に求めるサービスのレベルが高すぎる、という点だ。

  • 機関投資家のうち、公的年金からは当月の運用パフォーマンスについて、例えば翌月7営業日までに速報値を出し、10営業日までに確報を出すことが求められるケースがある。運用パフォーマンスは、機関投資家自身が直接信託銀行からデータを取れば済む話だ。だが、運用会社が速報・確報という形で出し、さらには詳細なコメントまで求められることがある。こうしたことから、サービス提供コストは日本が一番高いと言われている。

  • このような日本独自の制度や顧客からの要求を理解し、規制当局との意思疎通を図り、効率的な社内体制をつくる人材を本国から日本に送り込むのは難しいとの判断で、日本法人のトップは日本人に任せたい、という外資系資産運用会社は多い。

  • 言語や文化の壁は乗り越えられる。だが日本独自のサービス提供レベルと比して得られるフィーは世界一安く、採算が合わない

  • したがって、海外資産運用会社の多くは、運用商品を最終顧客に販売してフィーを得るというオーソドックスなビジネスモデルは日本で諦めた。そのかわりに運用商品を日系運用会社に提供し、日本独自の制度や顧客サービス提供は日系運用会社にすべて任せる、ということになっている。

3.外資系資産運用会社の日本進出が進まない背景

  • 海外から日本への進出が進まない背景として、日本の資産運用業界では、海外の資産運用会社への外部委託が進んでいることが挙げられる。

  • 日系資産運用会社が自社で運用機能を持っていないグローバル株式分散投資などについては、GPIFから受託し、運用自体は外部委託する。

  • 日系資産運用会社は、その独自のインフラを使ってパフォーマンスのモニタリングや細かいレポーティング業務を行い、フィーの一部を受け取る

  • 海外の資産運用会社にとっては、東京オフィスをゼロから立ち上げるよりもコストを低く抑えられる。

  • リテールビジネスについていうと、例えば販売会社が売りたい商品を自分たちがインハウスで持っていない場合、自社が海外の資産運用会社に運用を外部委託する形で販売会社から商品を受託する

  • 当社は外部委託先の運用のモニタリングやNAV(投信の1単位あたり基準価額)の計算をはじめ、月報(顧客向け月次レポート)や法定帳票の作成、販売会社に対するサポート、プロモーションなどを行い、海外の資産運用会社に入るフィーの一部を受け取ることでビジネスが成り立っている。

  • 要するに、日系の資産運用会社が運用を外部委託することによって、機関投資家向けあるいは個人向け公募投信についても、海外の資産運用会社は日本に拠点を持たずに、フライイン(現地に拠点を持たずにビジネスを行う)といわれる形で日本に実質的に進出できる

  • したがって、海外の資産運用会社は固定費をかけてまで日本に進出しようというインセンティブは生まれづらい。東京の資産運用会社の数は392社ということだが、実際にはその3倍ほどの海外の資産運用会社が日本の機関投資家や個人に資産運用商品を提供している。

  • 海外の資産運用会社は、東京にオフィスを構えないことからオンザグラウンドでのプレゼンスが高まらず、一方、東京マーケットは、海外資産運用会社が進出してこないため、運用ノウハウや高度な専門的知識を持った人材を蓄積することができない

  • 海外の資産運用会社が海外の拠点から日本の運用会社経由で日本に対して商品を提供するという構図を変えていかなければ、日本の資産運用業界のガラパゴス化は止められず、資産運用を中心においた東京の国際金融都市化は難しいのではないか。

4.サステナブルファイナンスについて

  • 欧州ではもともと富を持っている人がお金を寄付して社会インフラを作ることが求められており、そのような寄付によって自らも報われるという考え方があった。その発展形としてサステナブル投資という概念が生まれた面もある。

  • しかし、日本には必ずしもそのような考えが浸透しているわけではない

  • ESG投資について何をゴールとすべきかは、日本の社会や企業のあり方との親和性などもよく考える必要がある。

  • ESG投資の運用においいては、パフォーマンスとESG面の目的達成との間で利益相反が生じる。年金基金などの投資家は受託者責任を全うする必要があり、パフォーマンスを犠牲にすることはできない

  • ESG要因はあくまでもリスク管理や投資機会の創出といった観点から運用のプロセスをエンハンスするためのものと捉える必要がある。

  • 欧州のESG投資はチャリティー(慈善活動)からスタートしているかもしれないが、基本的にはこれまで資本主義が外部化してきた社会的コストを経済システムの中に取り込まなければ、地球がもたないというところから来ている。

  • 例えば、温室効果ガス(GHG)の排出削減については、チャリティーではなく、炭素税のような形で経済システムの中にインテグレートすることで対応しようとする動きになっている。

  • このように、地球のサステナビリティを維持するために、資本の配分をし直そうというのがESG投資だと理解している。

  • 鉄鋼業のESG投資を例に挙げると、炭素税などのカーボンプライシングの動きがどのような形になるのか、それが鉄鋼業の企業業績に対してどのような影響を与えるかを考慮して投資判断をしていけば、ESG投資でもアルファは出せる。

5.その他、アジア版タクソノミーについて

  • 単にGHGを削減すればいいのではなく、脱炭素社会への移行の過程では雇用が失われる・化石燃料の値段があがるなど、さまざまな障害が出てくる。

  • そのような障害を乗り越え、どのようにしてトランジションしていくのかというところまで含めてタクソノミーを作るのであれば、やはりアジアと共同していくべきだ。

  • そうなると、グリーンボンドも日本からアジア向かって出ていく。ロンドンが大きく伸びたのは、植民地時代の富を使ったこともあるが、ユーロボンドの規制を緩和したことも要因の一つだ。そのアナロジーでいうと、アジアの資金は日本からアジアに向かって出していく。

  • そのような資金の流れの中心として、東京が国際金融都市化していく。東京の金融市場が100%グローバル化するのはむずかしいが、東京がアジアの金融に関する中心となり、アジアとビジネスをしたいなら、香港ではなく東京に来るという形に持っていくことができればいい。

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