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『サンシャイン・ボーイズ』観劇記

『サンシャイン・ボーイズ』といっても三谷幸喜の劇団の話ではない。
ま、東京サンシャインボーイズは、この戯曲に出てくるコンビ名から拝借したそうだから遠い話ではないのだが…

ご存知ニール・サイモンの傑作。老年のヴォードビルの大スター(とチラシには書いてあるが日本風にいうとコメディアン)コンビが解散から11年後、テレビの歴史を振り返るという企画の特番に出演という大仕事が舞い込む。「サンシャイン・ボーイズが復活、往年のコントを(おそらく)生放送のTV番組で披露する」というもの。しかし二人は結成中から不仲、解散の真相も喧嘩別れという形だった。
11年ぶりに会う二人はどんな会話を交わすのか…というお話。

世の中のドラマも映画もすっかりM1F1ターゲットで、50歳過ぎのオジサンは昔のドラマを懐かしげに見るしかない中、やっぱり時代というフィルターを通ってきた名作は凄いんだと古い名作を見漁っている毎日。「映画は映画館に行って観ないと映画という文化がなくなってしまうのは自明」と尊敬する映画監督のTwitterに心揺さぶられるのだが、今公開されている映画の内、その何本が本当に『映画』なのか?そもそも『映画って何なのか?』分からなくなって来てるし、業界外の人たちと交流するようになって、まったく映画の話が出ない分、配信で公開になると「〇〇観た?」という話題になるので、映画は映画館でしか観られないであろう映画しか行かなくなってしまった。

そんな中、<ニール・サイモンの『サンシャイン・ボーイズ』が本多劇場で演ってる>というネット記事を見た。夜公演は木曜だけ!木曜夜!今抱えている編集直しの指示が来なければ、木曜の夜は空いている。これはチャンスかも知れない。「来るな、来るな。編集直しの指示来るなよ」と神頼み。

こうして僕はぽっかり空いた夜を手に入れ、何十年か振りに下北沢本多劇場に向かった。多分、前本多劇場で見たお芝居は『SHOW MUST GO ON』だと思う。ずいぶんと時が経ってしまった。あの頃の夢は一つも叶えられないまま老年を迎えてしまった。仕方ない。これでも精一杯やったのだから。
チケット引換時間まで劇場下のマニアックな商品が並ぶお店をブラブラしながら過ごし、受付が開かれるといの一番に向かった。
席は選ぶ事が出来ずL列17番。どんな席かな。どれくらいお客さん入るんだろ?興味は尽きない。トイレに行きたいが下北沢本多劇場は中しかトイレがないのであと15分の我慢。受付の壁に寄りかかって開場を待つ。
ちょうど腰掛けるのによい出窓のハリ(あの部分なんて言うだろ?)には<ここには座らないでください>の張り紙。
腰掛けてませんよ、持たれてるだけですよという体を取りながら、そのハリに身体を預け開場を待った。

僕はこの時点で『サンシャイン・ボーイズ』のストーリーを全く知らなかった。老年のコンビの話というチラシのSTORYも全く読まず、ただ<舞台人加藤健一が佐藤B作とニール・サイモンを演る>というだけで、ここに立っていった。いや正確に言うと窓枠に軽く尻を引っ掛けてもたれていた。
人は、いや舞台人はどうしてここまで舞台に狂ってしまうのだろう?加藤健一は、おそらくそういう人だ。もうそんなにテレビでその姿を見ることはない。Wikipediaにも『映画やテレビドラマなどの映像作品については、舞台の稽古のためにスケジュールが合わないなどの理由から最近は少なくなっている』とまで書かれるほどの舞台人だ。羨ましいにも程がある。
もちろん僕は三谷幸喜の東京サンシャインボーイズがこの戯曲から、その名を頂いていることは知っていた。しかしニール・サイモンの方には中黒が入るんだか、劇団なんだか、何も知らないで席に付き開幕を待った。
携帯の電源を切る前にメールチェックをした。まだ編集直しの指示は来てない。これは素敵な夜になるかも知れないという予感で胸いっぱいにしながら「もう対応出来ないよ」と心に決めてiPhoneのシステム終了のスライダを右にズラした。

「あいつのツッコミのお陰でずっと胸に青あざが出来てたんだ」
「あいつの唾がいつも飛んでくるんだ!パッとかペッとかそういう音ばかり使って来る」
こういう話を見たかったんだ。
こういう舞台を見たかったんだ。
ケンカなのに洒落てる
独り言のボヤキがめっちゃ笑える
自分の乾いた部分に水が注がれるように二人の言い合いを見つめていた。

なーんの解決もないラスト。
でもそのラストが清々しい。
人生そんなドラマティックに仲直りするとか、好転するなんてないんだよ。
ニール・サイモンの優しいしたり顔が頭に浮かぶ。
これこそウェルメイド!思い起こせば吉本新喜劇もこういう終わり方多かったよなあとか元関西人であるボクは思ったりする。
そして、感動とかやりきった感のないカーテンコール。
淡々と若者の別の芝居の告知と加藤健一事務所の次の出し物の紹介。パンフレットと今回新しく作ったTシャツ購入のお願いがあって幕は閉じた。
今風の「ここは撮影OKです!みなさんでSNSに拡散してください」的な展開もなく、会場アナウンスが「開場時、上演中、幕間いかんに問わず、舞台の撮影録音はご遠慮ください」と注意をしている。
加藤健一にとって舞台を演るってことは、別に息をしてるのと同じくらいのことなのだろう。

L列の席後ろの出口から出るとそこはロビーより一段上がった構造になっていて階段でロビーに降りることになる。階段を降りると左手には全盛期に飲み物や軽食を提供していたであろうカウンターがシートを被ってひっそり影になっていた。お客さんは思っていた5倍は入っていた。みんなパンフレットを買いに並び、これまでの加藤健一事務所が打った舞台のチラシ一覧に見入っている。

僕の知らないミカンとか言うおしゃれな飲食店や本屋が並び、上には未来を夢見る起業家が集まるコワーキングスペースが備えられた新しい下北沢のメインストリートを歩きながら、興奮気味に『サンシャイン・ボーイズ』を観たとSNSに投稿したら、同時期に舞台をやっている先輩から「オレの舞台は見に来ないのか」と突っ込まれた。あんなに洒落た切り返しに溢れたお芝居を観た後だったのに、全く粋な切り返しは出来ず「先輩の舞台はボクには眩しすぎるのです」と書き込むのが精一杯だった。

よし明日からも精一杯やるかと油そばかき込んで、きれいな夜空見ながらLUUPの電動キックボードに乗ってルンルン帰宅しました。