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九つ目の話題「大切なことって何?」

愛おしい日々を大切に思ったり、
目の前のたった1人を心から大切に思ったり、
ひとりの時間を大切にしたり、
毎日は〝大切〟に溢れています。

その大切について男子高校生達がお話をしているようです。


「えっ」
「どうしたの?」
「ヨウちゃんに貰ったシャーペンが無い」
「…あぁ、前あげたやつか」
「うん、どうしよう。昨日まであったのに、なんでだろう。どこ置いてきちゃったかな」
慌てた様子でカバンの中を漁るシロ。
そこまで大切にしてくれている様子を見ると、嬉しいような少し照れるような…なんとも言えない気持ちになる。
「探してくれてありがとう。でも同じものがもう一本余ってるからあげるよ」
「えぇ?駄目だよ、あれはあれだもん」
「大丈夫。きっとまた見つかるよ」
「……うぅ、ごめんね。ありがとう」
値段の話をするなら、正直大したことは無い。
けれどそれ以上の価値をシロがそれに見出してくれたように感じられて、焦るシロには悪いけどやっぱり嬉しい。
「シロ」
「うん?」
「ううん、何でもない」
「気になるやつだ」
「そうだよね、ごめん」
「むぅ。……どうやったら無くさないかな」
シロがくれる景色は時に甘すぎる。
愛おしいが溢れ出して、どうしようもなくなる時がある。
そんな日々を大切に思っていることには変わりないけど、どうしたらいいかな?この感情。
「ねぇヨウちゃん」
「うん?」
「ヨウちゃんの大切って何?」
「唐突だね」
「うん、気になっちゃった」
〝好き〟について話した次の日も、俺らはいつも通り色んな会話をしながら家に帰った。
でも暫くはこうやって質問をされることは無かった。
だからなんというか、嬉しい。
嬉しいや、これ。
「大切、か」
「うん」
「…大切、はね」
なのに、日を追う事に答えづらくなって行く。
こんなにも大切なのに、言えない。
言えばいい、言ってしまえばいいと心はそう言っている。
けれどそれがシロの大切を壊してしまうなら…
「ヨウちゃん最近考え事多いね」
「え?」
「だってずっと頭抱えてるもん」
「…抱えてないよ」
「そうじゃなくて。顔が頭抱えてます!って顔してる」
「そう?」
「うん」
「でもそれは、その…ううんなんでもないや」


まだシロと普通に会話出来ていた頃に、笑いながら言ってしまえば良かったと思う。
「シロが大切だよ」「…この時間が本当に大切なんだ」「だから大切なこの時間を、失いたくない」
どれも言えなかった。
それらを口にしたらシロのことを否定してしまうような気がして、大切に思っているからこそ言えなかったんだ。
「…今日先に帰ってて」
そんなことを言われて1人歩く帰り道。
もしかすると大切なことが壊れていくのかもしれない、と言う不安が募っていく。
「このままじゃダメだ」
また何かが壊れたとしても俺は何にも思わないだろう。
けどシロは例外だ。
一緒に居られる今が変わってしまったら、何にも思えなくなってしまう。
それが分かっていて言葉にしないまま壊したくはない。
シロのことを傷つけるか恐れている場合じゃない、そう思い始めてもいるから。
「卒業式…来週か」
今週必ず話す時間を作ろう。
もう一度、未来に進む前に向き合って話をしたい。
いつも色んなことを聞いてくれて、話題を提供してくれたシロ。
俺はあんなに楽しい時間を作ることはできない。
だって、俺には人と楽しく会話をした記憶なんて…シロぐらいしかない。
家に帰ってもあの家は誰も話なんかしない。
ご飯と、成績と、お金の話。
それらも全部、あって二言目まで。
「そうなんだ、好きにしな」
で終わり。
…いやいや、俺の家族なんてどうでもいいんだ。
どうでもいい。
「…ふぅ」

どうやら随分と俺の中の真っ暗な感情は育ってしまったらしい。

家族が嫌いで、歳をとることはただ衰えていくだけ。
夢は今にも壊れそうで、言葉は詰まって出て行かないし、『まぁいいか』なんて言う余裕もない。
好きなものとは向き合えず、こだわりは未だひとつもないし、求めてばかり。

シロと話した中で出した答えですら、こんなにも暗いものに変わってしまった。
それがどうしてなのかも分からない。
とにかく今大切だと思っているシロとの時間を続けることばかり考えている。

今はとにかく必死なんだ。
この時間を失ってしまえば、俺が俺じゃなくなってしまうような…そんな気さえしている。

また今日も家に帰れば、俺は一言も発さないまま眠るんだろう。
もしもそんな毎日が続くとしたら?
そんなの嫌だ。

お願いだから、ひとりにしないでほしい。

ねぇシロ。
どこにも行かないで。


〜続く〜
→始まりの話題『俺ね、死にたいと思いながらポジティブに生きる。がモットーなんだ!』



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