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あまった林檎としゃべるハチワレ猫 第3にゃ トイレは綺麗が一番

「トイレの天井ってなんで点々模様なんだろ」
 今日もボクはトイレが長い。
 別れた妻の「洋式トイレは男子でも座って用を足してほしい」というリクエストを素直に聞き入れたボクは今でも、自宅・会社を問わず、いわゆる立ち便器を使わず小でも個室で用を足す。
 うちの会社のトイレはいつもキレイで最高だ。後ろの荷物置き場が頭を置くのにちょうど良く、足を伸ばして天井見ながら座っている時が一番落ち着く。席に居ても、トイレに入ってても誰とも話さないのは変わりないんだけど、誰にも見られてないだけでトイレのほうが落ち着く。最近のいじめられっ子はトイレの個室でお弁当を食べる子もいるというが、その気持はよく分かる。なんかトイレの個室のほうが静かだし、清潔なんじゃないかと思ってる。めっちゃキレイに掃除されてるしね。
 時々すうーと眠くなるけど、隣の個室に入る人がガサツに「ガチャン」とかドアを閉める音が「早く出ろ」って言ってるみたいで、その時だけはドキドキする。タバコを吸わないからタバコ休憩はないが、さすがにトイレに15分も行ってるとサラリーマンとしてはよろしくないよなーと思うが、なかなか席を、いや便器を立てない。

 先日、ウンチを我慢しすぎて『迷走神経反射』とかいう反応で通勤途中のバスで失神した。本人は我慢しすぎた覚えはないのだが、シモの臨界点到達時間が最近やたら早いのだ。ふと気がつくとバスの床に横たわっていて、他のお客さんの「大丈夫ですか?」と言っているアップの顔が目前にあった。反射的に「大丈夫です」って言って、ともかく次の停留所で降りる。
 心臓がバクバク言って(何してたんだ?ボク)と考えるのだが、もちろん分からない。しかもその時は失神の理由が分からなかったので、脳の異常を心配したりして、そのおかしくなった頭でこの後、どうすればよいか考えても良い案が浮かぶはずないと一人パニックに陥った。
(そうか、頭がおかしいってのはこういうことか)と考えたりするところは妙に冷静だったりして…
 後日、病院で「それは排便の我慢し過ぎです」って言われて度肝抜いたわ。

 なーんてことを考えたら、やっぱりいつの間にかトイレで寝てた。わっと起きてiPhoneで時間確かめたら1時間は寝てたらしい。少し焦ったが席に戻っても何も起きなかった。1時間前と全く変わらない。人事異動の内示があると重要人物はいろんな調整で忙しい。与えられた仕事をするだけのボクは誰に何を聞かれるわけでもない。まるでみんなの目にボクは存在していない幽霊のようなものだ。
 

「キミ、そりゃ仕事なくなるよ。トイレなんかで寝てちゃ」
「だって席に座ってたって仕事ないんだぜ、一緒だろ」
 いつの間にか人の言葉を話せるようになったコテツは自分のウンチの始末をしているボクの横で毛づくろいに余念がない。綺麗なトイレで一眠りしたボクが飼い猫のトイレをキレイにしている。人生因果応報。ラッキーとアンラッキー足してプラスマイナスゼロならそれで良いかとか考えたりする。
「トイレはキレイに越したことないよね。ボクのトイレもしっかりキレイにしてね」
 そういうコテツはトイレが下手くそで、いつもウンチの最後の一切れがOBして床に転がっている。トイレットペーパーでくるんで、ウエットティッシュで床を拭き、人間のトイレに流す。なんで最後の一切れが外にこぼれちゃうんだと聞こうとコテツを見ると、我関せずとばかりにボクと目を合わさないでまた毛づくろい。一応悪いという意識はあるようなので責めないでやった。
「ネコは良いなあ、勝手に生きてるって感じで」
「キミだって好きなように生きてるじゃん。大変だよ、上司の顔色伺って生きるのも。周りを見てみなよ。意外に自分の人生って見えないけど幸せなもんだんよ」
 たまには役に立つ事言うじゃないか。コテツのウンチとおしっこ玉をすくい取るとまた人間のトイレに流す。うちの猫砂はオカラなので床も傷つかず、トイレに流せて便利だ。
「出世するのは無難な人。従順な方が上司も使いやすいじゃん」
「そんな事、いつの間に、どこで勉強したんだよ」
 するとコテツはボクの質問に全く答えず、テレビ台、衣装ケース、タンスの上とマイコースであっという間に天井近くまで登ってしまう。

 しかし話し相手がいるってのはいいな。めちゃくちゃ気が楽になる。答えが欲しいわけじゃないんだよな。聞いてほしいのよ。しかも大した答えも押し付けてこないし、コテツはボクにとってなかなか良い相談相手なんじゃないかと思えてきた。明日の朝はウェットでもあげるかな?
 毛づくろいに満足したコテツはもうタンスの上に置いた毛布の上で寝ていた。